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2019年9月1日 恐怖の8月32日

2019年8月32日


留音(るね)衣玖(いく)……これは一体どういうことなんだ?」


 留音(るね)がいつもの家のリビングにて、考え込んでいる様子の衣玖(いく)に声をかける。


衣玖(いく)「わからないわ……わかっているのはただ、この家から出られなくなっているということだけ……何が起きているのかしら」


 朝から街を彩る騒音の一つすら聞こえることもなく、ただただ静寂だけが支配する世界に彼女らは取り残されている。


留音(るね)「見ろよ、この電子時計。表示がおかしくなってる。カレンダーのところ」


衣玖(いく)「……8月32日?」


 プログラム上、存在しないはずの数字がその時計には表示されていた。


留音(るね)「あたしたち、一体どこに来てしまったんだ……?みんなも見当たらないし」


衣玖(いく)「そういえば……聞いたことがあるわ。8月32日の話……単なる都市伝説だと思っていたけど……」


 衣玖(いく)は未だに信じられないという表情ではあるが、対面するのは身に起こる事実である。


留音(るね)「な、なんだよ……8月32日って?」


衣玖(いく)「その前にルー、昨日もしかして、お昼寝した……?」


留音(るね)「したけど……」


衣玖(いく)「私もなのよ……やっぱりそうね。この都市伝説のトリガーは31日にお昼寝をすること。そしてその夜を過ごさず、そのまま次の日に突入することで、終わらない8月が始まると言われているの」


留音(るね)「終わらない、8月……」


 留音(るね)衣玖(いく)のその物言いにゾクリと背筋を冷やす感覚を覚えた。


衣玖(いく)「この話はね、最初の1日目はまだマシらしいのよ」


留音(るね)「マシだって?明らかに異常事態だぞ?」


 いつも聞こえていたセミの声は止み、車の走る音も、近所に人の気配も無いのだ。こんなに奇妙なのに、まだマシだと衣玖(いく)は言う。


衣玖(いく)「マシらしいのよ。なんたって明日から、私達の知らない世界になってしまうんだから」


留音(るね)「どういうことだ?」


 衣玖(いく)は昔見た、眉唾ものの都市伝説を回想した。彼女の脳の引き出しに入れた記憶は忘れられることがない。その話の内容を的確に思い出しながら留音(るね)にわかるよう話し始める。


衣玖(いく)「この都市伝説を体験したというある男の子がいるの。その子は田舎のおじさんの家に泊まりに行った時にこの現象に遭遇したそうなんだけど……最初は全ての音が消え、他の人が一斉に消失し、そして家から出られなくなった。そして彼は8月32日以降の世界では知り合いこそ姿を確認したものの、その様子はいつもと全く違っていたそうよ。体の部位が欠損していたり皮膚が真っ青になったり……そしてやがて全員が日本語とは少し違う、独自の言語を喋り始めたらしいわ」


留音(るね)「な、なんだよそれ……そんなの信じられるかって……」


衣玖(いく)「その気持はよくわかるけど……現に私達が遭遇しているこの状態の類似性を考えると……」


留音(るね)「そんな馬鹿な話があってたまるか!絶対こんなの夢なんだ!もうあたしは寝る!きっと目覚めたら元の世界で……っ」


衣玖(いく)「……その彼もそう思って、夕方前には眠ってしまっていたそうなの。そして結局、迎えたのは8月33日……同じことが次の日も、その次の日にも続いたんだそうよ。そして8月35日……最後にはもう、おじさんたちは人間とは思えない体になっていたって」


留音(るね)「で、でもっ、その人は戻ってこれたからこの話が浸透してるんだろ?どうやってその世界から戻ったんだ?」


衣玖(いく)「うん。最後の日、8月36日に彼は真っ白な世界を目にしたというの。何も無く、何も出来ないまっさらな白い世界。彼が持っているのは日記帳だけだった。そして彼は、その日記帳をもう一度読み直して……そうしたら読んでいた日記の日に記憶だけが戻ったそうよ」


留音(るね)「それは一体どういうことなんだ……?」


衣玖(いく)「詳しい話はわからないわ。一種のタイムリープ現象なのか……でも、31日にお昼寝をしないという選択を取ることで、今度は32日への突入を回避出来た、という話で締めくくられていたのよ」


 だから対処方法はあるのだ、と衣玖(いく)はどこか芯を持った口調で言った。だがその回避方法を聞いた留音(るね)は逆に怯えたようになりながらこう言った。


留音(るね)「そんな……待ってくれよ……あたし日記なんて書いてない……!そんななつやすみの宿題みたいな事してないよ!……どうすればいいんだ……」


衣玖(いく)「ルー。何かを忘れてない?」


 衣玖(いく)はやはりしっかりとした土台があるような声と態度を持つ。こういうときの衣玖(いく)は昔から頼もしいのだ。留音(るね)はそんな彼女に希望を見出すかのように聞き返す。


留音(るね)「え……?」


衣玖(いく)「私達は確かに日記は書いてこなかった。でも日々残している記録はある」


留音(るね)「まさか、日めくり……?」


衣玖(いく)「そうよ。私はこれこそが、この魔の8月32日、なつやすみ延長空間を終わらせるカギになるんじゃないかと思っているの」


 留音(るね)はその言葉にハッと息を呑み込む。たった一つの希望になるかもしれないその話に光を見出す。


留音(るね)「そうか……!日めくりもその日の出来事なんかを書いているから……日記帳のように使うことが出来るかもしれないんだな!?」


衣玖(いく)「えぇ。今思いついた推測に過ぎないけどね。でも、試す価値はあるわ!」


留音(るね)「よし、やってやろうぜ、衣玖(いく)!このふざけた空間から抜け出してやろう!アクセス数が全く伸びないこの日めくりも、決して無意味じゃないってとこを証明してやるんだ!」


 こうして二人は未来へ歩み始めた。確かな未来へ進むために、まずは8月を終わらせる。話はそこからだ。


 出典:ぼくのなつやすみ 恐怖の8月32日 -今日はなんにもない すばらしい一日だった編- より

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