2020年3月20日 国際幸福デ―
2020年3月20日
だいたい二百年ほど前に世界は崩壊したのだと先生は言った。僕は今年で十歳だから、時間を反対に進んでも今の僕が20人は必要になるくらい昔の話なんだって。
昔の世界はではこうやって今みたいに地下には人は住んでいなくて、ソラという無限にある光の下で、たくさんの子供たちが走り回っていたらしい。
大崩壊の日から外の世界で人は生活出来ないんだ。なんでも昔は遥か上の方にあった空気の層というのが、今では地面スレスレのところまで降りてきているから、呼吸ができないんだって先生が言ってた。
だから人々は地下に降りて、シェルターと地下鉄と呼ばれるラインをつないで、一つながりの大きな街にして住んでいる。
僕もそう。今日は僕の住むアラガワホームから二つ隣のヨドホームまで行って、配給される鶏肉の貰う日。歩く時間はだいたい20分。トンネルという道を一人で歩くのは少しさみしいけど、僕はこの道が好きだった。
トンネルにはガイトウという明かりが設置されている。手動式のハンドルを回したら蓄電されて、長い時間トンネルを照らしてくれる光。
これがトンネルを照らして、その中には長い年月をかけて描き出されたとても綺麗な絵が見えるんだ。
昔、このトンネルの中にいたアーティストという人が生涯をかけて描いたものを、その弟子や尊敬していた人が繋いで描きあげた作品なんだって。
茶色い棒から、緑の綿が生えているのはキっていうもの。昔は外にたくさん生えていたらしい。それから無限の光をもったソラと、そこには食べると甘くて美味しいワタグモというのが浮かんでいたんだそうだ。
僕はその絵を見て、自分もそのワタグモに手を伸ばしていつか食べてみる、なんて想像をしたりする。
それからすこし歩いていると、今度は子供しか乗れない小さな列車にのったり、その横で走り回る子供の絵が見えてくる。この絵も好きだ。僕はその子達と遊ぶように、その絵が書かれた区域ではスキップをして通るのが日課だった。
そうやってトンネルに描かれた絵を見ているうちに光の切れたガイトウを見つける。ハンドルはガイトウの真下。僕は駆け寄って、ぐるぐるぐるー! と目いっぱいハンドルを回した。ギュルンギュルンギュルン! と変な音を立てて蓄電率が上がっていくと、ガイトウはキラキラと強く輝き出す。僕が勢いよく回した瞬間はピカー! って。それからハンドルを離すと一定の光に落ち着く。
だから僕はリズムに合わせてピカピカを繰り返すのが好きで、蓄電するついでに光で遊ぶんだ。
そうしていると、後ろから声がかけられた。
「お、ありがとなー坊主」
知らない人だった。でもにこやかに手をあげて、僕がハンドルを回したことに感謝してくれる。それは僕も同じで、誰かがハンドルを回しているのをみたら「ありがとうございまーす!」って声をかけるんだ。
だって誰かがやったら、その後のたくさんの人が助かるから。僕はへへへと鼻の下を人差し指の背中で撫でて、蓄電率が100%になるまで回して、しっかり光り輝くガイトウに満足して再びヨドホームを目指した。
ヨドホームはいつもすごく賑わっている。立体的で、昔大きな地下鉄のエキというものだったことからそのまま縦階層が広い街として使われているんだ。だから端から端まで行くのに3時間くらいかかったりする。
僕はこのホームも大好きだ。住んでいる人も多くて、何人か友達も出来た。そんな事を思っていると背後から声をかけられた。
「よっ! お前も配給に来たのか!」
彼はここで知り合った友達の一人。このヨドホームに住んでいて、隅から隅まで知り尽くしてる。
「配給さ、今はめちゃくちゃ混んでるぜ! 多分あと2時間くらいしたら空いてくると思うからその頃並んだほうが良いよ! 今から並んでも1時間以上は待つことになるからさ!」
彼の助言はいつも正しい。なんたっていつも配給を見ているし、並ぶのは大変だから、僕は彼の言葉に従って時間をつぶすことにした。
「実はさ……面白い場所を見つけちゃったんだよ! このヨドホームからサンドウホームにつながる方のホームとチョダホームの間の……説明は難しいな。とにかく来いよ!」
楽しそうな彼についていく事にした。このヨドホームも彼に任せてたくさんの事を知れた。今日は何を教えてくれるんだろう。
「実はさ、大崩壊前のままのこってるめちゃくちゃボロボロな隠されたホームをみつけちゃったんだ!」
ソラにもワタグモにも手は届かないけど、僕はこの毎日が好きなんだ。
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衣玖「幸福ってなんだと思う?」
留音「おぉ……今日は哲学で日めくりするのか?」
衣玖「国際幸福デーだからね。テーマに則って議論してみようかなって」
西香「そりゃあもちろん、自身の願い全てが叶う事でしょう。尽きないお金、高級で美味しいご飯、誰からも信頼され、ちやほやされる地位や名誉……それらを持った時に人は本当の幸せになることでしょう」
留音「そうかぁ? あたしはそんなん無くても結構幸せな気持ちになるんだけど」
衣玖「私も別にお金や信頼、地位やら名誉は興味無いわね。美味しいご飯は幸せだけど、高級じゃなくてもいいし」
そこにあの子が屈託のない笑顔で「みんなと一緒にいられるだけで幸せ」なんて言う。
留音「そういうものなのかもな。やっぱり好きな人と一緒にいられるというのは幸せだろ」
西香「確かにこの子に好かれれば無条件で幸せですが……でもこの子を更に幸せにするためにお金は必要ですし、逆にお金がまったくなかったら不幸でしょう? ひもじい思いをさせたら悲しくてたまりませんわ」
衣玖「不幸の条件か。でもそれも曖昧よね。人は自分が思っているほど幸福でも不幸でも無い、なんて言葉があるけど」
そこで静かに状況を見ていた真凛が口を開いた。
真凛「まぁ……感じ方って個人の範疇を出ることはありませんから。誰も誰かを本当の意味で知ることが出来ないから、幸福って言葉が生まれるんですよ」
留音「難しい事を言うな……みんなどうしたんだ今日は。ついていけんぞ」
衣玖「記念日の名前が哲学的すぎるせいね」
西香「でも真凛さん、お金がたくさんあることは幸せにつながるでしょう? より豊かで、より充実していること。それは幸せだと思うのですが」
真凛「そうかなぁ。物事って自分の知っている事だけでしか判断って出来ませんから。例えば今こうやって世界を中途半端に崩壊させて、地表に人が住めない状態にしても人々は幸せを見つけると思いますよ」
留音「こうやってって。えっ、崩壊させたのか? インスタント崩壊?」
西香「うわぁ。可愛そうですわね世間の方々。この家は大丈夫みたいですが」
真凛「何年かした後の様子も見てみましょうか。多分そこに住む人って皆さんとそう変わらないんじゃないかなぁ」
国際幸福デ―は幸せについて考える日。他人の幸せは自分の幸せ? 自分が幸せなら他人に幸せを分けられる?




