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2019年8月13日 怪談の日

2019年8月13日


 これはあたし、留音(るね)がみんなと過ごすこの家で体験した、実際の出来事だ。


 あれの始まりはあたしの日課にしている朝のランニングからだ。あたしはほとんど毎日、同じ時間にジョギングをしている女性の二人組に会うんだ。


 その女の人達、名前は知らないよ?年齢はそうだな、多分四十代くらい……、会社の先輩と後輩って感じの二人で、片方は三十代かな。どっちにも好きな色があるみたいでな、先輩っぽい方はいつもオレンジを基調にしたランニングウェアを着てて、あたしは頭の中でいつもオレンジさんって呼んでた。もう片方の後輩っぽい方はいっつも緑色のウェアだったから、緑さんだ。


 そんな二人は大体いつもランニングコースのある公園を走っているか、その脇にあるコンビニでコーヒーを一杯買って二人で仲良さそうに飲んでる時で。あたしはもう何度もすれ違ってるし、信号で止まった時に一緒になった時にちょっと話したりして、まぁちょっとした顔見知りで挨拶をする仲なんだ。


 っていう二人が、いつも仲良さげなよ?そんな二人が、ある時コーヒーを飲みながら表情を暗くしながら話をしてたんだ。あれはちょっと冷える日だったな。あたしは走ってきてポカポカしてたんだけど、その二人の表情が珍しくて、あたしは寒くてそんな顔をしてるのかなと思った。


「おはようございまーす、今日は寒いですね」


 あたしはいつものように挨拶をした。するとオレンジさんがいつもどおりに微笑みかけるようにあたしに「おはよう留音ちゃん」って。なんだいつも通りじゃないか。あたしはそう思った。


 でも緑さんの方は、少しぎこちなかったんだ。引きつっていると言うか、力なく「おはよう」とだけ。


 そんな緑さんは見たことがなかったから、あたしは思わず聞いた。「あれ?どうかしたんです?」緑さんは答えない。オレンジさんはあたしの心配に緑さんが答えなかったことを気にかけて、こう言ったんだ。


「実はね、この人(緑さんの)の同僚が昨日急に救急車で搬送されたんだって。すごく仲のいい人で、今も意識が戻ってないから落ち込んでるの。だから今日はちょっと元気ないのよ」


 あたしは「あぁ~」って。まぁ仲のいい人がそういう風になるとなぁって思うと、あたしも同情するように声をかけた。


 その次の日、会ったのはオレンジさん一人だった。


「あれ?今日はお友達はお休みですか?」


 あたしはなんの気もなくオレンジさんにそう訊ねると、オレンジさんは昨日よりも落ち込んだ様子を見せて頷いた。それからこう言ったんだ。


「昨日の話、救急車の。どうも引きずってるみたいなのよ」


 深刻そうに言うんだけど、どこか茶化したような口調で。あたしは「そんなに引きずるくらい仲が良い人だったんですか?」って聞くんだけど、それがどうも違うらしい。


「それがね、なんか彼女(緑さん)の周りではちょくちょくこういうことが起こるらしいの。子供の頃から。周りの誰か、それまで元気だった人が突然体調を崩して、数日後に亡くなってしまうってことが。そんなのたまたまでしょって私は言ったんだけど、彼女は気に病んじゃっててね。『私には死神みたいなのがついてるのかも』って本気で悩んでたのよ」


 正直に言えば、とても馬鹿らしい話だと思ったよ。でも気に病んでる緑さんを見るのも辛いのか、それを語るオレンジさんの声音はどこか落ち込んでいた。


「パターンは決まってるらしいの。最初に吐血するんですって。突然。しかも赤い血じゃなくて、黒い血を吐くの。それから搬送されて、やがて死んでしまうって。だから心配で、今日は朝イチで搬送先の病院に行きたいってさ」


 吐血、黒い血。吐いた血が黒いのは内臓に何かあった時って言うから、あたしはそうなんじゃないかって聞くんだけど、オレンジさんは詳しく知っているわけじゃなかったんだな。


 それからは二人は朝のジョギングをやめてしまったみたいで、詳しい話は聞けなかったんだ。


 でもこの前、本当に偶然、街で緑さんを見つけてな、あたしはその死神だなんだって話は忘れて、久しぶりで嬉しくなっちゃって声をかけたんだ。いつもどおり「こんにちはー」って、気軽に。でもその人はもう緑さんじゃなかったんだよ、服装は暗い色で、表情も元気がなくて、あたしの言葉に返してはくれるんだけど、どこか上の空っていうか。


「そう言えば最近ジョギングしてませんけど、お友達の(オレンジさん)もやめちゃったんですか?」


 あたしの質問に、緑さんは「私も知らない」って、ただそれだけ言ってあたしの前から去っていった。


 なんだろう、どういうことだろう?喧嘩でもしたのか?あたしはその言葉の意味がわからなかったんだけど、家に帰るまでにその話を忘れてしまって。


 で、その夜。覚えてるかな、真凛(まりん)が色々とお菓子を作った日。クッキーとかチョコとか、組み合わせたりそのままのだったり、張り切って作ってた日があったんだけど……それ、手元において、夜のゲームタイムにお腹に入れててさ。


 そんな時、突然に咳がこみ上げてきたんだ。ものすごく強い咳で、寒い日だったからか乾燥もしてたし、喉もイガイガしてて。だから洗面所に行って、痰を出すみたいに強めに咳をした。うがいもしたかったしな。


 それで一際大きな咳をした時に、そのはずみで洗面台に唾の塊が飛んだんだが、ぎょっとしたんだ。


 そこにはどす黒い色をした塊がボチャっと、付着していたから。


 あたしは一瞬で緑の人の姿と、オレンジの人の話を断片的に、でも明確に思い出していた。黒い血を吐いて、搬送されて、数日後に死ぬ。緑の人が死神……?今日会って話したばかりじゃないか!


 あたしはすごく怖くなって洗面台から離れた。心臓がドクンと脈打って、それがあまりにも大きかったものだからここで倒れてしまうんじゃないかと思ったくらいだったよ。ツツ、と額から冷たい汗が流れ落ちて、あたしは呼吸を荒げていた。


 いやだ、怖い!怯えるあたしは歯をガタガタ言わせながら洗面台の上の鏡に映る自分の姿を見た。


 あたしは片手に、真凛(まりん)の作ったザクザクチョコクッキーを持っていたんだ。


*


衣玖(いく)「失格。すべらない話として再編集して提出して」


留音(るね)「でもあたしは本当に怖かったんだって!!」


西香(さいか)「ちょっと話が見えないんですけど。留音さんは結局死んだんですの?」


留音(るね)「いや今ここにいるあたしは誰なんだよ、新しい怪談始めるな」


真凛(まりん)「チョコのお菓子食べると唾が黒く見えるから、それを血だと勘違いしたって話ですよぅ」


西香(さいか)「はぁ。じゃあこれは留音さんがひたすらおバカだったという話?それとオレンジの方と緑の方ってどうなったんですの?」


留音(るね)「いや別になんもなかったよ、出社の時間が変わって一緒に走れなくなってただけだったらしい」


西香(さいか)「じゃあ死神という話はなんだったんですの?」


留音(るね)「別になんでもないよ。つい先日も会ったんだけど同僚の人も普通に回復したって言ってたしな」


衣玖(いく)「怪談の日ってことだったんだけど……うーん、人選間違えたわ」


真凛(まりん)「でも語り口調だけは稲川さんの意匠を感じましたよぉ~」


 今日は稲川淳二さんが制定した怪談の日。

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