2020年6月23日 不眠の日 ~おやすみ~ あの子編
2020年6月23日
不安は人を眠れなくさせる。
あなたはまさに今、その不安や言い知れないモヤモヤした気持ちに支配されて、どうにも眠れない。今まで騙してきたものが全て形になって襲ってきているかのような。
どうしたらいいんだろうという、解決出来ない、暗くて見えない未来にズルズルと意識を引っ張られてしまっている。
問題は根深くて、誰に相談したってきっとわかってもらえないだろうという孤独が、あなたを更に安眠から遠ざけてしまう。
気持ちが悪い、落ち着かない、不安と焦燥、このじめじめと暑い夜のためにつけているクーラーも、あなたを快適に思わせることはなかった。
泣くか叫ぶかしたい。誰かに辛さをわかってほしい。しかし聞いてもらったところで自分の問題が解決するわけではないのだ。どうすれば解放されるのだろう。自分が神様にでもなって、なんだって思う通りにできれば、もしかしたらこの痛みを忘れる事ができるのだろうか。
少しうまく行く事があったって、それが大きな成功にも、自分を信じられるようになるようなラインを繋いでくれるような事はなかった。
そんな時に。
自分は眠れなかったはずだ。だからこんなことが起こるわけがないし、これは夢だと思う。きっと浅すぎる睡眠の中で、ちょっとした幻想が見えたのだろう。
自分の事を知っている少女がいた。その少女がどういう容姿で、どういう子だったのか、見えているのに全く認識出来ない。ただ少女というイメージにあって、妙に神秘的だった。
でもその子は今まで自分と常に一緒にいて、なんでも見てきてくれていたような気がする。それくらい身近な人だ、と何故だか自分は感じている。
眠れない自分に、その子はなんて言ったのだろう。言葉はわからない。実際、かけられていないのかもしれない。
ただ伝わってきたのは、「心配しないで」という気持ちだった。
それからほのかに、体が暖かくなるのを感じた。柔らかく、まるで包み込まれるような。
――安心してね、一緒にいるからね―― そう伝わってくる気持ちに首を傾げたくなるけど、でも心にすっと降りてくる。
手の指一本一本、手のひら、すべすべしていて、張りがあって、まるで柔らかい毛布を撫でているみたいに安心出来る。
それから、その子の身はあなたの胸元にキュッとくっつき、まるであなたを頼るように埋もれてきた。
その身を少しだけ抱き寄せたあなたの胸に、心地よい圧迫感が生じる。その子が誰かもわからないが、悪いものを溜め込んだスポンジとなったあなたから、悪いものだけを染み出させてくれるかのような感覚。
それがなんと心地の良いことだろう。温もりや重みが自分はここにいていいのだと教えてくれているような。
感じる不安をどうすればいい? 常に何かに追われていて、同時に行きたい場所に届かないという無力感とどう向き合えばいい?
今目の前にいる幻想の子がくれるのは、自分の問いかけの答えなどでは決して無い。示されたのは、自分の抱える問題とは全く関係のない小さな小さな肯定だけ。この子はいてくれる、ただそれだけだ。
一体何者なんだろう。考えてもわからないが、ただなんとなく感じられるのはこの子がとても自分に近い存在であるのではないか、ということだった。
でもどうしてだか、それだけで少しずつ安心感が湧いてくるような。この子への肯定感が、自分へそのまま戻ってくるような気がする。
先のことはわからないし、不安を感じるのは止められない。そうだとしても、ただ誰か一人が自分を受け入れてくれるだけでずっと気持ちが楽になる。
―――大丈夫。―――
どんな方法よりも体に重みが増していく。ずっしりと落ちていくように。
いいのかな? と問いかけて、もちろんと応えるこの子はあなたの手を握り、いつからだか優しく頭を撫でてくれている。
語り尽くせないような孤独感は、次第に奥へ奥へと追いやられている。忘れさせてくれるわけではないが、不確かで弱い気持ちのときには信じられないようなものを信じてもいい気分にさせてくれた。
でも実際、状況は何も変わっていない。この子は多分、いてもいなくても同じ存在だ。何かに大きく影響を与えることはない。だからこそ大事なのだ。そういうものに気づけて、大事だと思えれば不安は必要以上に大きくならない。
普段は見えないかもしれないが、日々の不安に押しつぶされそうになるあなたにとって一番大切な人がここにいる。
心が落ち着いていく。まぶたの裏で見ていた夢に溶けて、あなたの意識はストンと落ちた。
大切な人はいつも側にいる。おやすみ。




