7月18日 最終回の話 その1
いつもの五人少女たちのリビング。照明がみんなをしっかり照らし、その間にもみんなはやんややんやと楽しそうに会話をして、上手にオチを入れて。
「カーット! おっけーでーす!」
パチン、と照明の向こう側から拍子木のような爽快な音がその場を制圧すると、五人少女たちはふぅ、と肩の力を抜いてカメラの前から消えていき、部屋のセットを出たところにあるパイプの椅子に腰掛けたり、スマホを開いて休憩を始めた。
西香「ねぇ、ちょっと」
五人少女シリーズで西香を演じるマミは留音役のリンコに声をかけた。少し語調が強いのを、近くで聞いていた真凛役のユウカが「またか」とため息をつく。
留音「はい、なんでしょうか?」
西香「さっきの台詞、最後の。ちょっと感情違くない? もっと張ったほうがよかったんじゃないの?」
留音「でも、留音ちゃんだったらああ言うかなって……私はあんな感じだと思ったから……」
西香「もっと元気にするべきだと思うけど……もういい。そろそろ最終回なんだから、明日の分ちゃんと読み込んできて。っていうか後で合わせるよ」
留音「すみません……」
マミはスタスタとクールにリンコの前から去ると、次は監督に詰め寄り、台本を指で叩きながらなにやら話を始めている。それを遠巻きに見るユウカは、近くのリンコに聞こえるように言った。
真凛「うへー。また始まった。くくくっ、はー、監督困ってる」
ユウカは足を組んでパイプ椅子をガタガタさせるような変な座り方をしてマミの様子を見て笑っている。
留音「あんまり見ないほうがいいよ……怒られちゃうかも」
そこに衣玖役のネムが母親に連れられて来ると、ぺこりとかわいくお辞儀をする。
衣玖「あ、あのっ、お疲れ様でした」
真凛「ん。ネムちゃんおつかれー。また明日ね」
留音「お疲れ様でした。最後までよろしくね」
衣玖「こちらこそお願いしますっ」
衣玖はペコペコ何度もお辞儀をすると母親もかしこまってお辞儀をしている。それからテテテと監督とマミの方へ走っていき、同じように挨拶をした。
衣玖「それじゃあ監督、マミさん、お疲れ様でした、お先に失礼します……っ」
監督「あーうん。お疲れ様ね」
ひらひらと手を振る監督は、彼女のお母さんにも軽く会釈して挨拶をするのだが、西香は顔だけを少し動かして引き止めた。
西香「待って。明日の台本出して」
衣玖「え……あ、はいっ」
ネムは直ぐに貰っていた台本をカバンから取り出した。
西香「……衣玖の演技はこことここがポイントかも。しっかり読み込んでおいて。いつもと少し違うように演技するの、わかる?」
衣玖「……は、はいっ、……多分」
ネムは不安そうにマミを見て言った。
五人少女はみんな同年代だが、演者達は年齢がそれなりに離れている。最年長のリンコは大学を卒業して女優を本格的に始めたところであり、次に年齢の高いマミは大学在籍中である。ちなみに芸歴は誰よりもマミが長い。
そしてマミと同じく大学在学中のユウカだが、芸歴では大差がある。
ネムはこの中で最年少、実はまだリアルに義務教育の年齢だ。芸歴は素人に毛が生えた程度で衣玖役に抜擢されているのだが、大人達に囲まれて緊張している。
だから自分なりに考えて演技はしているが、マミの求める答えと違うことを言ったら怒られないか、と考えてはっきり発言できなかった。
西香「……じゃあこっち来て。お母さん、五分だけください。明日の軽い合わせだけ」
マミがネムの母親に確認を取ると、母親もタジタジになってうなずいている。
真凛「うわ、きたきた」
西香「みんな、台本。明日のはわかりにくい場所あるから、下読みで合わせておきたいの」
真凛「べっつにいいじゃん、みんなもう1年もやってんだし、思い思いにやれば」
年齢が近いこともあるが、真凛役のユウカはこういう時にマミに対してかなり強い。一応マミのほうが先輩なのだが。
西香「は?」
留音「あ、あの……」
真凛「だってさぁ、もうラストだよ? それなのにこんなギスギスさせてさ。作品みたいに楽しくやればいいじゃん。最近あんたピリピリしすぎ」
西香「あのね。あたしたちが楽しむよりも前に見てくれる人を楽しませないとダメなの、わかってる? それが出来てない人がいるからこうして教えてに来てあげてんですけど?」
真凛「だからさぁ。あんたがそうやって言ってるとこっちだって人を楽しませることも出来ないっつー話よ。気持ちも大事でしょうが。なんで楽しくしようと思わないの?」
西香「だったら最低限の演技してから言ってくれない? わざわざ言わなかったけど今日台詞一個飛ばしてたの気づいてる?」
真凛「……でも別に、OK出たじゃん」
西香「あたしとリンコがアドリブでフォローしたからなんだけど。でもリンコさ、とっさに出るのはいいけどもう少しスマートにやらないとね。ちょっと焦ってる感じ伝わるから」
留音「ごめんなさい……」
衣玖「あ、あの……」
西香「あぁそうだ。台本」
留音「あ、はい……」
真凛「私やんないよ。自分で読んでやるから。っていうかギスマミと一緒にやりたくない」
西香「チッ……これ仕事なんですけど。良いものつくりたくないの?」
真凛「あんたがそんなんじゃ空気悪くなって無理じゃん」
西香「三流だわ。いいよ、ネム、リンコ、こっち」
真凛「今なんつった?」
西香「ごめん、本当のこと言って傷つけた?」
留音「そ、その辺にしておきましょう? ね? もう作品終わるのに……」
西香「だから最高の最終回を迎えようって言ってるんでしょ。なのに不真面目なのがいるから」
真凛「あたしだって真面目に考えてやってんだよ! あんたが自分の事しか考えてないからそう思うんでしょうが!」
場は二人の聞いてられないような怒声に支配され、誰もが二人に注目していた。これまでも何度かあったが、最近になって増えていた光景である。
監督「はいはいはい。そこまで。みんな今日はもうあがり。お疲れ様ね。緊張してるのはわかるけどゆっくり頭冷やして。明日は外ロケだからね。今日ぐっすり寝て、また明日にしよう、ねっ」
メンバーのいざこざを諌めるのは大抵監督の仕事だ。慣れてはいるようだが少し疲れた表情でそう言ってなんとか場を鎮めた。マミはふんっ、と先に自分の楽屋へ戻っていった。
それから結局圧されていたユウカは少し涙ぐんで「ごめんね、アドリブのこと……」と鼻を鳴らしながらリンコに言って、リンコが「いえ、この作品がアドリブ劇みたいなものですから」とフォローし終える前に楽屋に戻っていく。
衣玖「ど、どうしよぉ……」
留音「大丈夫大丈夫、ネムちゃん塾あるんでしょ? もう行っていいから。お疲れ様」
衣玖「うん……じゃあリンコさん、お疲れ様でした……」
ネムは早足で母親と共にエレベーターに向かって行った。
監督「あの二人、大丈夫かなぁ?」
留音「前もたまにありましたけど、最近は特にすれ違ってて……でももう作品終わっちゃうし……不安ですけど、二人とも色々感じるものがあるのかも……」
リンコも椅子から立ち上がり、お疲れ様ですと自分の楽屋で帰り支度を済ませて帰宅した。
次はロケだ。
終了まで1日2部ずつになります。多分昼頃に




