2020年1月6日 枕の日
2020年1月6日
聖美「ねぇねぇ二人共……今日は五人少女ちゃんたちのところに殴り込みに行きたいんだぁ……」
アンジー「聖美ちゃん? 少し前までそういう事言う子じゃなかったよね?」
イリス「聖美! いいわね! ヤル気じゃない! 新年早々その意気や良し! 私も新しい精霊魔法を編み出した。何故かネズミが使役しやすくてね……攻撃魔法も着々と練度を高めてるわよ」
アンジー「ねずみ年だからかな」
イリス「このタイミングはヤツらもきっと油断してる。それにここで乗っ取りに成功すれば今後一年『日めくれミニーズ』が始まる……そうと決まれば善は急げね! 行くわよ二人共!」
聖美「待ってイリスちゃん、今日使う魔法はね……」
――――――――――
五人少女宅……衣玖が家の2階の自室でパソコンに向かってなにかの作業をしているとき。
バフン! ……バフン! カーテンの向こうの窓から普通は聞こえない音が聞こえてくる。それに「おらー! おらー!」という声が聞こえてくる。衣玖はビクビクしながらカーテンをほんの少しだけ開けて外を窺った。
その瞬間、衣玖の眼前に再びバフン!と白いなにかが投げつけられた。
衣玖「うわっ! なっ……えっ、枕?」
そこに留音が入ってきた。
留音「なぁ衣玖……なんか枕投げてくる奴がいるんだけど……」
衣玖「見てる。投げられてるわね。何やってるんだろう……ミニーズ」
外から今だに「かかってこーい!」という声が聞こえてくる。
留音「あいつらどうしたのかな。普通にクレイジーなんだけど……普通投げるか? 人んちの窓に枕投げるか?」
衣玖「でも多分正気よ。材質はちゃんと柔らかい羽毛みたいなの使ってるみたいだし……窓が割れない程度に投げてる」
留音「いやそれはそれで尚の事怖いんだよな。正気で人んちの窓に枕投げるヤツいる? しかも割と大量に投げつけられてるんだけど……ちょっと文句言う」
留音が衣玖の部屋の窓を開けて「おーい! お前ら何を」くらいのところで顔面に枕を食らった。
イリス「へぁーっは! おらおらかかってこい留音ー!」
留音「お前らなんでこんな」
バフン! と留音の言葉を死角から飛んできた枕が遮った。留音は枕を持つと「よしわかった」と呟いて1階へ降りていった。
その留音が玄関を開けた瞬間にも、聖美やイリスが枕を投げつけてきていた。留音は一つをひょいと最小動作で躱し、もう一つを片手でキャッチする。いわゆる二枕流状態となった。
留音「いいだろう。この意味わからん喧嘩、あたしが買ったから覚悟しろ」
衣玖がその様子を二階から見ている。それから「先生が帰ってくるまでに終わらせなよー」と言った。そこにすかさずイリスが枕を投げてくる。
イリス「うらっ衣玖も喰らえ! "生成枕弾射出魔法(ピロ―ストライク)!"」
聖美「あっはっは、おらおらー!」
アンジー「(ボクは慎ましく見てることにするよ)」
衣玖はぴしゃっと窓を閉めて安全地帯から観戦するらしい。
留音「なんのつもりか知らねぇけどなぁ……オラァ!」
留音が利き手に持っていた枕を投げつける。イリスの体がのけぞるほど顔面にクリーンヒットした。
留音「人んちに枕投げてなんのつもりだドラァ!」
続いて聖美にもクリーンヒットである。イリスも聖美も柔らかふかふか枕に顔を包まれて怪我などはしないが、しっかり衝撃を受けている。しかし「ふっふっふ」と楽しそうだ。
イリス「そっちの大将は?」
留音「あぁ? 大将?」
イリス「そうよ。枕投げにはチームの生命線となる大将が必要よ。誰がやるの? 真凛? 衣玖? それともあの子?」
留音「よく知らんが今はあたしと衣玖しかいないんだ……だから大将はあたしがやろう」
イリス「良いでしょう。ちなみに投げた枕が当たったらその時点で負けよ。キャッチも不可。投げられた枕は接地以降が持つ事が可能になるわ……そしてこっちの大将はアンジーで、お互いにそのラインから出たら失格よ。さぁ行くわよ!」
留音「待て! 謎が多すぎる……あたしは今なんのルールを説明されて何が起きているのか説明しろ」
聖美「留音ちゃん。今日は枕の日だよ? 1はピ、6がローで枕の日。枕といったら枕投げでしょ? 今日の日めくりに協力するためにイリスちゃんに枕魔法を作ってもらったんだぁ!」
留音「枕魔法……」
イリス「ここには枕イコール投げて戦うものという概念が根付いていたから枕射出魔法の生成は難しくはなかったわ。そして留音、お前たちに枕投げで勝ちに来た。そしてお前を五人少女のスタメン落ちにしてあたし達ミニーズがその座を乗っ取る!」
聖美「そうだよ! まさか本当に存在した枕投げ公式ルールに則ってね!」
アンジー「しっかり調べてきたんだよ~」
留音「なんてヤツらだ……話は理解できるのにあんまり理解できない……! しかしわかった。あたしはお前らと全力で枕投げに興じればいいということだな?」
イリス「そうよ。お互いの大将にノーバウンドで枕を当てたほうが勝ちというシンプルなルール……本当にあんた一人で戦う気?」
留音「チッ、キャッチできないのは流石に不利か……おい衣玖! おりてこい!」
衣玖は窓を開けること無く、首を横に振っている。
留音「やる気ゼロ……まぁいい、全部避ければいいだけだ。じゃあ行くぞ!」
イリス「来いッ!! 留音ェ!」
聖美「すごいよ! 日めくれ始まって以来の熱すぎる展開ッ! 作ってる! 私達が展開作ってるよ!」
アンジー「(じっとしてるのさむ~い)」
投擲が始まる。留音は避けた枕を拾い、まずは無防備な聖美に投げつけた。しかし一瞬で到達する豪速の枕はなにかに当たって弾け飛び、聖美への軌道から逸れた。同時に枕がパァン! と弾け、中の羽がまるで粉雪のように優しく飛び散る。
イリス「"干支精霊防御!"」
留音「何ッ!? 卑怯だぞ! 魔法で防ぐのかよ!」
イリス「ふん、持ちうる全ての能力であんたを下す……このマウスシールドでネズミの精霊という犠牲を払ってもでもね! でもネズミはめちゃくちゃ数が多いから大丈夫なのよ!」
留音「魔法のシステムは知らんけど、結構酷い事言ってるんじゃないの?」
聖美「でも日めくりのための犠牲だからきっと留音ちゃんの枕に当たって弾け飛んだネズミたちもわかってくれるはずだよ!」
留音「聖美ってこういうヤツなの……?」
アンジー「ちなみにこれらの言葉には善意しか無いからね~」
留音「ならば仕方ねぇ……あたしが短期決戦を決めて精霊ネズミの犠牲を最小限に抑えるしか無いか……さぁ来い!」
そして壮絶なる戦いは一分にも及んだ。イリスのピローストライクを回避し、即座に投げ返す留音。聖美は無防備であったが、全ての攻撃をイリスのネズミ精霊が防ぐのである。その度に枕が弾け飛び、中の羽毛とネズミ精霊の命を散らしていく。
しかし約一分で戦いは唐突に終幕を迎えることになる。最初に異変に気づいたのはアンジーだった。いや、正しく言えば衣玖だったのかもしれない。だが衣玖は戦場にそれを伝えることはなく、ピシャリとカーテンを閉めて、まるで自分は関係ないと振る舞うような素振りを見せたのだ。それに気づいたのがアンジーだった。
衣玖はどこかを見て、突然それを思ったのだ。なんだろう? とアンジーは衣玖の視界が向いていた方向を探る。そしてその意味を悟ったのはあまりにも遅かった。
「……なにをしてるんですかぁー……?^^」
真凛。彼女が帰ったのである。
イリス「出たわね真凛!! おら喰らえっ!」
留音は状況と真凛の笑顔にピシっと背筋を正し、枕を捨ててイリスと聖美を指差し続けている。そんなところにイリスの無謀な真凛に対しての枕投げである。
枕は真凛にクリーンヒットした。枕がイリスの腕の付近から突然現れ、射出される魔法への対応は誰だって最初は遅れてしまう。真凛は顔面直撃、モフ羽毛が真凛の顔面を優しく包む。痛くはなかったが、真凛はニコニコしたまま枕を顔をから取ると、枕をギュッと抱きしめた。
聖美「あはははっ、とりゃー!」
聖美も真凛の顔面に向かって枕を投擲。しかし真凛の顔に当たる寸前のところで枕は異空間に吸い込まれるかの如く、回転・縮小を行って虚空へと消えた。
イリス「ムッ!? "消失魔法"!?」
真凛「……留音さん、なにをしてたんですかぁ?^^」
留音「先生! 悪いのはそっちの三人ですー! あたしは止めましたッ! でもなんか枕投げてくるからあたしは片そうとしてましたー!」
真凛「……嘘はギルティ^^ イリスさんや聖美さんはなにをしてたんですかぁ?^^^^^^」
聖美「わー! 真凛ちゃんの怒りモード! 怒りモードだよイリスちゃんアンジーちゃん! これ何度か地球が滅びてるヤツ!」
アンジー「聖美ちゃんっ? 嬉しそうなの?」
ぴょんぴょん跳ねて喜ぶ聖美にアンジーが戸惑っている。そしてイリスは不敵に笑う。
イリス「今日の枕投げ……熱い展開ね。五人少女の真の驚異は真凛、あんただと聞いた。今この枕投げという状況においてあたしたちは絶対的な有利を持っている。ここであんたを下し、五人少女を一気に崩す! 覚悟しなさい!!」
イリスは腕を真凛に向け、再びの『ピローストライク』を繰り出そうとしたのだが。
真凛「人の話聞いてますか?^^^^^^^^^^^^^^^;;;;;;」
魔法は発動しなかった。魔法界きっての最高ランクの魔法使いイリスにそんな瞬間はこれまで一度だって訪れたことはない。
真凛「枕投げって^^^^;;; なんでこんなところでやるのかなぁ;;;; ねぇほら、見てください、羽毛がね、すっごい散ってます、もうほら、一面雪でも降ったのかなぁってくらいに^^;」
イリス「問題ないわ。魔法で生成する羽毛によく似たものだから、通常のものよりもずっと柔らかくてコストもかからないのよ!」
イリスはふふんと誇るように言った。が、論点はそこではないのである。
真凛「……じゃなくて、これ誰が片付けるのかなぁって^^; ほらそれにね、家の方にも飛んでってるんですよ。製品に使われてる羽はいいですけど、落ちてる白い羽根って綺麗でも意外と汚れてたりするんですよね^^; 鳥が色んな所飛んだり入ったりしてるうちに落とした羽だったりするのでぇ^^ 窓とか開ける度に羽が近くに落ちてたり窓に張り付いたりしてたらって、そういうのでも嫌な気持ちになる人もいるのわからないかなぁ^^;」
イリス「言いたいことがよくわからないんだけど、別に羽くらいでそんなに神経質にならなくても良くない?」
真凛「確かに^^片せばいいだけですよね^^」
アンジー「(ゾクゾクブルブルッ)」
聖美「(ゾクッ)……あの、日めくりネタになるかなって、枕の日だから……」
真凛「知らないです^^ 片しましょう。全部。」
留音「お前らのせいだから! 全部お前らのせいだから!」
真凛は張り付いた笑顔のまま、トンと地面を蹴った。
地球は崩壊した。新年・初惑星花火おめでとう。