2020年5月7日 博士の日
2020年5月7日
真凛「きゃ、きゃーーー!!」
少女らの家に響き渡る悲鳴。そこに足音を立てて留音が駆けつけた。
留音「どうしたんだ真凛!! ……なっ」
留音の眼前に広がる光景。それは真っ赤に染まった絨毯に横たわる小さな幼馴染の姿だった。
留音「衣玖……? そんなっ! 衣玖ーーー!!」
真凛「ダメです……もう……亡くなってます……」
留音「どうして……なんでこんなことに……今日は博士の日なんだぞ……? 今日という記念日を完遂出来るのは衣玖しかいないのに!」
真凛「もしかすると……日めくりを邪魔したい誰かの犯行なのかもしれません……!」
留音「あたしたちで見つけよう……衣玖と西香を殺した犯人を!!」
真凛「そうですねっ……西香さんも多分殺されてるはずですから……理由は特にありませんけど……」
というわけで。第一容疑者、イリスを訪ねた二人の探偵。
留音「お前が衣玖をやったんだろう!!」
イリス「違うわよ! たしかに綿密な完全犯罪を可能にする西香殺害計画を立てたわ。でも衣玖を殺してはいない!」
真凛「留音さん、イリスさんは完全に無実っぽいですよぉ……」
留音「受け答えも正常だし、どうやらそのようだな……次の容疑者のところへ行こう」
続いて第二の容疑者、アンジーの元へ向かった二人。
留音「アンジー、お前は犯人じゃないな」
アンジー「衣玖ちゃんなんて殺したりしないよぉ!」
真凛「アンジーさんは男の子です。美少女作品でヘイトを買うようなことをそう簡単にするとは思えません……アンジーさんも違いそうですよ」
留音「あぁ。あたしも思っていたところだ。となると犯人は……」
最後の容疑者、聖美。
留音「お前がやったのか。聖美……」
聖美「二人共……」
聖美は寂しそうな表情を浮かべて二人を迎えた。
真凛「どうして……どうしてですか聖美さん! 日めくりを大事にしていたあなたが、どうして博士の日に衣玖さんを!! 一番遠い西香さんか留音さん、科学と反対のイリスさんあたりを狙えば日めくりは出来たのに!」
聖美「だからだよっ!!」
聖美は身体を強張らせ、両手を力いっぱい握りしめて叫んだ。
聖美「衣玖ちゃんは……もうおよそ300日の日めくりをやってきた。毎日違う記念日を扱うけど、内容は同じ。記念日をテーマに新しい、楽しいことをしようと頑張ってきた……でも300日……毎日テーマは違っても、記念日に沿うという形に単調さを見出したのもまた衣玖ちゃんだったの……」
留音「でも、それは日めくりモノという中では……っ」
聖美「うん、でもね、記念日を見ればだいたいパターンが読めてくるほどに、この日めくれはみんなの"らしさ"を引き出してしまったの。留音ちゃん、真凛ちゃん。今日の記念日、博士の日って見た時どう思った……? 『あ、衣玖ちゃんの日だ』って思ったでしょ……?」
真凛「それはっ……」
聖美「衣玖ちゃんはそれを危惧した。混沌を持って始めたはずの日めくりが、いつしか一種の秩序を生み出していた……衣玖ちゃんはそれが耐えきれなかった。そんな中で迎えた博士の日……自分が存在していては、まず間違いなく博士になるのは自分だと……それで、みんなには相談できないって、みんな以外の中では日めくりを一番大事にしていた私のところに来たの……」
留音「じゃあ衣玖は、自分から自分の殺害を頼んだっていうのか……?」
聖美「そう。全ては日めくりに再び混沌を呼び込むために……最後の瞬間に衣玖ちゃんは話してくれたんだ。もっとカオスが欲しいって……よくわからない感じとか、どうしてこうなったっていう感じはもっと追い求めていけるんじゃないかって……すごく悩んでいるようだったの」
真凛「……」
聖美「それで、私に殺害を依頼してきた。私も辛かったけど……でも衣玖ちゃんはもっと辛かったんだと思う……日めくりを始めたのは衣玖ちゃんだから……」
留音「そんなのって……そんな事で死ぬ事ないじゃないか! つまんなくてもいいんだよ! あいつが生きていてくれることのほうが大事だ!!」
聖美「衣玖ちゃんの悩みを知らないで、本当にそんな事言える……? 飽きない日めくりを提供するのは衣玖ちゃんにとって大事な事だった。ほら、衣玖ちゃんが博士の日に死んだことで、結果的に日めくりにカオスが生まれた……博士の日なのにみんな探偵と犯人になってる……誰も想像つかない日めくりができた」
真凛「そんなのって……悲しすぎます……!」
衣玖「でも聖美のおかげで、私の望んでいたよくわからない展開が出来たのよ。私はこれでよかったと思ってる」
留音「衣玖……でもお前もう死んでるんだぞ!? そんな風に普通に生きてるけど、もう死んでるんだ!!!」
真凛「そうですよ! 聖美さんが意を決して殺したのに生きてる感じで出てきちゃダメじゃないですかぁ!」
衣玖「それは悪かったと思ってる。ありがとう聖美、願いを聞いてくれて。こうして一度死を経験したことで私のカオス理論は更に深みを増すと思う。今度論文の発表会に一緒に行ってくれる……?」
聖美「もちろんだよ! 衣玖博士! 滞在先では同じ部屋に泊まろうね!」
留音「……結局博士になっちゃってんじゃねーか……」
実証実験、博士の日。カオス理論は人間模様。




