2020年1月12日 スキーをした日
2020年1月12日
衣玖「悪かったわね……こんなところまで付き合わせてしまって」
アンジー「う、うん……それはまぁ、もう仕方ないことっていうか……」
衣玖「しかし都合よく洞窟があってよかった。これで寒さが凌げるわ。巻き込んでしまったアンジーには申し訳ないけど、ここで二人で助けが来るのを待ちましょう。大丈夫、きっと誰かが見つけてくれるわよ。それまで二人で身を寄せ合って暖まるべきね」
アンジー「うん……衣玖ちゃんがいいならそうしたいところなんだけど……」
雪山のどこかにある洞窟、奇妙な組み合わせで二人は籠もっている。
実は今日はスキーの日ということで、五人少女たちはスキーに来ていたのである。そこで当然のように現れたのがミニーズである。スキーの日にも関わらず、留音がスノボを始める、真凛が雪だるまを作るなどという空気の読めない行動を始めたことでグダグダになってしまった。
しかしそんな中で、実はウィンタースポーツに少しだけ興味のあった衣玖がスキーに挑戦したのだ。最近作るか迷っていたホバー機動シューズの製作へのインスピレーションに変えたい知的欲求があったようである。
西香はスキー板を履いてうまく立てない衣玖を嘲笑って一人で滑ってしまうし、留音も一番高い上級者コースからスノボでキッカー(ジャンプ台)をぴょんぴょん飛びながら滑り降りる。
だから衣玖はミニーズに教えてもらいながらスキーをなんとか覚えようとしていたのだが。
アンジー「衣玖ちゃん、寒くない……?」
衣玖「快適よ。この防寒具はお手製で完璧に保温効果があるからこんな状態でも指先まで震え一つ起こらないわ。むしろアンジーの方が心配ね」
アンジー「それは良かったけど……それにしても人間って雪の上転がっていくと本当に雪だるまになるんだね。その格好でも心配されても全然響かないっていうか」
衣玖「また一つ実証したわ」
衣玖だるま。それがここにあった。教えてもらう衣玖がずっこけて、そのままゴロゴロ転がって行ったのだ。そしてそのままこの洞窟にホールインワン。スポッとハマって動けない。それに巻き込まれたのがアンジーだった。アンジーは雪だるまにこそならずにいたが、すっかりスキー場から離れてしまった。
今の衣玖は今頭と手以外が完全に雪の球体に覆われている。しかもカッチカチになってアンジーでも掘り出せないでいる。人の立ち入らぬ洞窟の奥に潜む像……完全に御神体が出来ていた。
アンジー「衣玖ちゃんがここから滑って下れそうだったら、スキー場の煙は見えてるんだけど……」
アンジーは洞窟の外の遠い方を見てそう言った。
衣玖「難しいわね。また転がってこれ以上巨大化したくもないし、そもそも動けないわね」
アンジー「やっぱり助けをまとっか。ごめんね、イリスちゃんだったら魔法で溶かしてくれたかもだけど、ボクは何も出来ないや」
アンジーは衣玖だるまに背中を預け、ちょこんと座って「ふぅ」と膝を抱えた。
衣玖「何も出来ないなんて事ないわよ。誰かいるってだけでも心強いしね」
アンジー「うん……いるだけでも……」
アンジーは衣玖だるまの視界に見えないところで俯き加減に大きめに息を吐いた。
衣玖「んん? 暗いわね、悩みがあるの? こんな状態でよかったら聞くわよ」
衣玖は雪から少しだけ出ている手をパタパタと動かした。これが神像・衣玖だるまである。
アンジー「いいの? ほら、聖美ちゃんもイリスちゃんも最近キャラが濃くて……ボクは本当は男の子って事も忘れられちゃいそうなくらい目立ってないから……美少女モノなのに可愛さをアピール出来る機会がほとんど無いなんて思わなくって……」
衣玖「あぁ、そういえば男の娘だったわね、アンジーは」
アンジー「ねぇ衣玖ちゃん、ボクにも何かいいキャラは無いかな?聖美ちゃんは最近クレイジーサイコ化してきてるし、イリスちゃんは魔法が使える上にテンプレートツンデレもあるし……」
衣玖「アイデンティティの問題か。こんな状況で聞くのは少し申し訳ないわね」
何を隠そう神像・衣玖だるまである。
アンジー「でもちょうどいいかなって。二人もいないし、衣玖ちゃんなら信用して相談出来るし……」
衣玖「照れるわね。でもアンジーってあざと路線で行く感じだったわよね」
アンジー「うん。男の娘だからこそ女の子よりライン際攻められるっていう気持ちで……」
衣玖「そこに解釈違いがあったのかな。めったに普通の男の人が出ないからね。アンジーがどれだけ可愛くても色仕掛けする男がいないのよね」
アンジー「そうだったんだよね……美少女ものって言うからてっきりそういう方向でイケるかなって思ったんだけど……はぁ。見誤ったなぁ、もっと可愛さを発揮できると思ったから……」
衣玖「十分可愛いんだけどね。と言ってもそれが発揮できない状態だと常識人枠って感じだし……これでアンジーを女の子だと思ってる聖美とイリスにセクハラを始めたりしたら私達だってどう接したらいいかわからなくなるけど……」
アンジー「う、うん。実はそうならないように気をつけてるところあるんだよね。どうすればボク、もっと可愛さアピールできるんだろう……」
衣玖「わかるわよ、その感じ。私達も常に可愛さについて悩んでるから」
アンジー「えぇっ、でもみんなは何やったってなんだかんだで可愛いでしょ。ボクはまだキャラが立ってないから……」
衣玖「悲観するのは早いわ。きっとどこかで男の娘って立場が活かせる時が来るはずよ。元気だして」
アンジーにはなんだかありがたい言葉のように聞こえる。
アンジー「ありがとぉ……やっぱり衣玖ちゃんは頼りになるっていうか……ボク頑張るっ」
衣玖「応援してるわよ」
神像・衣玖だるまはズポっと突き出た片手の親指を立ててみせた。
アンジー「まずはとにかく帰らないとね……みんな探しに来てくれてるかな?」
衣玖「どうかしらね、正直うちのメンバーで探してくれるの、あの子くらいかなって思うのよね」
アンジー「んー……確かに……でもイリスちゃんと聖美ちゃんなら……もう近くまで来てたりして」
呼んでみたらどうかという衣玖の提案に乗ったアンジーは洞窟の外へ出て大声で聖美とイリスの名前を呼ぶ。するとなんと返事があったのだ。イリスたちは既に近くまで来ていた。スキー板に魔法をかけて、箒のごとく飛んで探していらしい。
衣玖「(仲の良さじゃ勝てない)」
アンジー「よかったぁ、見つけてくれて……」
イリス「いいところで声を出してくれたから見つけるのは難しくなかったわよ」
聖美「大丈夫だった? 衣玖ちゃんと一緒に転がっていった時はびっくりしたよ……」
アンジー「あ、衣玖ちゃんも一緒にいるんだ。こっち」
そうして洞窟の奥に転がる巨大な神像を目にしたイリスと聖美。
イリス「ギャーッ! バケモノ!」
衣玖「私よ」
聖美「わぁっ、なんだか可愛いね。お顔と手だけ出てる。いまなら何でもいたずらし放題だ……」
アンジー「聖美ちゃん?」
イリス「とりあえず溶かすわよ。恩を感じなさい衣玖」
御神体は消滅したが、衣玖は三人に教えてもらってなんとかゆるい下り坂なら滑れるようになったようだ。ハの字ブレーキは最後まで出来なかったが、ずっこけブレーキはマスターした。