最終回の話 2
そして次の日。演者を乗せたミニバンが収録のためのロケ地へ向けて山道を走っている。その車内では台本を持った演者達が台詞を読み合わせていた。
西香「げっほげほ! 一体なんなんですの! このモクモクは!」
留音「うぉっへお! おい衣玖! なんか漏れてんぞ! どうにかしろー!」
衣玖「大丈夫、ちょっと咳き込むかもしれないけどとても体に良くてウィルスやバイキンをやっつける抗化学スモッグだから。吸って吸って吸い込んで」
西香「ミオ。あんたも吸ってるの。もっと苦しそうに言った方が良いよ」
衣玖「あ、はいっ……」
読み合わせはこうした演技指導が入りながら進んでいく。
西香「はい、次」
真凛「……もー。こんなにモクモクにしないでもいいじゃないですかー」
ユウカのセリフに合わせ、リンコが作中ではCGで表されるあの子の代役として小さく咳き込む声をいれようとした時だった。
西香「ちょっと……! あんたやる気あるの!?」
真凛「フン……」
昨日から引き続き、この二人はほとんど口を利いていない。そこにきてユウカの適当な態度に、とうとうマミの堪忍袋の緒が切れたようだ。
西香「どうして……? ねぇどうしてちゃんとやってくれないの!? もう最後なんだよ!? 終わるんだよ?!」
真凛「知ってるよ! だから私はみんなで楽しくやりたいんじゃん! あんた一人ピリピリしてさ! ホント感じ悪い! みんなもどうして言い返さえないの!? マミの演技論だけが正解じゃないじゃん!」
留音「あ、あの……その辺にして……どっちの言いたいこともわかりますし……」
西香「何がわかるっていうの? だったらちゃんと作品を理解した演技してくれる?!」
マミは立ち上がってユウカとリンコの座る席に迫る。それに応じてユウカも立ち上がったので、ネムが「立ったら危ないよ」と小さな声で言うのだが、その声は誰にも聞こえなかった。
真凛「だったらあんたも作品理解してもっと楽しくやろうよって言ってんの! こんな空気悪い作品じゃないじゃん! あんたのせいで全部っ」
そこでマミはキッとユウカをにらみつけ、そしてすごい速さで平手打ちを繰り出した。
一瞬凍ったような空気は、次のユウカの怒声で一気にヒートアップする。
真凛「人の顔叩いてんじゃねーよ! ふざけんな!!」
掴みかかるユウカと、そこに割って入るリンコ。ネムは怯えて体を縮こませている。
だがその喧嘩はすぐに止まる。気を取られた運転手がバックミラーを確認した一瞬、行く山道に小動物の影があった。気づくのが遅れた運転手は慌てて勢いよくハンドルを切り、制御がうまくいかず車体は大きくバランスを崩して転倒し、ガードレールを大きくこすって停車した。
演者達、特に立っていた三人はどこから流れたかわからないくらい出血し、状況がわからないでいる。窓の片方が地面で、もう片方が空になっているから横転したことはゆっくりとだが認識出来た。
それと全員、かろうじて生きている。ネムは気を失っていたが、シートベルトをしていて外傷もない。運転手も気を失っているが、どうやら外傷だけで無事らしい。
西香「なんなの……もう……あっつ……」
マミは腹部を押さえるとじっとりとあたたかいものを感じる。体に力が入らず、起き上がることはできなかった。隣で倒れていたユウカは頭を打って、腕も強打してしまったらしい。意識はあるようだが、立ち上がることは出来ずに身を起こして座席に持たれるの精一杯のようだ。
真凛「なにこれ……どうして……」
二人の間に入っていたリンコだけがまだ動けるという程度の怪我で済んでいた。
留音「だ、大丈夫……私、すぐ、助け呼びますから……」
横転した車内にはガラスが散乱しており、闇雲に動いたら怪我をしてしまう。リンコはポケットからスマホを取り出そうとしたが、衝撃でどこかに飛んでいったらしく見当たらない。
キョロキョロ辺りを見渡して、近くの窓から覗く地面、というのもおかしな話だが、とにかく地面にスマホが転がっていたのを見つける。
ゆっくりしゃがみ歩きで進み、スマホを取り上げて、そこで何かの液体が漏れてきている事に気がついた。地面に色が馴染んでいて、見た目にははっきりとわからないが、匂いからしてそれが燃料であることは間違いなかった。
リンコは息を荒げ、すぐに脱出しなければならないと考えた。
西香「どうしたの……早く、電話して……」
留音「あの、が、ガソリンが……漏れてます、多分……」
真凛「嘘……」
電話よりも脱出が先だと二人もわかったらしい。マミは座席でシートベルトに括られているネムを先に車外に連れ出すように言って、リンコもそれがいいと、なんとかシートベルトを外して、車体が倒れたせいで開かなくなったドアの先、フロントガラスの部分から脱出しようとそれを破るための道具を探す。
そんな時に、車内の一番奥に残る二人はこんな会話をしていた。
西香「あの……さっきは、ごめん……殴ったの……つい……」
状況のおかげと言えばよいのか、一気に頭が冷えたらしいマミに、ユウカも気を張っても仕方がないと、無事な方の腕でマミを少しでもフロントガラス側に近づけるようにガラスをどかして、這いずるのを助けるための準備をしている。
真凛「私も、ごめん……作品良くしようとしてるのは、わかってる……でも私もちゃんと、真凛の事考えてるつもりで……」
西香「……。真凛は、明るくて、お気楽だから……多分、あんたの演じ方でいいんだよ……でも、あたし、最終回……ただ、見てくれたみんなに、ちゃんと楽しかったって、言ってもらいたくて……」
真凛「同じだから……一番良い最終回にしよう。自分の演じた一番の作品ですって言えるような最終回に」
西香「うん……」
ぐすんぐすんと、マミは涙を流しながらそう言った。それにユウカも同じように涙を流しながら優しい声をしていた。
リンコも「私だって同じ気持ちです!」と言いながら脱出のために方法を考え、まずは一旦抱えていたネムを二人の近くに戻して、次に運転手のシートベルトを外し、自分で窓を蹴破ることにした。こんな時に留音だったらと考えて、今まで練習してきた武道の動作と力の動かし方を応用して、なんとかフロントガラスを蹴破ることに成功した。
一番手前にいる運転手を、まずは外に連れ出す。もしも爆発したらどれくらい被害が出るのだろうか。念を入れ、なるべく距離をとって安全なところに連れ出した。次はネムだ、とリンコは急いで身を翻し車に向かう。
だがリンコが車内に入りネムを抱き上げようとした時、車は爆発した。
その日のニュースで取り上げられた生存者の数は、運転手の一人だけだった。




