2020年7月13日 オカルト記念日
2020年7月13日
留音「なぁ、最近噂になってるあれ、知ってるか?」
晩ご飯を食べ終えた後の団欒の時間。留音は少し意地悪そうに、でも楽しそうに話を持ち出した。
留音「日付が13日で、半月の日だけ呼び出せる怪物の話。ヌチャキっていうんだけどさ」
それに西香は「あぁ」と反応を示した。
西香「ネットで話題になっていますわね。なんでしたっけ、呼び出すと殺されてしまうのではありませんでしたか?」
留音「違うよ、たしかどこかに連れて行かれるんだよ。衣玖は知らないか?」
衣玖「さぁ」
真凛「情報通の衣玖さんが知らないこともあるんですね~」
衣玖「興味ないもの。っていうか連れて行かれるって何処に?」
留音「うん、その情報はまちまちだったんだよな。選ばれた人はすごく良いところにいけるって話もあるし、それはウソで誰もが悪い場所に拉致られる、なんて話もある」
真凛「どうやって連れて行かれるんですか?」
留音「なんか手を伸ばしてくるんだって。その手に握手すると良い場所って話だよ。でも悪いって噂の方だと、触れたらダメって話言われてるし」
衣玖「曖昧ね。くだらない」
留音「んでさ、くだらないついでに……今日って条件満たしてるんだよな。その呼び出す条件。13日だろ、それにほら、キレイな半月だよ」
留音は窓から見える月を見ていった。幸い雲はかかっておらず、キレイに月が見えている。
真凛「ちょっとおもしろそうかも知れませんね^^」
西香「どうやるんですの? 呼び出しって」
留音は細かい方法を把握しておらず、スマホを使ってその噂がまとめられたサイトを参照しながら言った。
留音「3時15分にテレビをつけとくんだって。時間になったら『ヌチャキ、ヌチャキ、わたしをお導きください』って言うとそこに何かが映るから、それを見てたら交信は完了したことになるらしい。あとはヌチャキからの接触を待つだけ……とか」
真凛「じゃあ目覚ましかけて……やってみましょう☆」
西香「わたくしはオネムの時間ですわね。やめました」
衣玖「ま、楽しんで―」
というわけでその夜、留音と真凛は深夜のテレビの前で軽い食べ物をつまみながらその時間を待った。衣玖と西香は眠っているようだ。
留音「まぁなんも起こるわけないよなー」
時計はピタ、と3時15分を示し、そこで呪文も唱えたのだがテレビ画面はなんの変化もしない。そもそもどこのチャンネルに合わせるだとか、電源をつけておけばいいのかとか、すべての情報が曖昧だ。
真凛「でもなんだか……影が見えませんか……?」
真凛が目を凝らすみたいに画面の一点を凝視して静かにそう言った。
留音「え、どこ?」
真凛「ほら、ここの隅から伸びてる、木の枝みたいなのが……指かな……?」
留音「……いや、全然見えないんだけど……」
留音が少し怯えながらも画面をじっと見つめると。
真凛「……プフっ、あはっはっは、ウソですよぉ留音さんたら、ちょっと怖がってるー^^」
ぷーくすくすと笑う真凛に、留音はホッとしたようにため息を吐いて笑った。完全に騙されたよと真凛を小突いた。
真凛「まぁこんなもんですよねぇ」
二人はがっかり半分と、なんでこんな事してるんだろうという気持ちで解散する。二人が立ち去ったその後で、テレビは五回ほど人の顔のような形を象った光が明滅した。
―――――――――――――
衣玖は初めからそのオカルト話を相手にしていなかった。
それには非科学的だから、なんて非科学的な意見からではない。もっと明確な理由がある。
だから今こうして、目の前で慌てふためいている真凛を見ても、いまいち感情が伝わってこない。
真凛「いないんですよ、三人ともっ……留音さんも、西香さんも、あの子もッ!」
出掛けてるだけじゃないの? そう尋ねると真凛は首を大きく横に振るのだ。
真凛「大雨ですよ!? 靴も傘もあるんですっ! それにっ……まるでさっきまで着ていたみたいに服が落ちてて……」
そんなバカなと、隣の留音の部屋に入った衣玖。真凛が指で床を示すと、まるで体だけが消えたかのように留音の寝間着が取り残されていた。
真凛「……連れて行かれちゃった……連れて行かれちゃったんだ……ヌチャキさんに……」
衣玖「待って。そんなわけない。ヌチャキなんて存在しないのよ」
真凛「でもっ、だって、じゃあ……みんなの部屋に同じようなのが落ちてるんですよ……!? それに……」
真凛はスマホの画面を衣玖に見せる。そこにはこうあった。
『ヌチャキさんがどこに連れて行くかは、ヌチャキさんがどこから来たかによる。もし悪い場所から来ていたら呼び出した本人と一緒にいる者も悪い場所へ連れて行かれる。家族全員、友達全員、規模はわからないが、くれぐれも軽い気持ちで呼び出さないこと』
そこに別のURLが記載されており、そこにアクセスすると『修学旅行中の生徒、バスから全員失踪』という見出しのニュース記事に飛んだ。掲載されているバス内部の写真では、衣玖たちの目の前にある留音の服のように各座席の上に生徒のらしき服が散乱しているのだ。
真凛「い、衣玖さぁん……どうしたらっ……」
衣玖「落ち着いて。どうせフェイクニュースなんだから……」
真凛「でも! じゃあどう説明するっていうんですかぁ! この写真と一緒のことが今ここで起きてるんですよ!?」
衣玖「それは……きっと何か、今は思い浮かばないけどっ、何かちゃんと説明できることがあるのよ……!」
真凛「どうしてそんなこと言い切れるんですかぁっ!」
衣玖「私が作ったからよ!!」
真凛がその言葉を理解するまでに少しの間を置いて。
真凛「じゃ、じゃあ、ヌチャキさんって、衣玖さんが作ったモンスターか何かってことですか……?」
衣玖「違う。そんなの作ったとして放っておくわけがない。私はただ実験をしただけ……ネットのミームの広がり方を見ようと思って……」
衣玖の実験は単純だ。
まずは一つ、伝説を作り上げた。衣玖の創作だ。ヌチャキという怪異がいて、それは手を伸ばして誰かを異界に送ってしまう。見た目は人の形をしているが、しなる木の枝のような腕をしていて触れられると何かが起こる。そんなような事だった。
あとはその伝説に沿った物語を書き上げる。形は多様にして、人の興味をそそるようにデザインした。画像や動画を加工してうっすらと登場させ、オカルト好きな人が考察してくれるような曖昧なマテリアルも添えて。
それを掲示板の話題に定期的に出していき、あとは定着するまでどれくらい時間がかかるのか、という社会実験の一環だった。
1から10までを語った衣玖だったが、真凛にとって目の前で起きていることの説明にはならなかった。
それは衣玖にも同様だ。ネットで拡散していくヌチャキのミームは様々に形を変えて伝染していった。
あえて動機や目的を持たせなかったから、ヌチャキの噂には良い話も悪い話も生まれた。衣玖のデザインに乗っかって、異界に連れて行かれたが戻ってきたという人も掲示板に書き込みをしていた。衣玖は面白がってレポートに加えたが、真に迫った書き込みは衣玖にも本当か嘘か実際にはわからない。
衣玖「だからもう、何が起こってるのかわからない……でも、もともと生んだのは私で……だからありえないの……いるわけがない」
怪異の名前だって適当につけた。3時15分のヌチャキ、だって単なる語呂合わせとアナグラム遊びだった。
そして、真凛は目を大きく開いて天井を見つめた。
真凛「あ……あっ……」
天井に張り付いていた何か。人の形はしているが、手足は植物のようだ。天井に這うようにして、顔らしき物を真凛に向けている。首の陰影かと思った暗い部分は、どうやら口を大きく開けているのがそう見えたらしい。
衣玖「いない、いるわけない……!」
天井のモノは動く度に首を右に二回、左に二回ずつ傾けながら真凛の上に来ると、その腕をゆっくりと伸ばした。植物の腕に見えるが、その先には人の腕のようなものがついている。
真凛の頭によぎったのは、握手をすれば良いところに行けるという話だった。もう逃げられないなら、せめてその話に。真凛は震える手でその腕に触れると、溶けるようにして服だけ残して消えていった。
衣玖は目の前の現象を理解する間もなく、再び伸びてきた木の枝のような手を見つめるばかりだ。
衣玖「何が……起きてるの……」
怪異はやがて全員を飲み込み、そして消えていった。




