2020年3月18日 精霊の日
2020年3月18日
昼下がり時……ミニーズ宅にて。
イリス「マナに宿りし元素の力よ……その姿を現せ」
イリスは「っぽい」詠唱をし終えると、イリスの手のひらにそっと小さな緑色の身体に、葉っぱのような羽の生えた丸っこい形の身体に、つぶらな瞳をした生物が現れたのだ。その生物は現実には存在しないもので、ぽよんとした触りたくなる可愛いお腹を見せながら葉っぱの羽でほよほよと浮遊している。
アンジー「わぁ……丸くて可愛い……」
聖美「これが精霊なんだ……」
イリス「そう。空気の精霊よ。魔法を使わないと見ることが出来ないけど、精霊はそこかしこに元素あるところには全て宿ってるの」
イリスはそう言いながらその精霊を指でやさしくツンツンと突いた。精霊はキョトンとした瞳をイリスに向けて、くすぐったそうに動き回っている。
聖美「この子は空気の精霊なんだよね? 他の精霊は違う子なの?」
イリス「そうよ。それに同じ元素を使ってても環境で姿が違ったりするの。例えば火だったらトカゲの見た目をした精霊もいるし、立派な鳥の姿をした精霊もいるわ。空気の精霊だって、この子は緑っぽいけど、イメージとしては白とか透明の子も多いのよ」
アンジー「へぇ~……精霊かぁ……でもまさか精霊の日なんて記念日が日本にあるとは思わなかったよね」
イリス「ホントよ。魔法の概念だと思っていたのに。まっ、由来はぜんぜん違うみたいだけど……それでね、せっかく精霊の日が来たし、精霊に関する魔法を作ってみたの」
聖美「精霊魔法……? かっこよさそう!」
イリス「なかなかいいのが出来たわよ。普通の精霊魔法って使役するのが基本なのね。でもあたしは普通の魔法よりも更に上の魔法を作る天才魔法使いだからね、ぜんぜん違う物を作ったわ」
アンジー「へぇー。ボクのイメージだと精霊って召喚魔法って感じだけど……どんなのなの?」
イリス「ふふん、なんとね……あたしたちが精霊になるのよ!」
聖美「え……死ぬってこと……?」
イリス「違うわ、精霊化。一時的な幽体化というのかしら。でも精霊として現界はしているから、魔力がないと見えないけどほぼ実体がある状態で行動可能になる魔法よ。これで相手からは見えない状態で不意打ちを食らわせることが出来るというわけ」
アンジー「えっと……透明人間化ってこと……?」
イリス「厳密には違うわね、精霊に高度や重力の概念は無いから。透明人間はあくまでも人間の素体がベースで、人間が出来る範囲の事を透明で出来るようになるだけでしょ? その辺の縛りは精霊にはないわ」
聖美「へぇ~~~……」
聖美はかなり興味深そうに長い相づちを打った。
イリス「だからね、この魔法を使ったあたしが一方的に留音を倒すことも出来るってわけ。すごいでしょ?」
アンジー「うん、なんかすごそう。でも魔法を使うイリスちゃんが精霊になっちゃったら元の姿に戻れなくなったりするんじゃ……」
イリス「そこは大丈夫。精霊化は魂だけに影響するの。実体の身体は眠った状態になるだけだから、スピリットが身体に戻れば元通りってわけ」
聖美「へぇ~~~~~……」
やや瞳孔を開き気味に頷く聖美。
イリス「だから早速、あたしが精霊化して奴らを倒しに……」
聖美「待゛っでッ!!!!!!!」
聖美の言葉の圧にイリスはほんのすこしだけ身体をビクつかせた。
イリス「な、何? 聖美、勢いが凄かったけど……とんでもなく……」
聖美「最初に何があるかわからないよ。やっぱり術者は万全の状態であるべきだと思うんだ。だから最初は私が精霊になるよ」
アンジー「……」
アンジー、何かを察したような表情を浮かべ、それを隠すように少し足元へ目線をやった。
イリス「えっ、でも……大丈夫よ、失敗はないし……聖美に何かあっても怖いし……」
聖美「大丈夫! 私、イリスちゃんの魔法の腕を信用してる! だからお願い! 私に精霊化の魔法をかけて! 私には五人少女ちゃんたちを倒すことは出来ないけど、情報収集くらいならやってくるから!」
イリス「聖美……いい友達ね。わかった、その熱意に負けたわ。じゃあまずは聖美に偵察を頼みましょう……"精霊化魔法"!」
聖美はゆっくり眠りにつき……そして。
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場面は変わって、何分後かの五人少女宅にて。
衣玖「ね、ねぇ……なんか部屋の様子がおかしいんだけど……」
衣玖が留音の部屋に逃げ込むように入り込んだ。というのも、立つはずのない物音を数度、短い時間の中で聞いたからである。
留音「あー? なんだよ様子がおかしいって。どんな風に?」
衣玖「いやなんていうか……その、簡単に言うとおばけみたいな……」
留音「ぶっ、おばけ!? お前が!? 衣玖ちゃんはおばけ怖がってるんでちゅか!!」
留音は煽るような声で茶化しているが、衣玖は自分でも信じられないというような表情だ。
衣玖「ホントなの! ……よくはわからないんだけど、説明できないことが起きてるっていうか……」
留音「だーもー、何があったんだよー」
衣玖「その、最初は物音がして……それで気のせいかなって思ったんだけど……そしたら次は……なんか頭が変な感じがして……わしゃわしゃわしゃーって……すごい撫でられてる感じっていうか」
留音「いや意味がわからない。おばけがお前の頭撫でてきたのか?」
衣玖はわかんないけど、と言いながら頷いている。
衣玖「それで、霊障なんて信じないけどいい機会だと思って……幽霊を探知するレーダーを作ろうと思ったの。でも……作るのが全部妨害されたっていうか……道具が全部高いところに上がっていって、ジャンプしても取れないくらい……それで怖くなって……」
衣玖が発明のために使おうと思っていたドライバー、ペンチ、爪楊枝、アロエベラ、ワインオープナー、エキストラヴァージンココナッツオイルなど全てがひょひょいと上に持ち上げられてしまったのだ。何度ぴょんぴょんジャンプしてもそれには届かなかった。椅子の上からジャンプしてみた時はなにかに抱きかかえられて床に着地したかのような感覚すらあったという。
留音「なんだそれ。ギャグ漫画じゃあるまいし……」
だがその時、衣玖が「ひぇっ」と留音から一歩遠ざかったのだ。留音はその様子が意図することを何もわかっていない。ただ身体が軽くなったような気はした。
留音「えっ、何?」
衣玖「る、ルー……その……む、胸が」
留音「……うわっ!?」
留音の身体に、というかその一部が不自然に持ち上がっていたのである。まるで人の頭でも埋もれているかのように。
留音「ぎゃー! 変態おばけ!!」
――――――――――――
イリス「……聖美、今頃うまくやっているかしら」
アンジー「心配だね……色んな意味で……」
イリス「そうね。あの家の連中は手強いから」
アンジー「……うん(そういう意味じゃないけど……)」
その時、眠っているような体勢の聖美の鼻から、ツツツと血が流れ始めたのだ。
イリス「聖美……!? いけない! 身体に負担が……っ」
アンジー「あっ……なんか幸せそうな顔してるね……」
何かを察したアンジー。イリスが鼻血を拭いてあげている。
イリス「聖美、無理はしないで帰ってきていいんだから……」
それから先程の鼻血タラリンから数分後、今度はブシュッ!! と再びの鼻血である。しかもかなり大量だ。
アンジー「聖美ちゃん!? 何やってるの!?」
イリス「くっ、相当大変な目にあっているのよ!! どうする、"転送魔法"で助けに行くか……聖美ッ……」
ただし本当に幸せそうな顔を浮かべている聖美だった。
――――――――――
留音「おばけ! おばけ出た!!」
衣玖「真凛の掃除機貸して! 私がゴーストバスターズになる!!」
二人はドタドタとリビングに駆け込み、そこでのんびりしていた真凛とあの子にすがりついた。
真凛「もうー、二人共何を言ってるんですかぁ? 怖いゲームでもやってたんですかぁ?」
衣玖「違うの! おばけよ! 背の高い茶化しおばけ!」
留音「変態! 変態のおばけ!!」
あの子「(*・_・*)?」
真凛とあの子は何を言ってるんだろうときょとんと二人を見ている。だがその背後で、閉められたはずの扉がゆっくりと開かれた。開けなくても通れるはずなのだが律儀である。
衣玖「きっ、来た……」
もしもそれが幽霊だったら、きっと四人の美少女を前にたくさんの事を考えただろう。そして行き着く思考は唯一つ。
その中で最もお近づきになりたい相手にちょっかいを出すものだ。……ロックオンされるとしたらあの子である。
衣玖は留音の後ろに隠れ、留音は真凛の後ろに隠れている。その真凛は扉とあの子の間を一直線につないだライン上の一部分を見ながら首を傾げていた。
そしてその真凛の視線はすこしずつ動いている。視線の先にはなにもないのだが、その目の見ている空はすこしずつあの子に近づいていた。パチパチパチクリ、「う?」とまばたきをしている真凛。一体何が見えているのか。その視線の動きがもうあの子に届きそうになるほどのところで。
真凛「あのぅ、聖美さん、何をやってるんですかぁ?」
真凛は魂を見るのだ。そして何者か、幽霊は急いで立ち去っていったらしい。
そしてそれ以降、この家で同じ霊障は起こらなかったという。




