2020年1月29日 求婚の日②
先日の求婚の日の続き、今日は真凛、西香、あの子である。
別に今日がたいした記念日がなかったからではない。
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留音の場合
彼女とは付き合っているのかなんなのか。
出会ったのは夕方のジョギングでだ。あなたは運動不足を補うために始めたジョギングで、いつからか留音という女性とすれ違うようになっていた。
最初の1ヶ月はよくすれ違うなと思うだけ。そして次の2ヶ月では会釈をした。次の3ヶ月で挨拶をするようになって、次の半年はコースを変えたあなたが、信号から信号までの一つの区画を一緒に走るようになっていた。
それが続いて、最初にあなたが切り出したのだ。今度食事へ行こうと。留音は深くは考えずに「まぁいいよ」と、たまに食事をする仲になった。
会釈だけしかしなかった頃は、大層な美人が走っているなと思ったものだが、話してみるとガサツだったり、大雑把で面白いところが見えてくる。メッセージアプリでやり取りしても、なんというかやっぱり女の子らしい文体ではないし、顔文字や絵文字を使おうともしないタイプだった。
そんな彼女と、一緒に走って、たまに食事へ行ってという関係がもう一年も続いていた。
彼氏はいないのか。そう訊ねると、留音はケラケラ笑って無理無理と手をふる。
留音「あたしみたいなのに出来るわけないだろぉ? 女の子らしい事なーんもできねーもん」
留音はそれが笑い事で、冗談のように言ったようだったが、あなたには寂しそうな声に聞こえていた。だからあなたはそんな事ないと否定する。
留音「あんがとな。でもほら、あたしは料理も出来ないし、掃除もよくわからないし、嫁の貰い手なんていねーだろ。いいのいいの、運動してたら気分晴れるし、楽しいしさ、こうして飯食わせてくれるにーちゃんにも会えるしさ」
いつもごっそさん。なんて留音は可愛くウィンクした。それであなたは、本当になんとなく「毎日食べさせてあげようか?」なんて事を言ったのだ。それはあなたがこれまでの時間の中で育んだ心のなかに常に持っていた言葉だったのかもしれない。
留音「え? いやいやっ、彼女でもねーだろ。毎日は悪いよ。……えっ? どういう意味……?」
茶化すように言った留音の言葉を、あなたはそのままの流れで補足した。「一緒に暮らすということだ」と。留音は理解が追いつくとともに見る見る顔を赤くしていった。
留音「じょ、冗談だよな? やめろよ、笑えない……だって、いいことないぞ? あたしなんて健康くらいしか取り柄ないし……」
もじもじと小声になっていく留音。たまに見せるそういう一面も含めて、あなたは彼女が好きだったのだ。その気持ちを伝えて、もう長いこと、食事をしたり、走りながら話したり、お互いの腹の中を見せあった中だと思っている。だから「結婚したっていい」と続けた。
留音「もらってくれんの……?」
あなたは「留音がいいなら、すぐにでも」と頷く。
留音「じゃ、あげる……。ぷっ、なんだよこれ……物好きなバカだな。あたしよりバカだ。ふふ、言っとくけど、これでもあたしは結構寂しがりやで嫉妬深いんだからな?」
知ってるよ。あなたはそう笑うと、留音は照れたように笑い返すのだった。
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西香の場合
史上空前の最強美少女アイドル。男であれば全世代を魅了してやまなかった……それは今は昔の話。
元最強アイドル、西香39歳。
既にアイドル路線での戦いは難しいはずの年齢で、それでもめげずに戦っていた彼女だが、やはり年齢には勝てなかった。
あなたは西香の幼馴染で、西香が小さな頃から何かと縁があった。幼稚園、小学校、それから中学校に、高校を飛ばして大学。まぁ一番の縁と言えば、家が隣同士なことか。
そうして小さなときから西香を知ってきたあなたにとって、西香は特別な存在じゃない。
みんなからは可愛い可愛いと昔からもてはやしていたが、あなたにとってはただのちょっと見た目が可愛い女子と変わらなかった。もう一度言うが見た目だけだ。彼女はあなたの前では遠慮がなく、性格がとんでもないゲスであることを知っているあなたにとって、西香は恋愛対象のレの字にも届かないただの幼馴染だ。
そんな彼女が可愛いというだけでアイドルデビューした途端、彼女の人気は全国的にうなぎのぼり。学校では妙な派閥の頂点になり、男たちを奴隷のように使い始めたが、なぜかみんな幸せそうだったのを覚えている。
家が隣であるため、彼女が自宅に帰ってくるたびにあなたの部屋の窓がノックされ、窓越しに芸能界の愚痴と称した自慢を聞かされたりしつつも、あなたは平凡な人生を送るはずだった、のだが。
恋人が出来ない。あなたには恋人が出来ないのだ。それは何故か? 原因は一つ。
西香「それでですね、わたくしは言ったんですの、その振り付けは覚えるのが大変だって。だってわたくし、適当にプラプラしてればファンの方たちは歓声を送ってくださいますでしょ。わざわざ疲れるステップなんぞ踏まなくてもいいじゃないですかと言ったんですの」
西香はまるで説教するかのように、あなたの恋人の隣に座ってそんな話をしていた。
これはあなたが大学を卒業して少し立った頃の話だったか。23か4だ。ちなみに、あなたは親元を離れて一人暮らしをしている。だがお隣は西香が住んでいた。そのうえ部屋に乗り込んでくる。
あなたはもう一度引っ越した。会社の都合で東京に住むことになり、そこに近い場所で住むためだ。その時もやっぱり、隣には西香が住んでいた。意味がわからない。
あなたが恋人を家に連れ込もうとしても、隣の西香が遠慮なくずかずか入っては邪魔をする。合鍵など渡していないのに、いつの間にか作っている。犯罪だと言っても聞いてくれない。
一度本気で警察に相談したが、その警察は西香の熱狂的なファンだったそうで、うやむやにされて終わってしまった。注意されればまだ良かったが、警察はふにゃふにゃになって「またご利用ください!」なんて言ってるんだから質が悪すぎる。西香は無敵だった。
だから、せっかくあなたに恋人が出来ても西香に邪魔されて深い関係になることはなかったのだ。
そこで思い切って聞いた。結婚はいいのかと。お前も恋人を探すべきだ。……西香はこう返してきた。
西香「そんなの探せば簡単に見つかるでしょ。わたくしですわよ? うーん、石油王を超えたマントル王あたりが声をかけてくだされば良いんですけどね」
言っていることはよくわからないが、石油のもっと奥にあるのがマントルだとか言っている。ちなみにこのとき、お互い32歳である。
そしてまた時間が経ってあなたは呟いた。結婚ができない。西香も呟いた。王が声をかけてこない。
二人揃って恋人がいなかった。世間は若さを失くしていく西香に、劣化したとささやく。それでもまだ可愛いと言われるのはすごい事なのかもしれない。しかし若い世代の人気はやはり若手アイドルに向けられている。
西香「あなた、このまま結婚しないんですの?」
誰のせいだ。とあなたはツッコんだ。すると西香は即答で「あなたのせいですわよ」と、それから続けてイケメンでもない、お金も無い、アパート住み、声も良くない、趣味もダサい、服のセンスも無い、時間にルーズ、食べるものが安っちい、などなどの補足を数十分に渡って長々としてくれた。
西香「あなたはともかく、なーんでわたくしには来ないんでしょうね……業界スキャンダルにならないのはいいんですけど……」
来かけた人が逃げ帰っていくからだ。とあなた。それに西香は意味がわかりませんと言った。
西香「……このままお互い、結婚できないんでしょうかねぇ」
あなたと西香は揃ってため息をついた。元はと言えば西香一人のせいなのだが、実はあなた自身もこれまで付き合ってきた相手にあまり魅力を感じていなかったフシがある。
刺激がなかった、というのが本音だろうか。とはいえ結婚はしたい。あなたは疲れていたのか、ぼーっとしながらこんな事を言った。「お互い40までに結婚できなかったら、とりあえずくっついてみるか」と。西香は「はぁ。嫌なタイムリミットですわね」と言った。
なんでこんな事を言ってしまったのか。それは多分、自分を追い込むためだ。それを受け入れた西香も同じ気持ちだろう。
あなたは積極的に相手を探した。そして毎回同じように別れていった。そう、西香のせいだ。
そうして今、先に40歳を迎えたあなたの隣に、明日誕生日を迎える西香が座っている。そしてその晩が来て、あっさり日付は変わっていった。ロマンチックのかけらもない、0時0分の時報が響く。それは祝福のベルでもなんでも無い。恋人のいないあなたと、劣化したと言われる元アイドルがいるだけだ。
不思議な気持ちになりながら、じゃあ結婚するか、とあなた。こんなので本当に良いのだろうか。
西香「まぁ約束ですからね。別にいいですわよ。では結婚ですわね。明日役所に行きましょう、事務所にも今結婚したって送りました」
ふふんと西香は、昔と変わらずトリッキーで高飛車だ。
そう、昔から見てきたままの、見た目だけちょっと可愛くて刺激的な女の子が、歳を重ねても変わらないままでそこにいる。
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あの子の場合
あなたには思いを寄せる女性がいた。その子はあなたにとってはもったいないほどの子だったが、丁寧なデートを重ね、ようやく今日が決戦の日だ。
これまで様々な事があった。デート中に超局所的大災害(主にあなただけを対象としたもの)に見舞われたこともある。それに逃げても逃げてもドローンが追跡してきたこともある。謎の背が高い金髪のくノ一が屋根から屋根をすごい跳躍で伝ってあなたたちを見ていたこともあるし、大金で雇われたらしい殺し屋が派遣されたのを間一髪回避したこともある。
色々あったが、今こそあなたは彼女に用意した指輪を彼女に渡す時。
あなたは跪き、彼女に指輪を差し出した。その子は嬉しそうにそれを受け取り頷いた。
ついにあなたは成し遂げたのだ。そしてついに同居を始める日が来たのだ……が、何故だか。
留音「へー、ここが新しい家かー」
西香「まぁちゃっちぃ場所。あなたね、あの子の旦那さん気取るんでしたらもっと良い場所に住みなさいな。後でしっかり物件探しなさいね」
真凛「……もうちょっと綺麗になりませんかね。ちょっと掃除しましょうか」
衣玖「参ったわね、持ってきた研究装置置けないかも……」
よくわからないのが四人ついてきている。何故??
真凛「なんでって、そりゃあそうですよ、この子を取られるわけには行きませんから」
留音「言っとくけど不純異性交遊は許さんからな」
西香「あぁそうですわ、あなたお一人でここにお住みになられては? あの子の事はわたくしがもっと良い家で面倒を見ますが」
衣玖「あっ、レトロゲームがある。いいセンスね」
よくわからないことになった。でもあの子は楽しそうなので、もう少し様子を見ることにしよう。




