2020年6月6日 恐怖の日 (pepperの続き)
2020年6月6日
留音「さてどうしたものか」
真凛「わたしたちが判断するにはちょっと怖いですもんねぇ……」
西香「そうですわね。……衣玖さんの処刑」
というわけで、まさかの前日からの続きである。三人の前には二人の衣玖が五人少女宅の地下にある衣玖の研究施設の牢屋のような空間に捕らえられている。
このどちらかが作られたIkkuであり、どちらかが本物の衣玖である。
衣玖「勝ったのは私なのに! どうして閉じ込めるのよ!」
衣玖「人間だから油断したんですぅー!! お願いだから話を聞いて!!」
衣玖「はい人間アピール!! 露骨で鬱陶しいわ! IQ3億あるなら油断なんてしませんー!」
衣玖「しますー! 意外とポンコツで可愛い一面持ってます~!」
衣玖は牢屋越しに子供のような喧嘩を繰り返していた。
留音「こんな状態だからな……あたしにはどっちかを行動不能にするなんて怖くて出来ないよ……」
西香「もしも機械の衣玖さんを逃してしまったらどんなことになるかわかりませんものね」
衣玖「そんな事するわけないでしょ! 仮に機械のワタシが生き残ってもそもそも私のコピーなんだからいつもどおりの私の体が機械になるだけよ! 完璧なトレースなんだから!」
衣玖「そうよ失敬な! ロボットが世界を乗っ取るだの滅ぼすだのチープでありがちな、いや、ゲームとか映画とかだと面白いけど、そういう設定に当てはめないで!! IQ3億に失礼よ!!」
真凛「この人たち仲いいんじゃないですかぁ……?」
留音「まぁこんな状態だからな……怖くて衣玖の処遇を決められん」
西香「というわけで……はいポチっと」
西香が備え付けられたボタンを押すと二人の衣玖の足元がカパっと円形に開き、すべり台のようになっているそこから二人の衣玖が地下深くへと落とされていった。
真凛「後は専門家に任せましょう☆」
留音「しかしどうしてあいつが専門家なんだろうなぁ」
西香「これでわたくしから責任はなくなりましたわね。はぁ肩の荷が下りましたわ」
ということで地下施設へ。
―――――――――――――
衣玖「くっ……なんでこんなところで二人して送られなきゃならないの……」
衣玖「暗くてほとんど見えないけど……この感じは昔作った地下実験場ね……」
衣玖「私が作ったね」
衣玖「違う、私。しつこいな……」
お互いの姿がギリギリ影で認識出来る程度のその場所では、二人の衣玖の声が反響して響いている。
衣玖「しかしこんなところで一体何を……」
衣玖「まずいわね……もし生き残ったほうしか出られないなんてことになったら人間の私は圧倒的に不利だわ……」
衣玖「はいはい人間アピールお上手。あっ」
施設内の証明が完全に落とされ、いよいよ何も見えなくなった。だが両人ともお互いの大体の位置は把握している。
片方の衣玖の耳にコツコツという足音が聞こえ始めた。
衣玖「な、なに。やる気?」
衣玖「えっ? なんか言った?」
声は遠い。明らかに足音と声の距離が一致しない。
衣玖「ちょっと……何? 誰の足音……?」
足音は片方の衣玖に近づき、衣玖の目の前で止まった。すると生暖かくて柔らかい感触が衣玖の頬を撫でる。
衣玖「ヒッ……」
???「あなたはどっちかな……」
吐息混じりの謎の囁き声に固まる衣玖。ボイスチェンジャーを使っているらしい、高さと低さの複数混じり合ったような声がする。
目の前は真っ暗で何も見えず、奇妙な声だけに五感全てを支配される衣玖。闇の中から何かが蛇のように衣玖の体を這った。衣玖はそれからなんとか逃れて声をあげた。
衣玖「何かいる!!!」
衣玖「何!?」
すると足音はまたコツコツと、今度は別の衣玖の方へと寄っていった。
衣玖「そっち行った!!」
衣玖「うわぁ来た!!! 何!?」
???「ふふふふふふ……こっちかなぁ?」
前から聞こえたねっとりとした声を拒絶しようとした衣玖だったが、その直後に背後から体をまるで大蛇に飲まれるかのように包み込まれた。
衣玖「ぎゃーーーーーーー!!!」
衣玖「もう一人の私ー!!!」
掴まれた衣玖はなんとかそれを振り切り、先程影で確認出来ていた衣玖の方へと駆け寄る。
衣玖「もう一人の私! ここは共同戦線を張るしか無い!」
衣玖「わかった!! なんだかわからないけど乗り切るわよ!!」
衣玖「あいつら戻ったらただじゃ置かない!!」
衣玖「同感ね!」
衣玖と衣玖は暗闇の中で手を取り合い、そして背中を向き合って足音を警戒する。だが足音はカサカサ、シャカシャカと這い寄るように衣玖達の警戒の一歩外から確実に侵入してくる。
???「わはあぁ……衣玖ちゃん天国だぁ……!!」
衣玖「気が狂いそう!! 一体どういう意図があってこんな事をッ……」
衣玖「今日の記念日に関係あるのかもねッ!」
今日は獣の数字と呼ばれる6の掛け合わせから恐怖の日、悪魔の日などという記念日が制定されている。もしかすると恐怖を持って二人の仲を良くさせて、何かを進展させようとでもしているのかもしれない。
衣玖「どうしてこんなことに!」
衣玖「ロボットの私が活動停止しないからよ!」
衣玖「こっちの台詞だし!」
???「うふふふっふふ……」
声は常に二人の衣玖の死角から現れ、両方の衣玖をぎゅぎゅっと抱きしめたり、片方の衣玖をくすぐったり、ソフトタッチをしたりしては消えていく。まるで幽霊だ。
衣玖「もうやだっ……誰か助けてっ……」
衣玖「うぅっ、怖い……怖いぃ……」
衣玖はもう背中合わせに立つのをやめ、二人で抱き合って震えている。闇の中で自分の考えを持ってしても及ばない存在にさんざん弄ばれ、精神は限界を迎えていた。
衣玖「何が目的なのぉ……」
???「私はねぇ……偽物の衣玖ちゃんを探してるの……でもわかんないなぁ……だからね……一人だけは私のところで引き取ればいいかなぁって思ってるの……どっちかなぁ……」
衣玖「やだぁ!!! やだぁああ!!!」
衣玖「ロボットの私!! 早く白状してよ!!!」
衣玖「やだぁああ!!! 違うもぉおおん!!!」
???「うふふうふ、いいんだよぉ、どっちも可愛いから……どっちを連れて帰ろうかなぁ……こっちかなぁ……こっちかなぁ……」
二人ともぴえーんと泣き始めている。
衣玖「もっ……もぅっ……無理ーーー!!」
片方の衣玖はそう叫ぶとバタンと床に崩れ落ちた。
衣玖「あっ……ロボットの私……? やだ!! 一人にしないで!!! こんなところでシステムダウンなんてずるい!!!」
だがそこで何者かは「もう終わりかぁ……」と残念そうに呟き、足音を遠ざけていくのだった。それから数分後、だんだんと施設に光が戻り、衣玖はロボットのIkkuを抱きかかえているところに留音たちが入ってきた。
留音「おっ、本物の衣玖だっ」
西香「未だにわかりませんわね……」
真凛「あ、でも寝てる方は息してないみたいです」
勝手なことを言いながら入ってきた3人に、衣玖は泣き喚きながら散々文句を言って、とりあえず事態は収束した。
その後、衣玖はIkkuを機械に接続し、今後どうしたいかをプログラム上で尋ねた。すると「もう自分はあの恐怖に支配されて外へ出たくない、封印するか削除してくれ」というような話をされ、その意思はスタンドアロンの記録媒体に封じられることになったそうだ。
こうして事件はなんとなくほっこり解決した。そんな今日はほんわかの日である。




