最終回の話 4
さて、現在の五人少女の家に一人でいるあの子はみんなのためにご飯をいっぱいつくりたいから、と買い出しに行く準備をし終えて、みんなに出掛けてくるねと一言。
留音「あ、じゃあ私も一緒に行きます。頼ってばっかりですし……荷物は持ちます」
あの子「ありがとうっ」
あの子は嬉しそうにその提案に乗って、二人は買い物に出かけていった。そうして三人が家に残された時に、あの子の部屋の隣にある真凛の部屋を借りていたユウカが話し始める。
真凛「昨日、あの子泣いてた。すごく寂しそうにスンスンって音が聞こえてきてさ……そりゃそうだよね。ずっと待ってた人たちによく似た違う人が現れたんだもん、気持ちよくはないよね……」
西香「そう……」
そんなやり取りを他所にして、ネムがリビング内を歩き回っていると一冊のノートを見つけた。日記帳のようなそれには「まいにちニコニコ」と書かれている。
それはまさにネムたちが演じている作品のタイトルにもなっている。
衣玖「あの……これ」
マミとユウカを呼び、その日記帳の存在を教える。それからペラとめくってみると、中にはぎっしり360日以上の日々に渡って文章が書かれていた。それはすべて自分たちがこれまで演じてきた話とほとんど同じ内容で、大きく違うのはあの子からの目線になっている、ということだけだ。
西香「もうそろそろ他の子達が消えてまるまる1年って……あの子ずっとひとりで待ってるんだよ」
衣玖「そんな……」
きっと何も知らない人が読めばただの想像のお話か、まるで台本のようだと思うかもしれない。だが消えたみんなのことを細かく描写して、寂しさをかき消すように書かれたそれの中には強くはっきりと消えたみんなへの想いが添えられている。本当に大好きで、帰りを待ちわびているのが見えてくるのが痛々しい。
読み進めた三人。するとユウカがこんな事を言いだした。
真凛「あたしたち、どうしてここに来たのかなって思ったけど……ねぇ、消えた子たちの代わりに出来ること無いのかな」
西香「本物の代わりにはなれないわよ。私達はただの役者なんだから。それに……中途半端に彼女たちを演じてもあの子の寂しさを助長するだけでしょ……」
真凛「でも……きっと何か意味はあるでしょ? 死ぬはずだったのに、ここにいる……」
ネムは静かに、日記に描かれた内容と、今の状況を想いながら「こんなの違う」と考えていた。
リンコたちが買い物に行ってから二時間ほど経ち、大きく膨らんだエコバッグを持った二人が帰ってきた。あの子は明るく「ただいまー」と言って台所へ向かっていくのだが、リンコの表情はどこか浮かないもので、その理由は四人だけになった時に伝えられた。
留音「街を歩いてて、声をかけられるんです。久しぶりだね留音ちゃん、って……その度にあの子が寂しそうに笑って……。こんなの違いますよ……こんなの……まいにちニコニコの話じゃないです」
リンコは重い溜息をつき、晩ご飯の準備を始めるあの子を手伝うために台所へ駆けていった。
真凛「悲しんでるあの子に追い打ちをかけるために、私達は来たの? 自分たちの最終回も出来ずに……?」
衣玖「そんなの絶対違う……っ」
西香「ネム……?」
リンコ以外は全員、学業と一緒に女優業をやっている。だがそれは華やかなだけの話じゃない。特にネムはまだ周りが幼いこともあって男子にからかわれ、女子には妬まれて、昔の友だちも声をかけてくれなくなったり、上辺だけ仲を取り繕う人間も寄ってきて、心から疲弊することも多くなった。
でもそれを助けてくれるのがこの作品の少女達だった。どんな事だって楽しくしてしまうみんなが常に一緒にいた。演じるのが楽しかったから続いている。
そのみんながこんな風にあの子を悲しませるような事を望むわけがない。なにか自分にだって出来ることはあるはずだと、ネムは衣玖の研究室に駆け込んでいった。
家の廊下にある隠しスイッチからアクセスするのはセット同じ。でも実際の研究室はセットよりもずっとごった返しになっている。ネムも片付けるのはあまり得意じゃないので、その光景は逆に落ち着く気がした。
衣玖だったら、『こんなこともあろうかと』なんて何かを用意しているかもしれない。ネムの持っている衣玖のイメージだ。
棚を隅々物色して、机の上にある装置を片っ端から触ってみたりしたが、しっかり手入れされている様子から見て定期的にあの子が掃除をしているのだろう。きっとネムが考えたような事はもう考えていて、試され尽くしている事を悟った。
じゃあどうする? ネムは衣玖がよく座って研究をしているパソコンの前に座って考えた。シンと静まって、薄暗くて肌に冷たい研究室はすごく想像力が掻き立てられる。散乱しているものもなんだかパターンが見えてくるような気がして。
衣玖「あれ……?」
思考が透き通って、拡がっていく。パソコンの横に見える排熱のための穴にすら幾何学のパターンが浮かんできて、模様の間にチカチカと色が点滅しているように見える。明らかに錯覚だが、この部屋にあるものすべて、転がっているものも、壁にくっついているものも、散乱しているおもちゃも、何もかもに意味を見出せるような感覚がどんどん研ぎ澄まされていく。
ネムは自然とパソコンを起動し、求められたPINチェックを思うがままに入力した。パスコードは知らなかったのにPCのロックは解除され、そのまま特殊なアプリが立ち上がる。
ネムにとって衣玖がどうやって物をデザインしたかは、あまり深く考えたことはなかった。IQ3億で、ぱっと便利な物を取り出してくる。それは単にアニメのような演出、というだけで考えていた。
でも違う。この研究室の散乱したカオスの中、それどころか日常におけるすべての物質という物質からこうして情報を集め、処理をして、その中でヒートアップしていく脳を肌から冷ましていって、静寂と織り交ぜた時に真の宇宙が見える。
衣玖はこれを頭の中から出力していた。巨大な3Dプリンタに直結したPCと、脳波を読み取るヘルメットのような機械を被ると、まるで何がしたいか求められているような気になった。
"まいにちニコニコの五人少女を取り戻したい。"
そのための方法論はネムの中に既にあって、機械はそれを形に変えていく。まるで本物の衣玖が作り出すように。




