2019年10月7日 ミステリー記念日は本格ミステリーをお届け
2019年10月7日
留音「真凛……?お前、死んでる……のか?」
それは一つの殺人事件から始まった。ある嵐の夜、最初にその始まりを見つけたのは留音だった。
その日は停電となっており、深夜の時間で復旧の見込みも朝方以降になることが、現地のラジオ放送から流れてきていた。
この家に住む者は全員、何かしらの要素に最高の力を持つ彼女ら五人の少女たち。この中で最も神秘的な力を持つ真凛が遺体で発見されたのだ。彼女は世界をも破壊し、また世界を創ってしまう、それほどの強大な力を持ちながら、あっけなく腹部を刺され、それに使われた凶器はまだ深々と真凛のお腹に残っている。口からは大量の血を流し、辺り一面を赤く染め、まるでバラのベッドで眠るかのように横たわっていた。
その光景を一人で発見した留音は、その事実を受け入れることが出来ずに真凛の手を取った。それはもう既に冷たくなっているが、いつものように朗らかな笑顔で起き上がるはずだと、たった一人で何度も呼びかけていた。
衣玖「ルー……?それ、一体どういうことなの……?」
一人で真凛を呼びかけていた留音の声を聞いて、最も付き合いの長い衣玖が心配になって探しに来たようだ。だが衣玖の前にあった光景は、血まみれになった真凛を抱いて、自身の手や衣服にも多量の血液を付着させた留音の姿である。
留音「い、衣玖……」
留音は助けを求めるように、真凛を横たえて衣玖の方へと向き直り、不確かな足取りで彼女に迫っていった。現実に困惑している留音の表情が衣玖には恐怖を感じさせた。
衣玖「ゃ……こ、来ないでっ」
衣玖は怯えるように入ってきた扉を勢いよく閉めると、自分の部屋に向かって駆け出した。留音がその様子の意味するところをやっと察して、「ち、違っ」と発する頃にはもう、衣玖は自室にカギをかけ、固く籠もってしまう。
留音は急いで衣玖の部屋の前に駆けつけると、ダンダンと扉を叩きながら言った。
留音「違うんだよ衣玖!あたしが見つけたときにはッ、もう真凛はあの状態だったんだ!そ、それでどうしていいのかわからなくてっ……た、助けてよ……っ」
扉を叩く留音の手に付着した真凛の血が、衣玖の部屋の扉にも付着していく。それを見た留音はノックを控え、今度はすがりつくように扉に身を預けた。だが衣玖の思考はいつでもクリアで、こんな可能性を口にした。
衣玖「……真凛は、願うだけでも世界を破壊出来るのよ……?普通の人が真凛を殺せるわけがない。それにあれだけ深々と突き立てられた刃物、それだけの間合いに入れるなら親しい誰かで……私と西香はあくまで運動能力は一般人程度……もしも真凛を殺せる人がいるなら……それはあなただけなんじゃないの……?」
その言葉の意味するところをわからないほど、留音は愚かではない。犯人じゃないのかと疑われているのだ。
留音「お前、そんなっ……なんてこと……」
衣玖「ごめんルー……私は……今は、話すことはないわ……それにあなたなら、自分ひとりでも身を守れるでしょ……?私も電気が復旧するまでは一人で考えたい……ごめんね」
留音は馴染み深い衣玖から犯人扱いされた事が悲しくて目に涙を溜め、それでも謝ってくれたのは、きっと心からは自分を犯人だとは思っていないはずだと自分に言い聞かせ、留音は衣玖を信じて彼女の合理的な判断を尊重することにした。確かに留音なら一人でも身を守ることが出来る。なんといっても留音は世界で最強の格闘術を会得しているのだ。暴漢相手だろうが、指一本でも勝てる。
留音は一人、部屋に戻ることにした。鍵をかけて、この一帯の電気が復旧するのを待つ。とにかく話はそれからだ。
部屋に籠もって、もうどれくらい経過したのだろうか。血にまみれた服は着替えたからいいが、肌に付着した血は取れていない。もうカラカラになってしまっていたが、血まみれの手ではいつものようにぬいぐるみを抱く事はしないようにした。
そんな時、とても静かで、穏やかなノックが留音の部屋に響く。コンコン、というそれはこの家で起きた事件にはそぐわない、この状況においては異常とも取れるような、とても控えめで整ったノック音である
留音はそのノックにどこか胸騒ぎを覚えながらも扉に寄り、相手を探った。普段なら足音で大体誰なのかを察することが出来ても、この暴風雨ではそれは聞こえない。
留音「誰だ……?」
扉の向こうで声がする。「私だよ」……快活で綺麗で可愛らしい透き通った声。真凛はありえない。衣玖とも違う、彼女ならもっと気兼ねのないノックをするからだ。西香だったらもっとふてぶてしい。だから自然と、その答えは一人に絞られる。あの子だ。もしかするとこの子は状況を知らないかもしれない、留音は焦ったように扉を開く。
留音「入ってっ。大丈夫か?」
あの子「うん。なにが?」
あの子はあっけらかんとした様子で、留音に首を傾げた。やはりこの子は何も知らないらしい。留音はこの子に何もなかったことにホッとして、とりあえず近くの椅子に座るように促す。
留音「実はさっき……」
そう説明すると、あの子は暗い表情でそれを聞き入れた。この子にそんな話は聞かせたくなかったが、それも仕方がない、危機感を共有しなければ守れないかもしれないからだ。
留音「とにかく、あたしといれば安心だ。朝まで一緒にいよう。夜が明けて電気が復旧したら警察に電話して……」
留音は一応、この子が眠れるようにベッドを少し整えている。背後のあの子が言う。
あの子「うん。そうだね。流石留音ちゃん、頼りになるね。衣玖ちゃんもさっき、電気を復旧させようって頑張ってたんだよ」
留音「そうか。そっちは衣玖に任せればあんし……え?」
会ってきている?留音に直感が走った。電気の復旧を考えたということは、衣玖がこの緊急事態を認識した後のはずだ。留音に対してあれだけ警戒心を持っていた衣玖と、この子は会っている?それはそうだ、この子にだったらみんな……そこで留音はハッと息を呑む。
あの子「ねぇね」
振り向いた留音の後ろに、その子は穏やかな微笑みを持って立っていた。間合いはきっちり、抱きつけるほどの至近距離。真凛の腹部にあった包丁が刺し込まれるのに、一番力を込められる距離。
あの子「あなたは、どうやって私を"誰か"だと認識しているの?」
西香はどうした?直前に会っていた衣玖はどうなった?……この子は、誰だ?
留音の腹部に、じわりと熱が広がった。
誰か「これでやっと私は本当の私になれる」