2020年3月15日 サイコの日
2020年3月15日
真凛「いいですか衣玖さん、こういう隙間にはコレ。このワイパーを使うんですよ。スッと。スーッと入って埃とかたくさん取れますからね」
少し曇った天気の肌寒い昼下がり。わたしはお掃除用具を持って、隣に居る衣玖さんに丁寧に教えながら細かい隙間のお掃除の仕方を教えています。
衣玖「あぁもう……こんなとこ誰も見ないって……」
真凛「駄目です! わたしが見るんですから! ちゃんとお掃除しないと!」
あ、申し遅れましたね。わたしの名前は真凛。家事全般おまかせのスーパー美少女です☆
今日は驚きです。普段全然掃除をしてくれない衣玖さんがいつもよりもすこしだけお掃除に前向きになってくれてるんです。
衣玖「エアダスターで吹き飛ばすだけじゃ駄目なの?」
真凛「もー。その吹き飛ばしたのはどこへ行くんですか? 循環しちゃうじゃないですかー。ちゃんと取り去って、しっかり捨てるんですよぅ」
衣玖さんのお部屋は物が散らかってて困ったものです。たまーに出てくる虫さんも衣玖さんのお部屋で繁殖してるんじゃないかなぁ。死角が多いので……今度しらみつぶしにして壊滅させたいなと思います^^
衣玖「まぁ……でもたまに掃除するのもいいわよね。こうして真凛が手伝ってくれるし」
真凛「っていいながらお掃除した先に物を放り投げていかないでくださいよぉ」
衣玖「だって手に届く位置に置いておきたいものばかりなんだもの。ベストポジションなの」
こんな事を言っているから片付かないんですよね。ものはしっかり棚なんかにしまっておいて欲しいです。
真凛「でもとりあえず半分くらいはしまいましょうよぅ」
わたしは用意しておいた新しい空き箱を衣玖さんの前に置きました。転がっているものを一つずつ入れていけばちょっとは片付くかなぁと思って用意したんですけど……。
衣玖「……仕方ないわね」
なんて言って、衣玖さんはガチャガチャと乱雑に物を詰めていきました。重いものや大きいものを下にとか、そんなの全く考えてくれませんからどんどんかさばって空白だらけのテトリス状態になっています。
まぁでも、やる気になってくれただけ偉いですよね。ここからはわたしがやるしかなさそうです。
わたしは衣玖さんが入れていった物を一度取り出したり、きっちり隙間を埋めるように入れ直して行きました。部屋に散らかったものの半分は入り切らなかったですけど、それでもだいぶ片付いた気になります。
衣玖「うん、これはこれで良いかも。ありがとう真凛、おかげですこし片付いたわ。またすぐに汚れる気がするけど」
真凛「そうしたらまた片付けますからね!」
でも満足満足。そろそろ夕飯の準備を始めないと行けない時間になりました。そんな時に……。
ジャーと水を流す音が聞こえて、前方のおトイレの扉から西香さんが現れました。はぁ。わたしは憂鬱な気持ちになります。だって西香さん、おトイレから出ても手を洗ってくれません。
……でも、あれ? 私の綺麗度センサーが反応しています。西香さんの手に水滴がついてる……? わたしを見るなりすこし面倒くさそうな表情をして自室に戻っていく西香さん。私は部屋まで追いかけて尋ねました。
真凛「あ、あのっ? 西香さん……? もしかしてですけど……手、洗ったんですかぁ……!?」
わたしの質問に西香さんはかなり嫌そうな顔を向けて言います。
西香「なんて事を言うんですの真凛さん。本当にこの家の人達はデリカシーがありませんわ。人がトイレから出てくるところを見て手を洗ったかなんて。まるでわたくしがおトイレを使ったみたいじゃありませんか。でもまぁ気分的に手は洗いました。おトイレはしていませんが、真凛さんがうるさいので」
わぁっ……思わず嬉しさから声が出てしまいました。西香さんがついにおトイレから出た後に手を洗ってくれた! 長年の悩みが解決したような気持ちになりました。
真凛「ついに! ついに出来たんですねぇ!!」
わたしはついに清潔になった西香さんの手を握ってそう言います。西香さんは鬱陶しそうにしていますけど、それくらい嬉しいことだったんです。
西香「赤ちゃんが初めて立ち上がったような反応しないでいただけます?」
そうは言いますが同じようなものですよね。どっちも手がかかりますけど、"今の西香さんは特に手間がかかります"から。
今日は嬉しいことばっかりですね。西香さんはお手洗いを、衣玖さんはお掃除を覚えてくれました。
でもわたしが一緒に暮らしているんですから、当然ですよね。そう、当然。当然なんです。
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肌に冷たい風が吹く曇り空。聖美は最近、五人少女の面々に会っていないことが寂しくて、一人で会いに行っていた。
だが呼び鈴を鳴らしても誰も出てこない。いつもなら誰かが出てきてくれるのに。
でも話し声は聞こえる。どこからだろう? 聖美は家の周りをぐるっと周り、窓が開いている部屋を見つけた。
「駄目です! わたしが見るんですから! ちゃんとお掃除しないと!」
あの部屋はたしか衣玖の部屋だ。聖美はそれに気づいてすこし嬉しくなった。みんな元気にしてるみたいで、やっぱり会いたい気持ちが強くなる。呼び鈴をもう一度鳴らしても、誰にも聞こえないのか反応はなかった。
聖美は思い切って玄関の扉を開く。リビングには誰かいるだろうかと控えめに「こんにちはー」と挨拶をして、やはり反応がないので玄関を上がってリビングへ。明かりは一切ついていなかった。
ここで待つべきだろうか。聖美はそうも考えたが、リビング脇の階段の上から聞こえてくる話し声が気になって階段を登っていった。
真凛「もしかしてですけど……手、洗ったんですかぁ……!?」
奥にある西香の部屋から聞こえてくる声に聖美は導かれた。また変な話をしてる。混ざりたいな、なんて思いながら部屋の前に来た聖美の見た光景は、彼女の想像を絶するものだった。
"真凛"「なんて事を言うんですの真凛さん」
真凛「ついに出来たんですねぇ!」
"真凛"「赤ちゃんが初めて立ち上がったような……」
真凛は椅子に腰掛ける誰かを相手にそんな風に"一人で"喋っていたのだ、声音を変えて。聖美は何をしているのかわからなくて、戸惑いから背後でその光景を見ているのみだった。
しかし真凛が椅子を動かして、何と話していたのかがわかった。そこには血の気が感じられず、肌が青白くなって動かなくなった西香が座っていたのだ。
息を呑む聖美。何があったのかわからない。
真凛「ふふふ……本当に今の西香さんはいい子ですねぇ……とっても綺麗で、口汚い事も言いませんし……ふふふふ」
もちろん西香は反応しない。気を失っている、という程度には見えない。顔の青白さから言えば、既に死んで何日か経っているのではないか、という状態である。真凛が「昔からですわよ」とつぶやいて笑っている。
逃げなきゃ。誰かに伝えないと。聖美のその焦りが足元を不注意にさせて、物音を立ててしまったのだ。
真凛「聖美さん……? 何をやってるんですか? こんなところで……」
んん? と、ゆっくりとした動作で聖美を確認した真凛。その真凛の狂気的な瞳に魅入られた聖美は奥歯をガタガタと震わせ、足を動かすことができなくなっていた。
聖美「あの、私、知らなくて、こんな、こんな事……」
聖美は無理やり後ろへ下がろうとするが、うまく足が持ち上がらない。すぐにもつれて尻もちをつき、それでも真凛から距離を取ろうと床を弱々しく蹴って後ろへ下がる。
真凛「こんなってなんですか?^^」
怯える聖美に笑顔で近づく真凛。聖美の背に、壁。
聖美「何も見てないから……ごめんね真凛ちゃん、お願い許して……」
真凛「だから……何がですか???」
落ち着いてくださいと、真凛はひたひたという足取りで聖美に迫っていった。
その後、聖美の行方を知るものはいない。
――――――――――
衣玖「という展開が今二階で行われてるわよ」
留音「こわ。でもそうなると衣玖も死んでるんじゃないのか? この感じだとあたしも生きてるかわからんな」
衣玖「そうね。確かに私も死んでる。でも私は滅びはしない。なぜならこうしてネットワークにアップロードした私の人格データがあるから。ネットワークのどこにでも私はいる。そして自分の作った機械の身体にその人格を宿すことでサイボーグとして無限に復活出来るのよ」
留音「そうか、すごいな。サイコ回だったはずなのに不死身のサイボーグになっちゃったんだ」
衣玖「私は絶対に汚れていない部屋を掃除しない。非効率だから。そこは真凛の解釈違い。都合良すぎる妄想」
留音「そうか……とにかく衣玖は実質死んでないのはわかった。じゃあ西香はどうなってるんだ?」
衣玖「あれはホントに死んでるわ」
留音「そうか。じゃあしばらく静かに過ごせるな」
今日はホラー映画史に残るヒッチコックのサイコの日。




