2020年7月10日 納豆の日
2020年7月10日
世界は納豆に支配された。奴らはその小さな見た目とは裏腹にとても栄養価が高いため、自身に知性を備え始めると、ネバネバネットワークによりその知能を共有し、小さな見た目に関わらず存在として巨大化していったのだ。
それから人間たちの支配が完了するまで時間はかからなかった。たまたま最近「病気は納豆で予防できる」という噂から納豆が大量生産され、また同時に消費者に数多く渡っていたこともあり、人間の制圧は容易かったのだ。
人間は納豆ネバネバにより絡め取られ、納豆信者になるかネバネバ教育を受けるかの二択を迫られる。
当然、多くの人間は納豆信者になる事を選んだ。納豆の栄養分を知れば、信者になることで晩ごはん納豆を食すことが出来るようになり、健康的な生活を送れるからだ。
そんな中、納豆ディストピアに反逆する一人のレジスタンスがいた。
名前を西香。納豆が嫌いな一人の美少女である。
西香「3……2……1……今ですわ」
通信機でつぶやいた西香の言葉に合わせて吹き上がる炎と衝撃、轟音。遠巻きに望遠鏡で見ている工場が爆破されたのだ。
西香「やりましたわね皆さん……これでまたしばらくこの地域での納豆キナーゼ供給がストップしますわ」
通信機の向こうから歓喜の声が聞こえる。「さすが西香さんだぜ!」と称える様子は、西香に確かなリーダーシップがあることを表している。
しかしその後……工場の様子を確認しに行ったスパイの一人から震えるような声で連絡が入ったのだ。
「西香さん、おかしいぜこいつは……今爆破した工場、まったく納豆臭くねぇ……なんのパニックもないと思って中を調査してみたが……もぬけの殻だぜこいつぁ……」
西香「なんですって……?! でも、調査班の連絡によるとそこは間違いなく納豆の……!」
そこで通信機から悲鳴が響き渡った。
「う、ウワーーッ!! 納豆が!! 納豆が来やがった!!!」
男が持ち込んだ銃を乱射し始めたようだ。通信機の悪い音質でパカカカカとおもちゃのような音がする。
西香「名もなき隊員さん!」
「くそっ!! ネバネバに囲まれた! ネバネバが纏わりついて!! ぐああああああーーー!!!」
通信機はレジスタンスの何人かが聞いていた。その誰もが戦慄する。きっと誘い込まれたのだ。作戦自体が納豆にバレていた。誰かの衣服に風に飛ばされたネバネバ繊維でも付着していていたのだろうか。
なんにせよ、作戦は筒抜けだ。こうなれば全員の配置も危ない。西香はすぐに持ち場を離れ、セーフハウスを目指すことにした、のだが。
西香「あっ!」
地面に足を取られ、西香は転倒する。しかし何に躓いたのだろう。西香は立とうとしてもまだ足を引っ張られている感覚に、自分の靴底を確認した。
そこにはねっとりと引いた糸が、地面に繋がっていた。
西香「そ、そんな……」
西香は既に納豆に監視されていたのだ。転んだ西香を取り囲む納豆達。奴らは西香に向けてネバネバ糸を発射し、西香を絡め取って動きを封じた。やがて西香は意識を失った。
―――――――――――
西香「ここは……」
西香が目を覚ますと、暗い部屋で足と腰を縛られていたのだが、何故か腕は縛られていない。しかし西香は自分の束縛を解こうとはしない。なぜなら縛りに使われる紐は納豆ネバネバ糸だからだ。触りたくもない。
西香の覚醒を確認したのか、納豆が部屋に入ってくる。
納豆「目が覚めたようだな」
西香「納豆!!」
納豆は自分の優位さを全面に態度に示している。
納豆「ついに捕らえたぞ、納豆レジスタンスのリーダー、西香……今までお前の手によって数々のナットウキナーゼがやられた」
西香は納豆をキッと睨む。
納豆「しかし戦いはここで終わる。西香、お前も納豆信者になるのだ」
西香「誰がこんなッ! 臭いネバネバを食べるものですか!!」
納豆に差し出される小粒納豆。ちなみにタレとカラシは添えて置かれている。
納豆「まぁそう言うだろうと思ったぞ……だからお前には一つ簡単なお願いを聞いてもらおうと思ってな」
納豆は箸を一膳、西香の前に転がす。
西香「一体……何を……」
納豆「簡単な事だ、そこにある納豆を混ぜるのだよ」
西香「な、なんですって……誰がそんな事ッ!」
納豆「おっと、仲間がどうなってもいいのか?」
納豆が合図すると背後のモニターが別室の様子を映し出した。そこにはレジスタンスのメンバーが捕らえられ、天井から納豆がポタポタと落ちてくる部屋で身を寄せ合って悲鳴をあげているのが見えた。
西香「全然構いませんわ! わたくしは納豆には触りませんッ!」
西香には特に仲間意識はなかった。
納豆「……ならばお前を納豆まみれにするという手もあるのだぞ。混ぜるのだ」
西香「納豆まみれ……ッ?! 従うしか無いということですか……っ」
納豆「もちろんだとも。ただし……お前には最低でも400回、かき混ぜてもらうがな」
西香「400回も!? 正気の沙汰ではッ……」
納豆「やれ。納豆まみれになりたいか」
西香「くっ……」
西香はゆっくりと納豆をかき混ぜ始めた。糸を引く様子に嫌悪の表情を作りながら目をそらしている。
10回、50回、100回。少しずつ数を増していく納豆かき混ぜ。
納豆「どうだ……見ろ、この糸引きを……美しいとは思わないか」
西香「誰がっ……」
150回、200回。
納豆「もっと手首のスナップをきかせろ。たまにリズムを変え、じっくりねっとりと混ぜるんだ……おぉいいぞ……うまくなってきたじゃないか……」
西香「くっ……(納豆ごときに……汚らしいッ……気持ち悪いっ……!)」
300回、350回。
納豆「納豆をこぼすなよ……一粒でもこぼしたらやり直しだ。どうだ、見てみろ、糸ネバネバで真っ白に染まっていく納豆を……ふわふわでとろとろの納豆だ……」
そしてついに迎えた400回。
西香「はぁ……はぁっ……」
しかし西香は確かな疲労を感じながらも、かき混ぜる手を止めることが出来なかった。納豆の糸引きにどこかうっとりと見とれているかのように目をトロンとさせている。
納豆「くっくっく、興奮してきているな。見ろ、お前の箸からネバりと引いた糸を……一番良い状態の納豆だ、見惚れるのも無理もない。これをさせた人間はすべて堕ちたからな。……お前が作り出したのだ、この納豆を。どうだ? 今の気分は……お前が納豆を完成させた……お前の嫌いな納豆を! お前自らッ!」
西香「くぅっ……やめっ……」
納豆「くははっ、目が離せまい! お前はこの状態の納豆を知らない! ふわふわ納豆を! ここにタレをかけたらどうなると思う? 一番旨味成分が増したこの状態の納豆に、サラッとしたタレをかけて単品で一気に口内へかき込むのも良い! 白いホカホカなご飯にかけて一緒に食べるのも良い! 美味いぞぉ……」
西香「うっ……うぅっ……」
西香の前にホカホカの白飯が置かれた。そういえばしばらく何も食べていない。西香はお腹が減っていた。
納豆「さぁどうする? お前は知っているはずだ、ここからどうすればいいか……さぁやれっ! 自分でやれ!」
西香は堰が切れたようにタレとカラシの封を開け、それを一気に納豆にかける。そしてそれを軽く混ぜてご飯の上に乗せ、それを一気に口の中へとかきこんだ。
西香「あむあむあむあむ!!」
納豆「はっ! この腹ペコ女め!! 美味いか! 納豆は美味いか!!」
西香「美味しくないッ! 全然美味しくありませんっ!!」
納豆「そんな事を言って体は正直だなァっ! おらっ! 生卵だ! ネギにごま油、キムチも合うぞ!! 全部入れるかぁ!? あぁっ!?」
小皿で置かれた食材や調味料に目が奪われる。あぁなんて美味しそう、混ぜたら納豆のハーモニーが増して……西香は涙を流しながら懇願する。
西香「ゆるじでっ……もう納豆を美味しそうに見せないでっ……ひっぐっ……う~~っ!! たくさん混ぜたらふわふわで意外とおいじい~~!!」
納豆「おらっ! もっと口に突っ込め!! よく噛んで味わえ!! すぐに飲み込むなよ、口の中でよーく味わって食べるんだ……! 400回混ぜた納豆は食感も旨味も違う。よぉく味わえ……」
西香「いやぁっ……食べちゃう! ご飯が進んじゃうッ!! こんなネバネバでご飯が進んじゃいますぅっ!!」
納豆ご飯、完食。こうして西香は陥落した。世界は納豆の栄養価を知る納豆世界へと変わっていくのだった。




