2019年7月27日 お寝坊さんの日
2019年7月27日
その朝、西香は比較的のんびりと目覚めた。今は朝の8時。これくらいの時間だとみんなの朝食を取ろうとしている時間かなと、誰に見せるわけでもないであろうに無駄に可愛らしいネグリジェの右肩にかかるはずの生地を腕の方に落としながら自室を出て、眠気まなこをこすりながらリビングに向かった。
リビングの電気はついているからみんな起きているのは間違いないのだが、異様に静かである。構わず扉を開けた先には留音と衣玖、それからあの子が固唾を呑んでいるような、極めて深刻そうに扉から現れる人影を見極めんとしており、そこから現れた西香を確認するなり、衣玖は頭を机にガコンとたんこぶでも出来るんじゃないかというほど無防備に落とし、留音は「あああああ終わったああああ……」とがっくり項垂れながら頭を抱える。
西香「一体何ごとですの?人の顔見るなりその態度……普通にムカつくんですけど」
西香の言うことは最もで、その空気感は紛れもなく「どうしてお前なんだよ」という雰囲気を持っている。
その疑問について、衣玖が大きなたんこぶを作ったままこう答えた。
衣玖「そうね、ちゃんと説明しないと。……今日はお寝坊さんの日なの。わかった?」
西香「あのですね、衣玖さんは自分を天才だとか言いますけど、往々にして説明下手すぎですわ。ただわたくし、なんとなく嫌な予感だけは感じ取れました。でもやっぱりちゃんとした説明を要求いたしますわ」
衣玖は自分の額を撫でながら天才パワーでたんこぶを細胞から修復して続ける。
衣玖「お寝坊さんの日というのはね、家の中で一番遅くまで寝ていた人を水に投げ込んだりして起こすフィンランドの伝統的な記念日らしいの。で、日めくりネタにこれを使おうって事になったんだけど……」
西香「この前わたくしたちはコメディなのか日常なのかと議論した結果真面目に日常を送ってるだけ、みたいな結論に至ったはずなんですけど、どうしてそうコメディ路線に突っ込んでいくんですの?」
留音「……だからさ、あたしか西香が寝ててくれれば簡単だったんだよ。お前はひどい目に遭うだけでオチになるし、あたしはもう寝ながら泳ぐくらいのオチに繋げられる自信あったし。でもさ……今寝てるの真凛なんだよ……」
その説明後、衣玖と留音が深い深い溜め息をついた。
西香「ちなみにですが、今から変更するという選択肢は無いんですの?」
留音「変更ったって、あとはスイカの日くらいしかねーんだよ。スイカの日でどうする?種でもぷっぷって飛ばすか?……あたしらにはこれしかなかったんだ……なのにお前がバカみたいに起きてくるから……」
西香「理不尽すぎですわよ。でも流石に寝ているのが真凛さんとなるとわたくしもちょっと悪かったかなって気分になってきますわ……」
今度は三人で深い溜め息をついた。あの子はおろおろとやめようと言っているのだが、「でもやらないと日めくりネタが消化出来ないから」と渋々断っていた。
留音「まぁ、しょうがねぇよ……真凛の部屋行こう……」
これからおじいちゃんからげんこつ付きの説教でも食らうことがわかっている子供のようなテンションで、四人は真凛の部屋へ向かい、その扉を開けた。ピンクの壁紙と色彩豊かな絨毯、可愛らしい小物と大小様々な人形など、とても少女趣味な部屋はスプラッタ映画を顔色一つ変えず、むしろニコニコしながら視聴する真凛らしい部屋だ。
衣玖「(おはよぉーございまーす……)」
留音「(なんでドッキリ風?)」
留音が眠っている真凛を抱え、そのままお風呂にある水を張った浴槽にぶち込んだ。
西香「展開早いですわね」
留音「苦しいことはさっさと終わらせるに限るんだよ」
水に落とされた真凛はそのまま動かなかった。普通ならびっくりして一気に覚醒するのだろうが。やはり宇宙人設定がこういうところで活かされてしまうのだろうか。
衣玖「……起きないわね」
西香「これは想定外ですわね。でもこれ、もしかして結果オーライでは?一応お寝坊さんの日の体裁は守れましたし、真凛さんにぶち怒られる前に着替えさせてベッドへ戻しておけばバレないのでは?着替えだってこの子が着替えさせたって言えばきっと許してくれますわよ」
西香はあの子を見てそう言ったが、その子は視線を泳がせて困っていた。
留音「あー……ちょっとまてみんな。真凛起きてるわこれ。水の中からあたしらのこと見てるもんこれ。すげー笑ってるもん。まずいわこれ……」
その言葉に合わせたように真凛が水の中からガバーっと起き上がった。三人は同時に「ひっ」と怯える声を出した。
真凛「おはようございます^^」
三人「おはようございます!!!」
直角に腰を折って礼をする三人。あの子はオロオロと少しだけ頭を下げ「ごめんね」みたいな事を言うが、真凛がその子は即刻何もかも許したというか、最初から責めてはいない旨を伝える。
真凛「で。面白い試みですね^^とってもびっくりしましたー^^あ、座っていいですよ?^^」
三人は正座するために腰を落とす。真凛は浴槽のフチに座り、足を組んだ。
真凛「それで衣玖さん、どういうつもりなんでしょう……?なんだか冷たいなーって目を覚ましたらお風呂なんですもん。びっくりしましたよ?もしかして殺そうとでもしました?」
衣玖「ヘイッ違いやすッ!きょ、今日はお寝坊さんの日なの!フィンランドの、記念日でッ」
真凛「あ~!日めくりネタのためにやったんですね?」
衣玖「そ、そうよ。が、頑張るって決めたから!必要だったの!最後まで寝てたのがっ、真凛でっ……」
真凛「なるほど~^^それじゃあ仕方ないですね~^^」
三人の青ざめた顔色に少しずつ血色が戻っていく。もしかして許してくれる?と淡い希望を抱いて。
留音「ゆ、許してくれるのか……?」
真凛「当然ですよぅ。日めくりはみんなで頑張ろうって決めたんですもん」
西香「あら……予想外の展開……」
真凛「でもそれはそれとして、オチは必要ですよね?」
衣玖「と、言いますと……」
真凛「ほら、西香さん辺りがやられてたらちょうどよく痛快な不憫役で締められたような気がするんですけど、わたしは特に平気だったので、このままじゃちゃんとオチないですよね?」
西香「勝手に妙な役割決めないでほしいんですけど」
留音「でもどうするんだ?ちょっとグダってきちゃったけど……オチって」
真凛「爆発オチで良いんじゃないですか?落としますよ?」
真凛は静かに大地を震わせ、にっこりと片腕をグーにして軽く掲げている。
衣玖「あの、真凛、やっぱり怒ってるわよね?ゲザ?ゲザいる?」
真凛「怒ってませんよ?^^でもそれはそれとしてとりあえず地球潰しときます^^」
留音「絶対怒ってるよな?ずぶ濡れ嫌だったな?必要ならもっとちゃんと謝れるぞ?」
真凛「怒ってません^^オチのためです^^^^^^^^^」
西香「まぁなるようになりましたわね」
まもなく地球は崩壊した。その後真凛によって「前日にスイカが用意されて次の日の日めくりネタをスイカの日にする」という段取りが取られた世界線が作られるのだった。
というわけで、フィンランドでは今日寝坊した人を水や湖の中に投げ入れて起こすとんでもない記念日なんだそうです。トマト祭りみたいに取り上げられないですよね。寝坊したら水に投げ込まれるって文字だけで見たらめっちゃ面白いのにねぇ。