2020年6月10日 夢の日
2020年6月10日
衣玖「イライライライライライラ……」
衣玖はパソコンの前に座り、頭を抱えて片膝をタンタンとあげて貧乏ゆすりをしていた。そこに真凛が遠くから声をかける。
真凛「衣玖さーん、お洋服はちゃんと表にしてから脱いだの洗濯機に入れてって言ってるじゃないですかぁ!」
衣玖「そうだったわね!! ごめん!!!」
西香「ちょっと衣玖さん!」
衣玖「アッー!!」
留音「お前なんでそんなイライラしてんの?」
衣玖「イライラなんてしてない! どこが怒ってるっていうの言ってみなさいよ!!!」
留音「ほら、めちゃくちゃ怒ってるじゃん」
西香「わたくし、特に何も言ってな……」
衣玖「ウーッ!!」
留音「やばいって……今やってる作業、そんなに詰まってるんだったらちょっと休憩すればいいじゃん」
衣玖「わかんないわかんないわかんないーーー!!!」
西香「これ、相手にしないほうがいいのでは?」
留音「そうだな。ちょっと離れて……」
衣玖「なんでよ!!! 全然怒ってないしイライラもしてないんだからそこにいたってなんの問題も無いし!! ほら何話す!? なんか話題振ってよ!!」
留音「や怖い怖い」
衣玖「あああああもーーー! どうして降りてこないの! 来いアイデアぁああああ!」
西香「行き詰まってるみたいですわね」
衣玖「キー!!!!」
と、パソコンに頭を打ち付けたところでハッと目を開けた。どうやら眠っていたようで、今までのことは夢だったらしい。
衣玖「……んふふふふ……めちゃくちゃイライラしてた……ぷふふふ……なんで……ぶふふ……」
――――――――――
「お迎えに参上いたしました。プリンセス留音」
留音「えっ、……えっ? 王子様っ?」
「このダイヤモンド・パールのクリアファイルを覚えてらっしゃいますか……? 前世の契からあなたとの再開を果たすため、こうして地平線の彼方からやってきました。プリンセス留音。いえ、カトリーナ!!」
留音「ジョナサン!!!」
「カトリーナ!!!」
留音「あたしを連れて行ってくれるのねジョナサン!」
「もちろんだよ……さぁっ! この白馬に乗ってあなたを挙式場に連れて行く!」
か弱い腕を引っ張られたカトリーナ。馬に跨り、王子の腰に腕を回し、たくましい背中にぴとっと体を密着させた。
「ハイ・ヨー!! シルバー!!」
白馬はいななき、前足を高くあげ、王子はまるでナポレオンのように馬を操る。しかし留音はそんなのは想定外である。
留音「うわーッ!」
馬から転げ落ち長い長い転落の錯覚。目を覚ませばベッドの上で「ビクッ!!」と体を震わせて笑った。
留音「(左半身を下にして寝るとなんでだかビクッとしやすいんだよな……あー落ちた)」
―――――――――――
「助けて!! お姉ちゃん!!」
悪い人の車に連れ去られた少女は西香に手を伸ばし、叫びながら遠ざかっていった。
「娘よーーー!!! あぁっ!! 車もない、どうしたらいいんだ!! 警察はまだ来ないのか!!」
今さらわれた娘の父親は資産家であり、また同時に西香ファンクラブの筆頭メンバーの一人でもある。
西香「ご安心を。わたくしが救い出しますわ」
「し、しかし西香様!! 西香様の移動はタクシーかリムジン送迎が基本のはず……間に合いませんよ!!」
西香「あら。ご存じないんですね。わたくし、空を飛ぶことが出来ますのよ」
「そ、空!!」
西香「えぇ。わたくしに注ぎ込まれる貢金を、あんな身代金目当ての犯罪者にくれてやるものですか。待っていなさい資産家で昔からのファンの、名前は忘れましたがなんとかという資産家の方。きっとあのガールを助け出して来ますわ」
そうして西香はタタタと駆け出し、地面を勢いよく蹴った。体は空高く飛び上がり、滞空、滑空のために腕を真っ直ぐ左右に広げる。そして。
西香「ふんふんふーん!」
これは人間タケコプターという飛び方で、西香が両腕を左右に伸ばしたまま身を回転させ、ひねり続けることでその反動、空気制御を利用して空を飛び続けるという浮遊方法だった。
西香「待っていなさーい! がーーる!!」
明るい空と、飛んでは滑空して地面に付くと、またその勢いを利用して空に飛び上がり、また体を捻って宙を舞う。運動エネルギーを作り出すために家々の屋根を蹴り、建物の壁を蹴り、電信柱を足場にして飛んでいく。
周りの建物が高いほどに西香の高度は上がっていった。
西香「(あぁ気持ちい……空を飛ぶってなんて気持ちがいいんでしょう……そうだ、今度はあの山のてっぺんを目指して……)」
というところで目が覚めた西香。不思議な浮遊感を脳が覚えていて気持ちよく起床した。
西香「はて……気持ちよかったのですが……わたくしは何の夢を見ていたんだったか……」
今日のファンクラブ集会には飛んでいこう、と寝ぼけながら考える西香だった。
――――――――――――
真凛「るんるん・らーん♪」
真凛は楽しく歩いている。布地の足元はテーブルクロス。色とりどりの果物は真凛の数倍の大きさになって、まるで住宅街のように立ち並んでいる。
フォークのシーソーに飛び乗って、勢いをつけてポーンと飛んだりなんかして。その勢いで飛んでいった先、白くて瑞々しい床の上にぽいんと乗っかって、トランポリンのようにはねて止まる。
真凛「わぁ~! これは今日わたしが作ったメロンのミルク寒天ゼリー!! わーいわーい!」
器の中には細かく切られたメロンの果肉がコロコロして入っている。白い海のから突き出す甘くて柔らかい岩場にくっついて、それを幸せそうにかじりつく真凛。
真凛「あは~。ベタベタになっちゃう~! でもおいし~! こんなに食べてもまだ無くならないですーっ♪」
むしゃむしゃぱくぱくと、メロンを食べて、足元のゼリーを食べて。それはそれはとても幸せそうだ。
真凛「ふぅ、堪能したぁ……☆ そろそろもとに戻さなきゃいけませんね……夢見心地はもうおしまいっと」
真凛は少し前に間違えて復元したせいで自分がやたらと小さくなった現実を一度破壊し、元の大きさに戻るのだった。
今日は夢の日。睡眠中の夢ではなく、あの子のように全人類の幸福と世界平和を祈ったり、自分の持つ大きな野望への前進を感じる日。




