2020年5月6日 迷路の日 シスター・ミニーズのお悩み相談室
2020年5月6日
都会の喧騒を離れた山の中腹。森を抜けて少し行ったところに、拓けた土地と歴史を感じさせる教会がある。
少しだけ湿った、澄んだ空気が爽やかに香る庭園を抜け、木製の大きな扉を開ける。建物の中に響く音はほとんどなにもない空間に厳かに反響し、高めに設置されたステンドグラスから入る七色の陽光が奥に見える小さな木製の小部屋をより神秘的なものに感じさせた。
そこは人生の迷路に入ってしまった人の出口を示す灯台。ここはシスター・ミニーズの相談室。今日も誰かがそこを訪ねていた。
西香「あのぉ……こ、こちらで匿名……あの、匿名で相談ができると聞いて来たんですけれど……」
相談室の中では威圧感を感じさせない仕切りがされており、お互いの顔を見ることは出来ない。ただ手元に小さな小窓が開いているので、そこを介して声がやり取りされる。
シスター・アンジー「はい。ようこそ、小さな森の相談室へ。今日はどんな相談に来たのかな?」
穏やかで人懐っこそうな、落ち着いた声が少女、西香を出迎えた。その声に安心感を覚えた西香はおずおずと喋りだした。
西香「あの……わたくし、お友達が出来ないんですの……ずっとずっと欲しいと思っているのに、どうしても出来なくて……」
シスター・アンジー「そうなんだ……」
西香「どうしたらお友達って出来るんでしょうか……? わたくし、ちゃんとお友達を作るためのノウハウ本などもチェックしているのです……お友達には嘘をつかないですとか、素直になんでもお話するだとか……」
シスター・アンジー「うーん、そうだね……もしかしてそれで出来ないとなると、あなたは少し素直すぎているのかもしれないね。確かに友達に素直でいることは大事。でもそこには言うべきじゃないこともあるし、言わなきゃいけないこともあるし……。何か心当たりは無いかな?」
西香「さぁ……皆目見当もつきません。あの、それも文献で読んだのです。自分がされて嫌なことを相手にしない。その逆も然りですわよね?」
シスター・アンジー「うん? 逆も然り?」
西香「自分がされて嬉しいことは、相手も嬉しいことですわよね? 同時に、お友達という関係のなかで相手の嬉しさは自分の嬉しさにつながるんですのよね?」
シスター・アンジー「うーん。それは完全に同意はしかねるけど、行動の基準にはなるかもぉ」
西香「ですわよね。それでわたくし、わたくしがされて嬉しいイコール相手が嬉しいイコール相手がわたくしに嬉しいことをすると相手も嬉しいという公式を発見いたしましたの」
シスター・アンジー「えっと……こう来て、こう来て、あぁうん、言ってる意味がわかった。嫌な予感しかしないや」
西香「ですからわたくし、しっかり、嘘偽り無く、自分がしてほしいことは全て伝えるようにしてるんですの。でもダメですわ。相手が逃げていってしまうんです……こんなんじゃお友達なんて出来ません……不思議ですわよね。わたくしを嬉しくすることで自分も嬉しくなれるはずですのに、どうして逃げてしまわれるのか」
シスター・アンジー「あの、自分が求めるだけじゃダメなんだよ……? 相手のことも尊重しないと……」
西香「えぇ。ですから、わたくしに付き添ってお洋服を買うか、アクセサリーを買うか、お食事をするかを選ぶ権利を渡すことだってあります。相手がわたくしに何をしたいかをしっかり選んでいただくようなこともしているんですの。どの方法でわたくしを喜ばせるかは、お相手におまかせしていますの」
シスター・アンジー「……うわー……心理学を用いた追い込み方だぁ……」
西香「なのになぁんでお友達できないんでしょぅ……不思議ですわぁ……」
シスター・アンジー「自分だけ得するんじゃダメなんだよ……? 同じこと、反対にして他の人にされたら嫌でしょう?」
西香「嫌ではありませんわ。わたくしがわたくしを喜ばせるためにお友達にお願い事をしていることの反対でしょう? お友達がわたくしを喜ばせるためにわたくしに提案してくれてもいいんですから」
シスター・アンジー「反対だとそうなるのかぁ……ボク、よく話についていけてるなぁ……ごめんね、お手上げ……」
西香「使えない相談屋さんですわね……はぁ。帰り道は送ってくださるの? タクシー代だけでもよくってよ」
一生解決しないだろう。シスター・アンジーは自分の無力さに打ちひしがれた。
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別の日
留音「……だからちょっと恥ずかしくて……」
シスター・聖美「そうなのですね。……でも秘密を持っていること、恥ずかしがる必要はありません。誰にでもありますから」
留音「本当ですか……?」
シスター・聖美「はい。そうですね……では、あなたの悩みを解決は出来ないかもしれませんが……私の秘密もお話しますね。それで少しでも気持ちが楽になってくれたらなって」
留音「あ……はい」
シスター・聖美「私は……実は美少女が大好きなんです。付け回しちゃうくらい大好きなんです。もう一度抱きついたら離したくないくらい。こう、後ろから、むぎゅってしたらもう、亀の甲羅みたいに」
留音「はぁ……えっ?」
シスター・聖美「ずっと見てても飽きません……あなたもとてもかっこいいのに、眠る時にぬいぐるみが手放せないと打ち明けてくれたその表情……とっても可愛くて、ずっと見てました……」
留音「エッ、こわ……でも見えて……えっ? だってこの部屋、小窓以外なにもないし……鏡しか……」
シスター・聖美「この鏡こっちからだと見えるんです。あなたもとっても美少女です。可愛い……もし良かったらうちに泊まりに来ませんか……? 一緒にお風呂に入りませんかぁ……?」
留音「……ひぇぇっ、帰るーーーー!!」
自分がずっとまともだと思えた留音だった。
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また別の日
真凛「こんにちはぁ……あの、こちらで悩みを聞いてくれるって……」
シスター・イリス「えぇ。なんでも話していいのよ。ここは匿名の相談室なんだから」
真凛「あの、実は……お家に、何度注意しても改めてくれない人がいて……その、おトイレから出た後に手を洗ってくれないんです……」
シスター・イリス「それは……気になるわね」
真凛「そうなんですよぉっ。何度注意しても全然洗ってくれないんです……」
シスター・イリス「もしかして、その人は手を洗う意味を理解していないのかも。清潔にする意味から教えてあげたら?」
真凛「教えたんですよぉっ……何度教えても、そもそも自分は汚れてないの一点張りで……」
シスター・イリス「はぁ……そういうのは一度痛い目見ないとわからないんでしょうね。構わず置いといてみたら? 一度お腹でも壊せば手を洗う大切さでもわかるんじゃない?」
真凛「殺したんですぅ……」
シスター・イリス「えっ?」
真凛「お腹壊すよりも辛いですよねぇ? 死ぬのって……何度か殺害済みなんですよぉっ! 手を洗わないから!」
シスター・イリス「……エッ! 手を洗わないから殺害済みっ?」
真凛「でも直してくれないんです……すぐ忘れちゃって……わたしがどんなに言っても、何をやっても、その人は手を洗わないんですぅ……もうどうしたらいいのか……」
シスター・イリス「殺害というのがよくわからないんだけど……死ぬほど痛めつけたってこと……? あの、マジの懺悔室ではないんだけど……」
真凛「ピンピン生きてますよぉ!! 憎たらしく!!」
シスター・イリス「そ、そう……それは良かったと言うべきか……」
真凛「ちっとも良くないです!! どうしたらいいんですかぁ!」
シスター・イリス「……遠ざけたら?」
真凛「こびりついたタンパク質汚れよりもしつこくて厄介な人なんです……捨てても戻ってくるというか、捨てられたことに気づかないというか……」
シスター・イリス「それは殺害したくもなるわね……」
真凛「もう何度かやってるので……それ以外で何か方法を……」
シスター・イリス「……ごめん、お手上げ」
相談を聞くのは大変だそうだ。この相談室は本日を持って閉鎖となった。




