2019年9月15日 老人の日ノット敬老の日
2019年9月15日
衣玖「まずった……」
衣玖は手元の装置を見ながら呆然と呟いた。その装置の裏面にはずばり「老人化」と書かれている。ついでに表にある押しスイッチの方には「さわらない!」と書かれた紙も張られていたが、明らかに押された形跡が残っている。
ここはみんなの集まるリビング。今日の日めくり「老人の日」のために一時的に老人化するスイッチを衣玖が開発していたのだ。それをリビングに準備していたのだが……。
最初は留音だった。彼女は日課のランニングを終えた後にシャワーを済ませてリビングに現れ、そこにあったこのスイッチを見つけた。
留音「何だこれ?『さわらない』~……?触れってことか?ポチッと」
次に現れたのは真凛だった。朝ご飯の支度をしにリビングからキッチンへ向かう時にその装置を見つけた。
真凛「むむむ?『さわらない』?衣玖さんの字っていうことはまた変な発明品かー。もうしょうがないですねぇ。危ないから脇にどけておきましょう」
と言って何故かスイッチのある部分を持ったことで押してしまう真凛。その装置は床に転がり、次に西香がそこを通りかかった。
西香「なんですのこの装置。ったくもう、ちゃんと片付けなさいな……真凛さーん、ご飯出来ましたかー?」
西香は性格が悪いので汚れていたり片付いていないのを見ても自分が片付けようという意識を持ち合わせていないため触らなかった。
という経緯の後、誰もいないリビングに一人立ち尽くす衣玖。「さわらない」なんて文言を選んでしまうなんて。「さわったら超面白くてすごい!絶対さわらなきゃだめ!」とか書いておけばよかった……と後悔する。
そこに入ってくる足音がしたのでそちらを見ると、よぼよぼと腰を丸めた誰かがいる。その人物は衣玖に気づくとにこやかに言った。
真凛婆「あら衣玖ちゃん、来てたのねぇ。飴ちゃん食べる?」
衣玖「あーっ!真凛が……可愛い系のおばあちゃんになってる……」
真凛婆「今日は遊びに来てくれたのねぇ。はい、少ないけどお小遣い。ママには内緒だからねぇ」
そう言って力強くポチ袋に入ったお金を手渡してくるおばあちゃん。
衣玖「何らかの世界観が形成されているわね……真凛おばあちゃん、ちょっとここで待ってて。すぐに元に戻してあげるから」
真凛婆「あぁ衣玖ちゃん、もう行っちゃうの?おばあちゃん寂しいよぅ……」
衣玖「すぐ戻ってくるから!一緒に住んでるでしょっ」
真凛婆「おせんべ持ってくかい?コーラもあるから持っていきな」
衣玖「おばあちゃん!すぐ戻ってくるってば!……ちょっとルー!西香!!誰かいないの!?手伝って!!」
外から様子を伺っていた西香はリビングと廊下をつなぐ扉の向こうから面倒くさそうな表情を覗かせた。
西香「……状況はなんとなくわかっていますわ。でもわたくし、自分から最も縁遠い職種が介護職だと思っていますので……」
真凛婆「あら~西香ちゃん、あなたも来てたのねぇ。おいでぇ、飴ちゃんあげるから。お小遣いもあるよぉ」
西香「あらっ!お金は謹んでいただきますわよ!」
西香はぴょんぴょん跳ねるように真凛と一緒にリビングのソファに腰を掛けた。
衣玖「よし……今のうちに解除装置を持ってこなきゃ……」
と、衣玖が部屋を出ようとした時、髭を生やした白髪の人が部屋に入ってきた。
衣玖「ひぇっ……どちら様……」
留音爺「わしじゃよ、久しぶりだな衣玖ちゃん。これっ、真凛婆さん、孫たちを甘やかしすぎだぞ!そんな風にすぐお小遣いをあげて……それじゃお金の価値をわからない子供になってしまうぞ!」
衣玖「あー……なんてこと……ルーのたまに見せる男気が具現化しておじいちゃんになってしまった……」
真凛婆「あらあらおじいさん、いいじゃないですかぁ、せっかく可愛い孫たちが遊びに来てくれてるんだから……ねぇ?」
西香「そうですわよ、せっかく来たんですから、お金くらいもらいますわ。ねーっおばあちゃんっ」
衣玖「西香が馴染んでいる……」
真凛婆「ほらこんなに可愛いんだから……ねぇ?衣玖ちゃんもそうでしょう?」
衣玖「それはいいから……私はちょっと装置を取りに部屋に戻るわよ……」
留音爺「なんだ。衣玖ちゃんはもう帰るのか。ふん……」
衣玖「帰るっていうか……二人はどんな世界観にいるのよ……」
留音爺「待ちなさい。ほら衣玖ちゃん、これを持っていきなさい。お前は学校で優秀なんだろう?そのご褒美だ、しっかり考えて、大事に使うんだぞ」
そう言って留音おじいちゃんもまたしっかりポチ袋に入ったお金を衣玖に手渡してきた。
西香「あーずるいですわ!おじいちゃん!わたくしには無いんですのぉ?」
留音「あーわかったわかった。西香ちゃんにもあるよ。でも帰る時に渡すからな。ちゃんといい子でいられたらだぞ」
西香「ぶー!わかりましたわー!わたくしいい子でいる~*^^*」
真凛婆「もう、おじいさんは昨日から孫から来るからってポチ袋用意して楽しみにしてたんですから、もっと素直にあげればいいんですよぅ」
留音爺「カーッ!婆さん!それは言っちゃいかんだろう!」
衣玖「だから世界観がもう……っく、とにかく今のうちに研究所から解除装置を……」
そこに吉祥天もひれ伏す最強の女神属性を持つあの子が登場する。あの子はこれまで装置に関わりがなかったようで、謎に老人化した二人を初めて目の前にした。だがさすがは神の心を宿すこの子、いつもと変わらないように二人の老人に近づいて行き、老人二人もまたその子を確認した。
留音爺「ハーッ!!て、天使しゃま……」
真凛婆「ハーッ!!お、お迎えなのぉ……?」
あの子「?」
真凛婆「あぁおじいさん……こんな素敵なお迎えの天使様が来るなんてねぇ……」
留音爺「あぁ婆さん……これまで色々あったが、あんたがいてよかったよ……」
真凛婆「そうだねぇ。孫たちに囲まれて、二人で逝けるなんて、こんな幸せないねぇ……」
留音爺「そうだなぁ……おやすみ、婆さん……」
あの子「><;」
こうして二人は天に召された。
衣玖「あっ、死んだ……まぁもういっかこれで……うちの本当のおばあちゃんとおじいちゃんがこうならないようにしないと……たまには遊びにでも行こうかな……」
西香「……わー!どっちのポチ袋もカラじゃありませんか!愛想振りまいて損した―!」