2020年1月16日 ヒーローの日
2020年1月16日
アンジー「イリスちゃん……」
静かになった聖美の家で、イリスは現実を飲み込むことが出来ず、部屋の隅でうずくまっている。
聖美が死んで数時間。聖美の両親にこの事実を伝えられないまま日付をまたいでいた。聖美は眠るようにベッドに横たわっているが、聖美の魔法で均一に凍結されてきれいな状態を保たれている。
イリス「……なんて伝えればいいの? 五人少女たちの誰得なハプニングを起こすために興奮して死んでしまったなんて……言えっこない……」
聖美は昨日、本当にそんな感じで死んだのである。ガチ本当である。そして普通は死んだら生き返らないのだから、今日も生き返っていないのは当然であった。
イリス「アンジー……やっぱりあたし、一度魔法界に帰る。そこで禁呪を……」
アンジー「駄目だよ! 生命を戻す魔法は術者の命を分ける魔法なんでしょ?! それじゃあイリスちゃんまでっ……」
イリス「でもっ! ミニーズを結成しようと思ったのはあたしよ! 巻き込んだのはあたし! こんな形で聖美の命を終わらせられない! あたしが助けなきゃ……っ。大丈夫、あたしは稀代の魔法使い。きっとすぐに命の魔法を覚えて……その代償も抑える魔法を生み出すから……」
アンジー「そんなこと……させない。ボクが二人を助ける……!」
超可愛い男の娘、アンジー。何もパワーを持たない彼に二人の美少女を救うことは出来るのだろうか。
――――――――
??「もし……そこのお嬢さんヤ……」
留音「え? あたし?」
街を歩いていた留音に、怪しげな老人が声をかけた。フードを目深に被り顔は見えず、丸まった背中と声からはとんでもないおばあさんなのだろう事がうかがえた。
??「あんたさんにねぇ……筋肉死相が見えてるんだワ……あちしの眼がねぇ、そう見てんだワ……」
留音「えっ……な、ど、え? 筋肉死相って……?」
??「筋肉が死んでくノ。あんたの鍛えた筋肉全部死んでくノ。そしたらどうなると思う? へなへなのしなしなになってただの脂肪よ。あんたブヨブヨになってね、あんたのこれまでの努力全部パー」
留音「え、えぇっ! やだよそんなの! なんとかならないのか!? あたしの筋肉死相!」
??「だぁいじょぶだいじょぶ……解決策も見えチョルから、教えたげんネ」
留音「あ、でも……お金とか持ってないけど……」
??「商売と違うヨ! 年寄から若者に贈る善意の言葉じゃからネ」
留音「えーっ、超助かるじゃん! 教えてよばーちゃん、筋肉死相に対処する方法っ」
??「あんたさん、いつも感謝してるモンあるでヨ、それがよう見えんノ」
留音「え、感謝……? モノ? ぬ、ぬいぐるみとかか?」
??「……。ちがうでよ! 粉ヨ粉! あるでしょ粉が! 筋肉死相なんだから、粉ヨ!」
留音「あっ! プロテイン!?」
??「そうヨ! あんたの筋肉の命ね、それが助けんだ。並々ならんって見えてんノ、あんたのプロテインへの気持ち。それがプロテインに伝わってんノ。それが助けてくれるてヨ」
おばあさんは留音の肩をタンタンと叩いた。留音は嬉しそうに顔を明るくさせて、おばあさんの言葉に聞き入っている。
留音「まじかよ……ずっと飲んできたから……育てるだけじゃない、筋肉の命まで救ってくれんのかプロテイン……半端ねぇ……っ」
??「そうヨ。あんたさんに取り憑くマをね、プロテインが全部弾いてくれっかぁラ。でもね、ただ飲むだけじゃ意味ないヨ? それじゃあんたの筋肉に変わるダケ。わかんね?」
留音「わかる!」
力強く真っ直ぐな瞳でうなずく留音。
??「そしたらネ、筋肉死相のマを遠ざけなきゃなんないノ。あんた盛り塩って知ってる?」
留音「あぁ、あれだろ? 玄関とかにちょっと山にした塩置いとく感じの……」
??「そうそう。それをね、プロテインでヤンだ。盛りプロ。でもただ盛るだけじゃないヨ。なるべく掃除がしにくい場所。たとえばカーペットの上とか、靴の中とか。そういうところにプロテイン、それとお湯。そうしてプロテインをよりしつこい汚れにするとネ、あんた良い事あるヨ」
留音「なんてこった……まさか盛りプロテインなんてのがあるとは……わかった! じゃあ早速帰ってやってくる! さんきゅーばーちゃん!」
??「早くしたほうがいいでヨ。ちなみに名前にマのつく人の部屋なんかはラッキーポイントヨ。盛りプロでラインを引くとボーナス付くから狙ってみんさいネ」
留音「わかった! ありがとー!」
――――――――
??「もし、そこのお嬢さん」
西香「なんですの? 見すぼらしいおばあさん」
??「あんたさん、お金死相出てんネ」
西香「は……? お、お金死相ですの……? 何者なんですのあなた?」
??「ただの占いババヨ。将来有望で本来ならお金に愛されし比類なき美少女さんに無料で教えてあげる優しいババヨ」
西香「……あら、どうやら見る目はありそうですが……」
??「じゃあ今見ちゃるネ。あんた家に五人で住んどるネ。その中の一人はお友達。三人は下僕という関係性じゃろ。見えてんノ」
西香「えっ……当たってますわ。……本物?」
??「本来なら占い一回120万円だけどネ。ちなみに予約はVIPで埋まって10年先まで取れないけどネ。あんたがすごいオーラを持ってるから教えたかったんヨ、あんた特別ヨ?」
西香「わ、わかりましたわ。そこまで言うなら聞きましょうか」
??「じゃああんたネ、今すぐ家帰んナ。そんでやらなきゃならない事があんノ」
西香「そ、それは一体……?」
??「お金死相だからね、あんたからお金を奪う『マ』にあんたからお金を奪っても無駄だって思い知らせなきゃならないノ。そしたらね、あんた家帰ったら紙にたくさん『一万円』って書いて、それをバラバラに破り捨てナ。それを部屋中にばらまくんサ。そうしたらマはあんたを一万円札程度簡単に捨てられる超お金持ちだと勘違いして消えてくからネ」
西香「そうなんですの……とっても面倒臭いですわね……」
??「……。それならもっと簡単な方法あるでヨ。箱ティッシュあんでしょ。あれも一万円の代わりになんノ。5箱位持ってあのティッシュ全部家中にバラマキな。大事なのはマにあんたがお金ばらまくような人ってアピールすることヨ」
西香「それはちょっと楽しそうですわね。わかりましたわ。ではいたずらネコのようにティッシュを家でばらまきます。それでわたくしのお金死相は改善されるんですね?」
??「されるヨ。その上もっといい女になるヨ。気合いれてやんナ」
西香「面倒ですが……わたくしのお金のためですわね」
―――――――
アンジー「あ、真凛ちゃん!」
真凛「アンジーさん。こんにちは^^」
アンジー「ねぇねぇ真凛ちゃん! 今ボク占いにハマってるんだよね! 占ってあげるね!」
真凛「えっ、あ、はい……?」
アンジー「えーっと、今日は大凶だって! わ、診断も怖いよっ! 昨日から悪い気が循環しているでしょう。重要なのは感情を発散すること。怒りを感じたらまっすぐ解放してあげましょう。そうすれば全て元通りになります。昨日すらなかったことにすればみんな幸せになるでしょう。……だって! じゃあね!」
真凛「は、はぁ……さよなら……んんー? なんだったんでしょう……」
そしてやがて地球は崩壊することとなる。家でまさかカーペットにプロテインのたんぱく質汚れを残す奇人と、ティッシュをばらまきまくる変人が現れるとは思わず、その状況をリセットするために。
日めくりによって変わったその状況はまるごと元通りになった。その結果予定調和的に聖美もすっかり生き返ったのだ。
アンジーは自分の女装スキルを変装という形に変えて、二人の美少女を救い出したのである。
どんなに小さなことであっても、自分にできることを少しずつ。それを重ねていった人は誰かのヒーローになれるのかもしれない。