2020年1月27日 求婚の日 みんなに求婚する日①
2020年1月27日
衣玖の場合
今日のあなたは緊張している。なぜなら長いこと付き合ってきた衣玖に結婚を申し込むためだ。
彼女の事は研究室の隣でずっと見てきたあなたは何度かの食事を経て、デートに誘い、長い時間を一緒に過ごしてきた。全て簡単ではなかったが。
研究室での彼女はとってもクールだった。淡々としていて頼りがいがあって、少し目を離している間にとんでもない物を作り出す。天才というほかない彼女と一緒にいる時間は自分も誇らしい気持ちになる。
衣玖「まぁ、私は天才だからね」
彼女はそう言って、さも当然であるかのように通常では不可能な事を成し遂げ、あなたを魅了した。
しかしプライベートの彼女は全く違う。デートに誘うまでに一体何度断られたか。食事は行きたくない、遊園地はめんどくさい、動物園も興味ない。
ようやくOKが出たのは、あなたが全く知らないアニメ映画のチケットを手に入れた時だった。最近流行っているというアニメの話をしたら食いついてきたので、だったらその映画はどうかと提案し、やっと連れ出せた最初のデートが子供向けの映画だった。
迎えに行ったあなただったが、プライベートの衣玖は大きくいつもと違っていた。髪はボサボサのままだし、ギリギリまで着替えず寝間着であなたを迎えるし、部屋には何が散らかっているのかわからない。よく一人暮らしが成り立っているなと衝撃を受けたものである。
でもなぜだか、それがあなたには新鮮で良かった。研究室での衣玖は完璧のイメージがあったのだ。それが崩れたことはあなたにとっての神話の崩壊ではなかった。
むしろ可愛いところがあるのだとあなたは面白がって、リビングに転がっているゴミを拾い集めて捨てることにした。ゴミを捨てるのは褒められたものの「配置があるから気をつけて」と注意されたことは心外だった。
そうしてやっと見に行ったアニメ映画。あなたに内容はわからなかったが、それでも衣玖が楽しそうに映画を見て、見終わった後でなんとか誘うことが出来た食事の時間に、興奮しながら映画の解説を延々と話してくれる衣玖が可愛くて、わからないなりにあなたは退屈せずに話を聞いていられたのだ。
そうやって少しずつ、あなたは衣玖と関係を深めていったのである。
その集大成が今日だった。
衣玖「だからね、ケロロはその技術力を持ってMSみたいな兵器を作っちゃうのよ。やっぱりダブルオーのイアンも言ってるけど、かっこいいと強いは両立してこそって正論よね。だから私はエクシアが好き。でもケロロは宇宙世紀メインなのよね、アナザーもたまに出すんだけど、これは多分作者の趣味なのよね」
あなたは心の準備が出来た。衣玖の話にあまり理解は追いつかなかったが、話の隙を見て衣玖の手を取り、気持ちを伝えた。最初に研究室で一緒になってからずっと気になっていた事を。あなたは恐怖で衣玖の顔を見られない。
背が低い衣玖は、あなたが跪いたところでほんの少し顔を上げれば彼女の顔が目に入ってしまう。
だからあなたは衣玖の足元を見たままで気持ちを伝えきった。
そして、少し黙っていた衣玖がやっと口を開いた。
衣玖「あの……私はその、結婚はあんまり興味ない……」
あなたにめぐる血液が熱く沸騰したかのような感覚と、同時に沸き立った血液が蒸発して、体内から熱が消えたような寒気を味わう。もしかしたら関係が一気に崩壊したかもしれないと思ったのだ。
衣玖「結婚って、世間の慣習っていうか、現代に置いてはそういう形を取らなくても良くなってきてるっていうか……私は俗世の慣習に染まらないと思ってたから……ちょっと戸惑うっていうか」
肩を落とし、最後まで話を聞こうとするあなたの手は震えている。
衣玖「でも……」
その震えを止めようとしてか、衣玖が小さな両手であなたの手を握り返した。
衣玖「……うん。あなたとだったら、染まってもいっか」
見上げたあなたの前に、頬を真っ赤に染めながら微笑む衣玖の顔があった。
――――――――――
真凛の場合
彼女の事を本気で好きになったのはいつからだったのだろう。
最初は口うるさい姉のような存在だと思っていた。行儀が悪いとすぐに言ってくるし、物を汚すと怒ってくるし。
でもいつも朗らかで、笑顔が素敵な彼女にいつしか惹かれていたのだ。
その気持ちを誠心誠意伝えたあなただったが、真凛はやっぱりニコニコして。
真凛「私もですよ☆」
なんて、どこか受け流されているかのように感じられる返事をしてくるのみだった。
だからそれを伝えた後だって、真凛との関係性は変わらない。彼女はやっぱりあなたを子供のように見ていて、甲斐甲斐しく世話をしてくれることは良いのだが、そこから進んだ関係ではない。
これではただの幼馴染か親戚のお姉さんだ。あなたの気持ちをしっかり受け止めているとは思えなかった。
真凛はどこかポワポワしているし、もしかすると意味を履き違えているのかも知れない。そう思ったあなたはもう一度真摯に気持ちを伝えても、だからといってやっぱり関係性は変わらない。
あなたはその関係が嫌いだったわけじゃない。たとえ恋人っぽいことが何一つ出来ないとしても、真凛といられる時間はかけがえのない時間だったからだ。
ただ、真凛は誰に対しても朗らかで可愛い。たまに一緒に買物についていくと、あなたが目を離した間に男の店員とニコニコしながら話をしていたりする。自分のことを嫉妬深いと思ったことはなかったし、普段だったら「だからどうした」という気持ちで収まるだろう。
でもそれが続くごとに、あなたの心は焦燥感を覚えていった。気持ちを伝えても振り向いてくれない真凛。自分はそのつもりでも、真凛から見た自分が恋愛の対象であるのかどうかわからない。そんな彼女がもしも自分よりも良い人に告白されたりしたら……。生まれてしまった醜く小さなプライドがジクジクとあなたを蝕んだ。
もちろん真凛があなたをないがしろにするような事はないと信じてはいる。それでも今の関係がなぁなぁに終わっていき、気がついた時にはいつの間にか真凛は他の人と付き合っているんじゃないか。
そんな事を考えてしまう自分がすごく嫌になったのだ。
だからそんな気持ちを終わらせるために、あなたは一つの作戦を立てた。大好きだと伝えても笑うだけの彼女の心にもう一歩踏み込むためには何をすればいいだろう。考えた結果導き出したのは、こんな方法だった。
真凛「あー! こんなに汚してー! 何やってるんですかぁ! 正気ですか!?」
あなたはテーブルの上にありったけの小物をばらまいて置いといたのだ。当然、きれい好きで掃除狂いの真凛はそれを見て大声であなたに抗議した。ペン類に日用品やら調味料の小袋やら、とにかくそのへんにあったものをありったけ、自分でもこんな事正気だったらやらないなというほどにばらまいた。
真凛「探しもの!? 信じられないです! しかもどうしてばらまいてそのままなんですかぁ! もー!」
真凛はさっきまでやろうとしていた事をそっちのけにして、テーブルの上を片付け始めた。プンプン怒っているのも可愛いのだが、流石にばらまきすぎた気がする。あなたは文句を言う真凛を少しだけ手伝って、それからテーブルの上板が見えてきた辺りで、そっと立ち上がり、真凛の姿が見えないところに消える。
真凛は最初こそ怒りを顕にしていていたが、あなたが席を外した辺りでその空気は少しずつ代わり始めていた。
きっと真凛は怒るだろうと思った。それは正解で、でもそれすらも愛しくて、だからこんな手段を取った。ニコニコしているのも、怒って恐いのも好きなのだ。
真凛「あの……あれって……」
扉を閉めていたあなたの部屋をコンコンとノックすると、真凛はあなたが出てくるのを待たずにそう言った。あなたがずっと扉の前に待機して、真凛が話しかけてくるのを待っていたことを知っていたのだ。
あなたはゆっくり立ち上がり、自分の素直な気持ちであることを伝えた。
真凛「もう……あんなことしなくたって……」
真凛はあなたに困り眉を作りながら微笑んで、あなたに抱きついた。あなたは受け入れてもらえた事を悟り嬉しさから目の奥に熱を籠もらせながら、今度は真凛に言葉を持ってある事を伝えた。何度もうなずく真凛の向こうに、先程のテーブルがある。
その上板には、あなたがマジックで大きく書いた「愛してる、結婚してほしい」という言葉が、消されずに残っていた。
真凛「これじゃお掃除出来ないじゃありませんかぁ……っ」
――――――
続きはまた別の日に