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2020年6月9日 無垢の日

220年6月9日


 これはまだ、お互いがお互いを知らずにいた頃の話。その屋敷に集まった8人はお互いを信じられないという表情で見合っていた。


 自分たちは今、美少女もののヒロインズをやっている。少なくてもその自覚はあるはずだ。しかしここには美少女ものヒロインには適さない子が存在しているらしい。


留音(るね)「な、なぁ、まさか、ウソだよな……? みんなちゃんと美少女だろ……?」


 純真清淨清楚廉潔。それこそが完璧な美少女というものである。それはつまり。


真凛(まりん)「ちゃんと無垢……ですよね……?」


 そう、無垢。今日は無垢の日である。そんな日に無垢でないヒロインがいるかもしれない、という通報を受けたのだ。


衣玖(いく)「あた、あた、当たり前でしょっ……何もやましいところなんてあるわけないじゃない……っ」


イリス「動揺してない……?」


 疑惑の視線が飛び交い、お互いに牽制しあいながら時間が過ぎていく。全員、いるわけがないという気持ちと、もしかしたらという気持ちが入り混じり複雑そうであった。


真凛(まりん)「あのぉ……もしもいたらどうなるんですかぁ……?」


西香(さいか)「そりゃあ……無垢というのは真っ白ということ。そこに毒の一滴でも入っていたら、全体が毒されることと同じですわよ……」


聖美(きよみ)「そ、そんな……」


 聖美(きよみ)は視線を泳がせ、小さく肩を震わせている。そこにアンジーが気遣うように「大丈夫だよ」と寄り添った。


 そうしてこの空間と同じように閉鎖されていく心。だがそこに、あの子が疑問を呈した。無垢じゃないことはそんなにだめなの? と。


留音(るね)「だって、そりゃ……美少女だぞ……? 無垢じゃない美少女なんて、そんなの美少女の皮をかぶった別の何かじゃないか……」


 そうなのかな、とあの子。しかしあの子以外の全員は神妙な面持ちで留音(るね)に同意したようだった。……衣玖(いく)を覗いて。


真凛(まりん)衣玖(いく)さん……どうしましたか……?」


 ピクッ、と怯えたように真凛(まりん)を見る衣玖(いく)


イリス「まさか、衣玖(いく)、あんた……」


 衣玖(いく)の呼吸が早くなる。そしてやがて、内包していた恐怖を吐き出す(ざんげする)ように言葉を紡ぎ始めた。


衣玖(いく)「私は……69(むく)じゃないわ……本当は……69(ロック)……」


 全員がハッと深く息を吸い込んだ。


留音(るね)「お前、そんなっ……待てよ!! 全てのルールを守り、権力の下に庇護され、人が出来ることは何でも必死に出来るようになって、先生と両親の言うことに従って当たり障りなくニコニコして生きる、それがあたしたち美少女じゃないのかっ!?」


衣玖(いく)「違う……! ロックよ……ロックなのよ!!! 無垢じゃない!! 邪魔なルールなんて蹴散らして既成概念を捻じり潰し、常に革新していきたい!! 私は……無垢じゃっ……」


 パカン。乾いた音が響き、衣玖(いく)の頭から花が散った。散った花の反対側に煙があがり、その煙の出処は西香(さいか)の腕の細く小さな横向きの煙突からだった。


西香(さいか)「……これでいい……これでわたくしたちは美少女のまま……こうしかありませんでした……」


聖美(きよみ)「い、衣玖(いく)ちゃん……? いやぁっ、いやぁーー!」


イリス「ちょっと!! 西香(さいか)!! 殺すことなんて……!」


西香(さいか)「おばかさん!!! ……わたくしたち美少女はね、穢れていてはいけないんです。アイドルは男の存在を匂わせただけで炎上するもの。もしも無垢なわたくしたちの中にロックな人が混じっていたら……もう終わりですわよ」


留音(るね)「でも……そんな……衣玖(いく)……」


 しかし運命のいたずらか、衣玖(いく)が倒れたときにポケットに直に入れていた小銭がコロンと転がりでたらしい。それは誰も知らず、壁まで転がっていき……チャリン。小気味の良い音を立てて倒れた。


西香(さいか)「500円玉……?」


 西香(さいか)は思わずそちらの方に視線を向けてつぶやいた。遠くに金色の小銭が見える。紙のお金以外に興味はないが、それでも。


真凛(まりん)「どうして……500円玉だってわかったんですか……?」


西香(さいか)「……えっ……?」


真凛(まりん)「無垢なわたしたちは、お金になんて興味は無いはずです……がめつい美少女なんていませんよ……? どうして転がった小銭の倒れる音でそのお金がなんだかわかるんですか……?」


 西香(さいか)は一歩下がる。「そ、それは」と怯えている。


留音(るね)「お前まさか、自分が無垢じゃないのを隠すために衣玖(いく)を……」


 そうして留音(るね)の気が逸れている瞬間を狙い、後ろから静かに迫るイリス。手に込められた衝撃の魔法が留音(るね)に向かうが。


真凛(まりん)「あぶない!」


留音(るね)「うわっ!」


 間一髪それを躱す留音(るね)。イリスは「チッ」と舌を鳴らした。


留音(るね)「何やってるお前!」


イリス「ふん……お前を倒すチャンスだと思ったのよ!!」


真凛(まりん)「イリスさん……!? 無垢な美少女はそんな事しません!! あなたも……!」


イリス「えぇそうよ! あたしはずっと考えている、どうやって留音(るね)を倒すかをね!! 復讐者系美少女よ!!」


留音(るね)「そんな、じゃあお前も……! このシリーズを追放されてしまうぞ!?」


聖美(きよみ)「みんなもうやめてぇ!!! 私もなの!! 私も無垢じゃないの!! 脳内真っピンクなのぉ!!! こんな事で争わないでよぉ!!」


真凛(まりん)「皆さん……どうしてっ……ずっと無垢な美少女でキレイなお話をやっていこうって、約束したじゃないですかぁ!!」


イリス「そんな事言ってもね、知ってるのよ真凛(まりん)! あんただって花の手入れをしているときに……現れた害虫を容赦なく潰している事を!」


真凛(まりん)「えっ!!」


イリス「本当に無垢な美少女だったら『虫さんも元気ですね☆』なんて会話の一つでもしそうなものなのに……見ちゃったのよ、あんたが『はぁ~もうっ、害虫駆除♪』って、片手でぶち潰しているところをね!!」


真凛(まりん)「そ、そんなっ!! まさか見られていただなんて……!!」


 無垢な美少女は虫を見つけたらキレイな悲鳴をあげるか、楽しく会話をするものだ。嬉々として潰すようなことはしない。


イリス「ねぇ、じゃあ誰が残るの……? あたしたちの中で無垢な美少女って誰なの……」


聖美(きよみ)「アンジーちゃんと……この子と、留音(るね)ちゃん……?」


留音(るね)「……いや、あたしもだめだよ……聖美(きよみ)、あたしもお前と同じなんだ。頭真っピンクなんだよ……触手とか見ていけない気持ちになったこともあるし、お前の冗談にドキドキすることがあるし、それに……ずっとかっこいい白馬の王子様が来るのを待ってる。美少女が考えていい話じゃないって、心の何処かでわかってるのにさ……」


イリス「解散よ……もう無垢な美少女モノは終わり。汚れた美少女よ!!」


 こうして面々は散り散りになっていった。その場所にはあの子とアンジーだけを残して。


アンジー「ボクも……ほんとは男の子なんだけど……」


あの子「(^_^;)」

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― 新着の感想 ―
[一言] いや、どう考えても、みんな無垢じゃなくロックですよね。アンジーも。
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