2020年1月8日 勝負事の日
2020年1月8日
イリス「今日は勝負事の日なんだけど……あの、あいつらに勝負しかけに行く?」
イリスはやや浮かない表情でアンジーと聖美にそう尋ねた。
実は昨日、真凛の七草お湯鉄砲の襲撃にあった後、家に逃げ込もうとしたらその家を破壊され、逃げようとした場所がどんどん崩れ落ちていき、対抗する魔法も全て無効化されて体がビッショビショになるまで追い立てられたという恐怖の記憶が植え付けられている。それはアンジーも聖美も同様であるが、イリスは特に追い詰められた。
が、なぜだか家などは全て元通りになっており、昨日のも本当に体験したのか、夢でも見ていたのではないかと疑いつつ、しかし笑顔の真凛がショットガン片手に襲ってくる恐ろしさは拭いされずにいた。
アンジー「ね……勝負事……みんなのお家は汚さないようにしたほうが良さそうだよね……」
アンジーはイリスと聖美ほど執拗に追い立てられなかったが、それでも真凛の狂気っぷりをしっかり目の当たりにしている。
しかし聖美は目をぱっちりと開けて首を傾げていった。
聖美「えっ? なんで? 勝負事の日だよ? イリスちゃん、いつもみたいにしっかり勝負をしかけにいかないとっ! みんなの日めくりに貢献するんだから! 勝負事は一か八かで勝てることがいいよね~っ」
まさか昨日の事を覚えていないのか。イリスはそんな気持ちで言う。
イリス「聖美って意外とタフよね……あたしもあいつらに勝ちたいのはもちろんあるけど、でも昨日みたいな徹底的なお返しを食らうと、ちょっと戦略を考え直す必要があるなって……」
要は怖気づいているわけだが。
聖美「昨日のお返し? 真凛ちゃんのこと? 嬉しかったよね……私達のために七草の日を使ってくれて……みんなでのんびりお粥を食べるって方法も取れたはずなのに、真凛ちゃん、私達の健康に気を使ってくれて……」
アンジー「聖美ちゃん……?」
聖美「昨日は突然のことだったからびっくりしちゃったけど、私すっごく嬉しかったんだ……だから私達もしっかりみんなの日めくりに貢献しないとだよ!」
イリス「聖美っ? え、昨日のあれは嬉しかったことなの? めちゃくちゃお湯浴びせられて、あたしなんて倒れたところに鍋ごといかれたんだけど、ジャーって……」
アンジー「ボクもこれでもかってくらい濡らされちゃったよ……」
聖美「えっ? 真凛ちゃん言ってたよ? あれは私達の健康を願ってやったことだって」
アンジー「う、うん。そうは言ってたけど、完全に怒ってたよね……」
聖美「最初はそう思ったけど。でもさ、怒ってる人がわざわざ七草を煮込んだお湯を用意しないと思うっ。きっとあれは真凛ちゃんの愛情! 私達への気遣いと期待だよ! もし本当に怒ってたら冷水を用意してくるはずでしょ?」
イリス「いやでも、七草の日っていうのにかこつけて攻撃してきてるんじゃないの、あれ……」
聖美「そんな事無いよ! 私は五人少女ちゃん達の事沢山勉強したけど、真凛ちゃんはそういうふうに怒る子じゃないよ! 宇宙人説が濃厚だから普通の表現が少し行き過ぎることはあるかもしれないけど、でも怒ってたわけじゃないよ! 私達のためにやってくれたのっ」
アンジー「聖美ちゃんの善意がすごいよね……地獄への道は善意で舗装されているって言葉思い出した……」
イリス「聖美……でもそうね、ミニーズの情報担当の聖美が言うんだもの、あたしもアンジーも考えすぎていたところがあるのかもしれない。あいつらは異常者集団……あたしの考える常識よりも専門家の意見を尊重するべきね」
聖美「えへへ、専門家だなんて……私は五人少女ちゃんたちをみんなよりもうちょっとだけ見てるだけで……だから今日も……勝負をしかけにいこっ? 勝負事の日だよっ」
アンジー「(もうこの時点で一か八かなんだよね……)」
――――――――――
留音「……というわけで勝負事の日なんだよ。でもさ、あたしが勝負なんてしたところで、負けることがあるとしたらそりゃもう運とかしかないわけだよ。な?」
五人少女たちはパクパクご飯中である。留音の話を意識半分以下で聞き流す三人。あの子だけは留音の強さを肯定しているが。
留音「だからさ、まぁ勝負ってっても可愛い感じで行きたいわけだ。だからもうさ、ここは牛乳を口に含んでにらめっことかでいいんじゃないかなって。勝負事っちゃ勝負事だし、どう思う?」
西香「パスですわ」
真凛「汚したらイヤですので。汚したらイヤですよ?」
衣玖「……(パクもぐ)」
西香はごちそうさまと席を立ち、真凛も興味なさそうに、しかし言葉にどこか圧を持って食器を片し始める。あの子はどうするんだろうと衣玖と留音の様子を見ていた。
留音「やっぱ日めくりに前向きなのはお前だよな。じゃあぱぱっとにらめっこしよう。牛乳はとりあえず無しはいあっぷっぷ」
留音が白目向いて衣玖を見ると、衣玖はそんな留音の顔をちらりと見て、でも何も気にしないように残っているご飯をもぐもぐと口へ運ぶ。まるでいつもの留音の顔を少し見ただけ、というほどに自然だった。
留音「あぁっ目ぇ冷える。寒いと余計感じるよな。ってお前もなんかしろよ、張り合いないな」
留音は今度は舌を出しながら白目ひん剥いた。
西香「ぶっふぉあッ! あ、あわっ、哀れ……ぶっふ……人間の底辺ですわ……」
全然関係ない西香がその顔をスマホで撮影して立ち去っていく。衣玖は再び留音の顔をちらっと見て、やはりいつもの留音の顔を見た程度の反応でパクパクとご飯を食べている。
留音「……なんだよもー。お前ももうちょっと張り合ってくれよなぁ……」
その留音の言葉を"見て"衣玖はやっと反応した。箸を置き、耳元に手をやったのだ。そして耳から何かをつまんで離した手には白くて小さなイヤホンが出てきた。
衣玖「なんか言った?」
留音「えっ、お前今までイヤホンしてたの? 全然聞こえてなかった?」
衣玖「あぁ、これノイズキャンセリングすごいのよ。自分の心臓の音と筋肉が動く音くらいしか聞こえなくなるくらい外の音消しちゃうから……で、なんて言ってたの?」
ちなみに今日は1と8の語呂合わせでイヤホンの日でもある。
留音「いや、にらめっこ勝負って思って……してただろ今、あたし。舌出して白目剥く美少女って結構攻めてたぞ?」
衣玖「えっ? なんかしてた? いつものルーっていうか……全然気づかなかったけど……」
留音「殴ろっかな……」
その時、ピンポーンと家のベルがなった。外から「こんにちはー!」と聞き覚えのある声がする。留音がミニーズだと気付き「あっ!」と何かをひらめいたようだ。
留音はトトトと玄関を出ると、入って入って!とミニーズを家に迎えた。イリスとアンジーはやや身構えているが、聖美はホクホク嬉しそうだった。真凛は昨日のことを既に忘れているのか、朗らかに「いらっしゃーい」と迎えて、台所でジャージャー食器を洗い始めた。
留音「じゃあ代打聖美ね。さぁ聖美、変顔で衣玖を笑わせてくれ」
既にイヤホンを耳に戻していた衣玖は興味なさそうにご飯の最後を口に入れ、しめに飲み物を口に持っていこうとしていた。
聖美「えっ、えぇっ? なんで??」
留音「今日は勝負事の日なんだ。で、あたしは衣玖に勝負を仕掛けてたんだけど、こいつ全然動じなくてさ、お前の変顔で一発KOしちゃってほしいんだよ、頼む!」
聖美「わっ……留音ちゃんにお願い事されてる……う、うんわかった! 任せて! せーのっ」
よくわからないまま聖美は顎を外して目玉を飛び出させるほどの勢いのある変顔を披露した。衣玖はちらっと見た瞬間に口に含んだ飲み物を机にぶちまけて咳き込むほどに笑撃を受けたのだった。
それを横で見ていた留音も巻き込み、キッチンからちらっと様子を窺った真凛をも大爆笑させ、あの子は女の子の顔で笑ってもいいのかというジレンマに苛まれながらも顔を隠して笑った。
これによって五人少女たちはしばらく行動不能となった。
実質ミニーズの勝ちである。