2020年4月9日 良いPマンの日
2020年4月9日
西香「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
夜の街、雨に濡れながら西香は疾駆していた。
靴は雨で作られた水たまりに踏み入って、もう足まで濡れてしまっている。それほどまでに西香は必死で何者かから逃げているのだ。
西香「誰かっ、誰か……!」
西香の必死の逃亡であったが逃げ切ることは叶わず、それは目の前に現れた。
Pマン「ピッピッピ……マッマッマッ……ピッピ、マッマッマ……」
西香「いやぁ!!」
西香はその謎の生物を見るなり踵を返し、ダッと再び駆け出す。しかしそちらにもまたその謎の生物がいる。
その生物とは。月明かりに照らされ、少しずつ明らかになるその姿。縦長にムクムクとし、凹凸がありながらもでっぷりとした緑のボディ。Pマンである。
Pマン「食べろ……食べろ……ピーマン食べろぉ……」
西香「いっ、嫌ですわ!! そんなもん食べるくらいなら舌噛んで死ぬ!!!」
切羽詰まった迫真の声をあげる西香。しかし前からPマン、後ろからもPマン。Pマンはジリジリと西香に迫りつつある。
前方のPマン「苦くないから……苦くないから……」
後方のPマン「騙されたと思って……騙されたと思って……」
西香「誰か……誰か助けてぇっ!」
そんな窮地にあった乙女の叫びに、一つの影が駆けつけた!
???「"強風魔法"!!」
月から流れてきたかのような二条の金の箒星を中心に巻き起こった強風に、2つのPマンは吹き飛ばされた。
西香「あ、あなたは!」
箒星は収束し、西香の目の前に着地した。そして怯える西香に手を伸ばし、西香はその手に取ると。
???「"強風離脱"!」
西香を抱え、風のように大きく跳躍したのである。建物の影を外れて見えるその顔は見覚えのある……。
西香「イリスさん……っ」
イリス「まったく。あんたを助けることになるとはね」
そう、魔法の使い手、イリスであったのだ。イリスはどこかの屋上に着地すると西香を離し、手すりから下方を窺っている。それが一段落すると西香の近くへ行って「ふぅ」と一息ついた。
しかし西香は少し意外そうにしており、そのことで質問をする。
西香「イリスさん、まさかあなたが助けてくれるとは思いませんでした。わたくしあのまま……」
イリス「まぁね……あたしも逃げる途中だったのよ」
西香「ということは……まさかあなたも」
イリス「えぇ。あたし、ピーマン大嫌い」
そこで訪れる重い沈黙。明かされた真実。イリスはピーマンが大嫌いだった。好き嫌いの多い西香はともかく、イリスはあまり苦手な食べ物は無いのだ。しかしいくつかあるどうしてもダメな食べ物の筆頭に、あの緑の悪魔が持ち上がるのである。
西香「わかりますわよ。どうして人はこれをわざわざ二度以上食べようと思うのか。そしてどうして人は『騙されたと思って』なんて言いながら騙して食べさせてくるのでしょうか」
イリス「わからない……何もね」
そうして辺りを窺うのをやめていた隙に、Pマンたちは二人のいる屋上へと進軍してきていたのだ。Pマン包囲網はPマン嫌いを着々と追い込むのである。
イリス「下がりなさい、西香! こんな野菜共、あたしの魔法で焼き尽くす!」
西香「やってお終いなさい! イリスさん!」
イリス「"炎熱魔法"!!」
迫りくるPマンたちの身体に大きな炎が巻き起こった。だがしかしPマンたちは少しだけ身を捩らせたが、変わらずイリスたちに迫っていく。その上更に予想外の状況に陥ってしまう。
西香「うっ!! こ、これは……!」
イリス「しまった……! 焼いたピーマンの匂いがする! 匂いが苦い!!」
そう、ピーマンたちは火にあぶられ、いい感じに苦味のある香りを発するようになったのである。西香もイリスも苦手な匂いに顔をしかめた。
絶体絶命。イリスはピーマンの匂いにやられて魔法の詠唱に集中できなくなってしまっている。西香はそんなイリスに早く離脱するように頼むのだが、イリスは迫りくるピーマンに怯え、鼻を摘んでいる。
そんな大ピンチに。
???「とーう!!!」
二人の美少女の前に降り立った謎の影。マントをはためかせ、やいやいやいと眼の前のPマンたちを指差して威嚇している。しかしその影は。
西香「えっ……ぴ、ピーマン……!?」
そう、マントつきPマンがPマンに相対しているのだ。
???「そうだッ! 僕は良いPマン! Pマン苦手っこたちの強い味方、良いPマンだ!!」
二人『良いPマン!?』
そんなものあるものか、という二人の目の前で、良いPマンはファイティングポーズを取りながら迫るPマンたちに強く、そして勇者のように爽やかな声音で言った。
良いPマン「Pマンたち。君たちの苦しみや怒りはわかっている。苦い苦いと言われわかってもらえない苦しみが。だがそうやって強制することこそ良くないのだ! 僕たちPマンは、もっと多様な方法を持って苦手っ子たちにわかって貰う必要があるんだ!」
Pマン「ピピピ……マァん……」
良いPマン「大丈夫だ。任せてくれ。僕が君たちの分を預かる。そしてどうにか、この子たちにも僕らの事をわかってもらえるように努力する。だからどうか……その苦味を抑えてくれ」
Pマン「ぴぃ……マァん……」
Pマン達は良いPマンに説得され、一人ずつ屋上のドアを通って退散していったのだ。
良いPマン「ふぅ……これで良い。二人共、とりあえず君たちを襲うPマンたちはもういない。安心してくれ」
西香「良いPマンさん……」
イリス「あ、ありがとう、良いPマン」
良いPマン「辛かっただろうね。苦いPマンに追いかけられて……でももう大丈夫だ、苦いPマンはもうどこにもいないよ」
西香「でも、あなたもPマンじゃありませんか。あなたも食べたら苦いのでしょう……?」
良いPマン「そうだね……でも違う。Pマンの苦さは調理法なんだ。いいかい、僕を苦くないようにして食べる方法はね……」
―――――――――
ふわふわと。西香とイリスはそれぞれ自分の食卓で意識を取り戻した。
二人共意識を失っていたわけではない。朝起きてから行動して、その食卓につくまでの記憶はしっかり地続きで持っている。だが何故か「意識を取り戻した」という感覚を持っていた。
それがなぜだかはわからないが。
真凛「はい、西香さん。苦手って言ってましたけど……ピーマン料理! 新しい調理法で作ってみたんですよー! きっと食べられるはずです!」
そこに出てきたのはピーマンそのものであった。切られてすらいない。
西香「げー!! 何を作ってるんですの真凛さん!」
西香の食卓ではそんなやり取りが。そしてイリスの食卓では聖美の母親によるピーマン料理が振る舞われていた。イリスこそ西香のように反応はしなかったが、どうしたものかと困っている。
西香「やだやだぁ! わたくしピーマンじゃないのがいいー! 他のおかず無いんですのぉ―!?」
真凛「安心してください! 苦くないピーマン料理ですから!」
真凛はえっへんと胸を張って、こう続けた。
真凛「これはですねぇ、焦げ焦げ寸前まで火を通したピーマンを冷蔵庫で一日置いて、味付けにはわたし特性のおしょうゆとお砂糖で味付けしたタレをつけたピーマン丸焼きです! 騙されたと思って食べてみてください! むしろ甘いくらいですから~!」
というような説明をイリスの方も受けている。
そしてピーマンが苦手だったはずのイリスも西香も、何故か箸が伸びていき、そのPマンを取るとゆっくり口に運んだ。
西香「かぷ」
イリス「はむ」
かぷりと咀嚼を始める二人。もぎゅもぎゅとひとかけらを口の中で噛んでいく。
西香「……(これは……)」
イリス「(まぁまずくはないけど……)」
西香「やっぱり苦いですわね。これもう作らないでいいですわよ」
真凛「え~、苦くないのに~……」
イリス「(どうしてもお腹減った時意外食べないでいいかな……)」
やっぱり苦手だったが、とは言え一応食べられたようである。良いPマン、辛勝。




