2020年5月26日 ドラキュラ初登場の日
2020年5月26日
血が必要なんだ。美しい少女の血が。
イリス「どうしたの、アンジー。わざわざ聖美は抜きなんて。秘密の相談?」
アンジー「うんっ、イリスちゃんに用があって……ね、こっちこっち」
アンジー。それがボクの名前。……ここではアンジーと名乗ってる。もちろんこの国の名前ではない。これは潔白な天界の使いを模した偽名なんだ。
ボクはいつものようにニコニコしながらイリスちゃんをちょいちょいと手のひらを振ってひと目のない暗がりに連れ込んでいく。
イリス「んん……?」
イリスちゃん。ちょっとツンツンしてるところがあるんだけど、ボクや友達の聖美ちゃんには基本的に素直で優しい女の子。だからこんな風に、無警戒に近づいてきた彼女の後ろに立って。
イリス「んっ? なぁに、アンジー……?」
アンジー「いつもありがと……っ」
不思議そうな顔をしているイリスちゃんの背後から、首筋に向かってかぶりついた。
イリス「痛っ……えっ……アンジ……いたいっ……なんでっ……」
怯えるイリスちゃん。怖がらせてごめんね。
でも、あぁ美味しい。ボクの周りには美しい乙女ばかりで……イリスちゃんのは育ちが違うからか、他の子とは別の特別な味がするんだ……デザートみたい。
イリスちゃんに振り払われて、驚愕した表情の彼女と目があった。イリスちゃんは首に走った痛覚を確かめるように片手で撫でて、血が滲んでいることを確かめてる。
ボクは口から漏れた血を親指で拭って、ぺろっと舐めた。美味しい美味しい……漏れるボクの吐息が自分でも色っぽいと思っちゃうけど、制御できないくらい、乙女の血は美味しいんだ。
イリス「アンジっ……な、なにをして……あ。その目……」
イリスちゃんは"毎回気づく"。だって異世界の人だもん、彼女の世界にもいるんだろうね。そう、なんたってボクは……。
イリス「……ヴァンパイアの瞳。なんで……」
真っ赤に変わって、開く瞳孔。そう、ボクはドラキュラなんだ。古より続く血族の末裔。中性的な見た目はその証でもある。
アンジー「ごめんね、驚かしちゃって……でも美味しかったぁ……さぁ、ボクの目を見て」
くすくす。戸惑う可愛い子の顔を見るとついイタズラした後みたいに笑っちゃう。みんなボクのこと、無害で可愛い小動物みたいな女の子だと思ってるんだ。だからいつも簡単。……本当のボクはみんなのイメージとぜんぜん違うのに、くすっ。
イリス「うっ……あっ……」
魅了の魔眼は純潔の乙女に高い効力を発揮する。血の眷属にするつもりはないけど、痛かったことも、ボクの正体も忘れてもらわないとね。
アンジー「さぁ、全部忘れて。イリスちゃん」
ぼんやりとした瞳のイリスちゃん。記憶の書き換えみたいなことをしているから、その間はうっとしたような表情になるんだ。この間の時間は飛んでるから……ふふ、ボクはイリスちゃんの首筋にもう一度だけ優しく噛み付いて、表面に残った血を軽く吸って、ぺろっと舐め取った。
失った血は戻らないけど、ボクが噛み付いた跡はほとんど見えないほどに消えていった。血は飲みたいけど、女の子に傷をつけるのはボクの本望ではないからせめてこれくらいは治してあげているんだ。
イリス「……あ、あれ……?」
アンジー「大丈夫? イリスちゃん」
イリス「あ、うん……んん?」
少し戸惑ってる。でもボクの唾液の効果でぼんやりとして、そんなに疑問は感じていないはず。ボクはいつものように何事もないのを装って聖美ちゃんの家に送り届けた。
二人共極上の血なんだ……今度吸う時は聖美ちゃんかな。味はとっても一般的なんだけど、聖美ちゃんのは濃密で乙女の味がとっても強い。はぁもう、すぐ飲みたくなっちゃうよ。
でもあんまり吸いすぎると二人を貧血にしちゃう。友達の二人には元気でいてもらいたいからね。
さて、家に帰ろう……今はまだ太陽が出てる時間なんだけど、ボクは傘もささないでるんるん歩いて帰れる。今どきのドラキュラはもちろん陽の光の対策をしっかりしているんだけど、ボクのはこの服や化粧がそうなんだ。
特殊な素材で作られた洋服もそうだけど、肌に塗り込むお化粧品がすごく対陽効果が高い。これを自然に適応するために女装をし始めたんだ。
そうしたらもう効果抜群。こんなに可愛い女の子たちと友達になれて、もう戻れないほどに美味しい血を飲ませてもらってる。
五人少女ちゃんたちもそう。留音ちゃんはスポーツをしてるだけあってサラサラでスッキリしてるし、真凛ちゃんはイリスちゃんとはまた違う不思議な味。衣玖ちゃんは噛み付いたときの反応が可愛くて、つい飲み過ぎちゃう……貧血にさせちゃってごめんだよ。
でも一番美味しいのは西香ちゃん。まさに高級品という感じの味なんだ。とろけるみたいで、いい香りで、意外とピュアな味をしててボクは大好きな味。
はぁ、次は誰のを飲もう……イリスちゃんからもらったからしばらく飲まないでも大丈夫だけど、楽しみだなぁ……。
そんなときに覚えのある影が見えた。
アンジー「あっ、やっほー」
通りかかったのはあの子だった。……まだ飲んだことがない、唯一の子。なんだかイリスちゃんのを飲んだばかりだし、みんなの味を思い返していたら興奮してきちゃって気持ちが昂ぶってる。ちょうどこの子は一人だ……飲んでみようかな。
ボクはいつもどおりにあの子に接して、送り届ける名目で一緒に歩いていった。それから人通りが少なくなった場所で。
アンジー「ねぇねぇ……アレみてよ」
なんて油断させて、首筋に近づければいいだけ。ボクはいつものように対象に近づいていって。大きめに息を吸いながら口を大きく開けて。うーん、どんな味がするんだろう。
アンジー「いただきまぁす……」
そうしてボクはこの子の首筋に歯を……。




