2020年3月27日 ドラマチックデー長編 番外IF・超西香編
2020年3月27日
擬態虫による大混乱の中、描写されなかった人物が居る。
あの子は当然、擬態虫の邪悪さに勝ってしまっていた。擬態虫もこの子にだけは悪いシーンなど見せられるかと気を使い、寄生もせずにうにょうにょ動いてこの子の身の回りのお世話に務め、五人少女宅に軟禁していたのである。
そんなあの子はなんとか説得を試みていたが、擬態虫はどうにも困ったという気持ちで揺れ動いていた。そのうちにいよいよあの子の善性に侵食されかけてきたところで空が明るくなって勝手に溶けたのだが。
そしてもう一人。……西香である。
彼女は一体何をしていたのか。地球制圧を受け、西香は人間から歯向かう力を奪うための頭脳の一つとして使われる、予定だった。
以下は主に脳内で行われた会話である。
擬態虫「というわけで西香よ、いずれ宇宙の支配を遂げるため、今はこの星から全ての光を奪わなければならない。何を支配すればよいか教えよ」
擬態虫はその宿主から知性を奪い、行動に移す。だから宿主の思考も反映しつつ、より邪悪に行使する。
西香「支配……お金……」
西香は擬態虫の寄生に意識を混濁させ、その支配に従って答えとなるワードを一つずつ思い浮かべていった。
擬態虫「お金。それは光を支配出来るものなのか」
西香「わたくしが……嬉しい……明るい……気持ちに」
擬態虫「そうではない。太陽のような光を奪うのだ。お前の気持ちの問題ではなく」
西香「……やはり……お金……一択……」
擬態虫「何故だ」
西香「お金が、なければ……わたくしの……ファンクラブに、所属し……ファンイベントへの参加が、不可能……」
擬態虫「それが光と何の関係がある」
擬態中はだんだん西香の主張が強くなってきていることに気づかない。
西香「人々から、わたくしを奪うということ……それは心の、光を奪うも、同然……。真の美少女への接点を……失うことで……深淵へと沈んでいき、この世はより弱く……」
擬態虫「そうか。いやそんなわけがあるか」
西香「お金……」
擬態虫「既にお前の仲間である衣玖により情報網は抑えているのだ。金など既に紙切れ同然。他の案を出せ」
西香「……なんです、って……?」
パチン。西香の中の何かが切れた。
西香「困ります」
擬態虫「何がだ」
西香「お金が紙切れ同然? それは困りましたわね。では人の価値の指標は? どこを起点に価値を見い出せば良いのです? わたくしは可愛い。では、わたくしを見た人は何を献上することでわたくしにその愛を表現できるのですか?」
擬態虫「いや……なにを言っているのかがわからない」
西香「わたくしのファンが。一体なにを持ってわたくしを評価すると言うんですの? ほらあなた、わたくしに寄生してるんですわよね? でしたらわかるでしょう。そのあなたの行為がどれほどまでにわたくしに害があるのか。いいんですの? あなたの宿主が大きな不快を感じているんですのよ」
擬態虫「そう言われても……」
西香「お金に価値を残したまま、お金をわたくしたちが預かるんですの。手っ取り早いディストピアが出来ますでしょう!!」
擬態虫「そうではなく、宇宙の支配という目的に向けて……」
西香「大馬鹿者! 宇宙の支配の前に! あなたは一体誰に寄生しているのですか!! まずはわたくしが気持ちよくなること、それを一番に考えなさいな!」
擬態虫「えぇ……」
西香「あなたを獲たことでわたくしは支配者となったのです。いえ、それは前からでしたわね……とにかく、まずはわたくしを気持ちよくして。わたくしは支配者である。さぁ繰り返して」
擬態虫「わたくしは支配者である」
西香「……あなた脳みそついてますか? あなたが言うのは『西香様は支配者である』でしょう。それからあなた、性別的に男?」
擬態虫「お前たちの概念にある男女という概念は無い。繁殖は増殖である。そして脳みそはないが思考力はある」
西香「はぁ。では男でもあり、女でもあると。面白いですわね。ではわたくしの事が大好きになってしまい、貢がずにはいられない性質と、わたくしが欲している女の子のお友達という可能性も同時に持っているわけですわね。あなたの見た目はクソ汚らしいのでお友達へのハードルは高いですわよ」
擬態虫「よくわからないことを言う前に世界から光を奪う方法を教えよ」
西香「ですから、教えているじゃありませんか。とりあえずお金を抑えてください」
擬態虫「そこにはお前の欲が絡んでいると見えている。無駄な事をさせられそうで嫌だ」
西香「使えない虫けらですわね……あなたたち宇宙を支配しに来たんでしょう? もう少し思い切って行動出来ませんの? まずは衣食住を管理して逆らう力を無くすくらいしなさいな」
擬態虫「お前たちの同胞の話をしているのだろう。血も涙もないのか」
西香「わたくし支配者階級ですので問題になりませんわね。それにファンアートの一つも描いてくれない人たちです、そうですわ、いい機会ですしわたくしのファンアートを書くことでディストピアの中にある階級を一つ上げるのもいいでしょう。わたくしのファンであれば少しは優遇して差し上げたいところですわね」
擬態虫「何の話をしている」
西香「で、やるんですの? お金の支配」
擬態虫「やらぬ。意味がないと言っているだろう」
西香「もう一度聞きますわ。お金の支配を、やるんですの? やらないんですの?」
擬態虫「ええい、もう良い。お前の意識はあてにしない。さっさと仲間に合流する」
擬態虫は西香の身体の動作を制御して仲間のいる作りかけの骨組みビルへ向かおうとしたのだが。
擬態虫「ぬっ……何故だ。何故動かぬ」
西香「わたくしの質問に答えなさい虫けら。お金を支配したいというのはあなたの願望となるはずです」
擬態虫「ならぬ。お前の欲だ」
西香「では動きませんわ。わたくし、こういうこといつまででも出来ますわよ。野垂れ死んでやりましょうか。あなたも困るでしょう」
擬態虫は西香の思考を読み取ると、死んででも本気で駄々をこねてやるという確固たる意思を感じ取って滝のような汗を流している。西香のお金に根付いた意思の強さは本物なのだ。
擬態虫「わ、わかった。では衣玖と相談することにしよう。死ぬのは困る」
西香「よろしい。ではそれまでにあなたの事を教えて下さい。女の要素もあるとのこと……であればわたくしのお友達になる権利がありますの。それにあなたは寄生体。わたくしと離れることが出来ないのでしょう。でしたら丁度いいですわ。毎日ずっと一緒の新しい形のお友達にもなりえましょうね」
擬態虫「えっ……嫌なのだが……」
西香「そうだ。こうやって移動が面倒くさい時、わたくしは眠っていれば良いのでは? 体を動かすのはあなたなのですよね。でしたらわたくし、気づいたら目的地についているという生活が出来るようになりますわぁっ」
擬態虫「よい。眠っておれ(その間にちょっと休んで今後のことを考えよう……)」
西香「やっぱりやめました。あなたのおサボりな考えが伝わってきましたわ。しばらくはわたくしが監視します。さぁ、衣玖さんのところへお行きなさいな」
擬態虫「ひええ……」
―――――――――――
その頃の骨組みビルではイリスと留音の激しい戦いが勃発していた。前編で扱った部分である。
留音「誰もそんなこと言ってねぇよバーカ」
真凛「あは☆ 泣いてる~!」
衣玖「低知能のバカなんだから仕方ないでしょ」
そうして高笑いをする五人少女達。戦いの余波による影響を避けるため、西香は影に隠れ、遠くからイリスたちを見ていた。
西香「なんですのあれ、パリピ? こわぁ……いいですか虫けらさん、日本には酒は飲んでも飲まれるな、という言葉がありましてですね。あれってそういう事ですわよ。多分油断したら普段からああいう性格になるんですのよあの方達。はぁ~怖い怖い」
擬態虫「我からすれば怖いのはお前だ。支配を受けた正常な反応はあちら側である」
西香「あなた知ってます? この社会において多数派の意見というのは往々にして価値がありませんの。わたくしが一人側。あの方たちパリピで頭おかしいと言ったらわたくしの意見が正しい可能性大ですわ。それにそもそもわたくしの言葉ですわよ。間違いません」
そして投げ飛ばされたイリス。空中で魔法の光に包まれ消えた。それを「あれま~」と見送る西香。終わった頃に骨組みビルの中へ入っていく。
真凛「どうして投げちゃったんですかぁ留音さん。せっかくお掃除してもらおうと思って唾吐いといたのに……」
留音「いやぁすまんすまん。なんでかわからんが投げ飛ばしたくなってさ。どうせ戻ってくるよ」
そこに「皆さん」と声をかけた西香。
衣玖「ま、ルーが言うならそうなんでしょ。で、おかえり西香、生きてたのね。なにやってたの?」
西香「誰が死にますか。お金についての深遠なる考え事をしてたんですの。ところでパリピ化した皆さん、特に衣玖さんに相談が……あら、なんですの、この杖?」
西香の足元にはイリスが回収できなかった杖が転がっていた。それを拾い上げて、物珍しそうに見ている。
留音「あぁ、あのよわよわ魔女が転がしてった魔法の杖だろ。その辺に捨てとけ」
西香「まぁっ。魔法の杖ですか。何か魔法が使えるんですの? 高く売れそうですわね」
真凛「西香さん、変なことはしないでくださいよぉ?」
西香「しませんわよ。それより高く売ってお金にするためにも衣玖さんへの相談が必要なんでした。まぁそれはそれとしてこの杖はわたくしがもらいますわね」
西香はそれを抱えて衣玖の方へと進む。
留音「ん。好きにしろ」
西香「しかしまぁ、本当に古典的な魔法の杖ですわね。こんなして振るんですのよね」
西香はクルクル~、からのシャキー、と杖を振る。そして意外と重いのである。
衣玖「当たったら痛そうだし怖いから振り回さないで」
という衣玖の予測も儚く。
西香「あっ」
西香はポロッと杖を落とし。
衣玖「いだっ」
ポコン。杖の先で殴られる衣玖。そして何故か発動する"転送魔法"。叩かれた衣玖がどこぞへと飛ばされた。
西香「あらまっ」
留音「……おいいいい!! お前なにやってんの!?」
西香「知りませんわよ。この杖が重いのが悪いんでしょう。わたくしはか弱かっただけで悪くありません」
真凛「あはは、西香さん邪悪~☆」
留音「こいつはいつものことじゃね……?」
――――――――――
~前編と後編の間から西香の登場で変な分岐に入るIF~
イリスは転送魔法を使い、聖美たちの待つ部屋へと戻ってから数分後。既にイリスの意識は無く、気絶するように眠っていた。
そこになぜだか送られてくる衣玖。
衣玖「どぇっ!? なんで!? ワープなんで!?」
そこにはイリスの看病をする聖美とアンジー。一瞬止まる時間。
アンジー「……か、確保ー!!」
聖美「うわーー!!」
アンジーと聖美は闇落ち衣玖を二人がかりで抑え込んだ。
衣玖「うわー! やめれー!」
じたばた。抵抗する衣玖だがあまりにも弱い。身体は小さいし力はない。腹筋は3回で限界を迎える。曲がりなりにも男のアンジーがいるのだ、抵抗などできるわけがない。
アンジー「聖美ちゃん! 何か縛るものない!?」
聖美「縛る……あっ!! 今度使おうと思ってた手錠のおもちゃならあるよ!!!」
アンジー「……なんで!? 誰に!?」
かちゃんと。手錠のおもちゃで衣玖の手を上にして捕縛した聖美。何故わざわざ手を上にさせる必要があるのかはわからない。
聖美「やったぁ……衣玖ちゃんつかまーえた。ふふふふ……」
両腕を封じた衣玖の頭を優しく撫でる聖美。誰に使うかは決めていなかったが、候補として考えていたトップ5のうち1人を捕まえられて満足そうである。
アンジー「もう今は突っ込まないけど……擬態虫、市販のライトでも倒せるのかなぁ……」
衣玖のうなじに張り付く擬態虫を見ながらアンジーは懐中電灯片手に言った。
衣玖「や、やだぁ、許してぇ……」
どうやらいくつかのライトを合わせて照らせば効果があるらしい事がわかり、懐中電灯を複数とスマホのライトも収束させ、衣玖の解放を目指す。
聖美「そうだ! カメラのフラッシュも使えるよね!!」
パシャパシャ! ありったけのフラッシュを浴びせる聖美。アングルにもこだわっている。後々両手を手錠に封じられた状態でカメラに怯えて泣くガングロ美少女の際どい写真が印刷されたという。
やがて衣玖が擬態虫の寄生を解かれ、開発時間三十秒で雲を晴らす装置を開発。なんやかんやで地球は平和になったのであった。
こうなるきっかけを作った西香。彼女は何も知らず、自分の友だち候補が太陽に灼かれて消えていったことに一抹の寂しさと、でもお金の無いよわよわ生物だし、という気持ちを抱き、数日後にその存在を忘れたのだった。
めでたしめでたし。




