2020年1月3日 ひとみの日&駆け落ちの日
2019年1月3日
美少女の名前は西香。彼女は夜の街をひたすらに逃げていた。
それは何故か。……それはそう、彼女が今サングラスで隠しているその瞳にある。
つぶらで、ダークブラウンの瞳……それは視線を交わした者を惑わし、見る者全てを魅了する。
かつてこんな少女がいた。
あどけない少女・聖美「西香ちゃん! 西香ちゃぁん! あんなに貢いだのに! あんなにグッズも買ったのに! どうして私と一緒にいてくれないのぉ!」
西香に惑わされ、おかしくなってしまったその少女。西香の出すグッズを買い漁り、やがて西香の使った食器を高額で買い取るなどの奇行に入った少女、聖美。西香は純朴だったはずの彼女の変様に耐えきれず、彼女との関係を絶ったのだ。
そして旅の途中、ある屋敷で過ごすことになった西香が次に知り合ったのはメイドだった。
メイド・真凛「西香さぁん! どこですかぁ! 美味しいお味噌汁ができそうなんです! あとは西香さんの涙があれば! あなたの涙を入れてしょっぱくなったお味噌汁を一緒に食べましょうー!」
客である西香に入れ込んだ真凛もまた、西香の瞳に依って惑わされし少女の一人となってしまったのだ。
真凛は料理を得意としていたが、やがて西香の分泌液から料理を作ろうとし始めたのである。スープを運ぶ西香の指がスープに触れ、『いい出汁がとれそう』と思ったのが始まりだったか。
こうしておかしくなっていた真凛に恐怖し、西香は必死に逃げたのである。
その瞳に惑わされし子猫たちが、今日も西香を求めて泣いている。
西香「すいません、わたくしを求める迷い子たちよ……あぁわたくしの美しさとこの瞳があなた達を惑わせてしまったばかりに……」
その美しい瞳で、魅入られた……いや、魅入った人の心を惑わせる西香は、いつしかこう呼ばれることになった。
傾国の魔女。
事は次第に大きく変化する。西香はあまりにも美しく、だからこそ人をおかしくしてしまう。そこで政府は極秘裏に、西香逮捕の任務を捜査機関に厳命したのである。
そうして今このとき、西香はまさにその捜査機関から逃げている。捕まれば処刑は免れない。西香は必死で逃げ続けていた。
しかし西香を追っていたのは逮捕が目的の捜査機関だけではなかったのである。
「へっ……へへっ……見つけたよぉ、西香ぁ……」
西香「あ、あなたは……ブサイク!!」
西香のかつての敵、ブサイク。今でこそほとんど関わり合いがなくなったものの、西香にとってブサイクは敵。ヤツらは西香に対し羨望の眼差しではなく嫉妬などの黒い念を抱く敵。
そのブサイクたちは西香との因縁を買われ、政府により極秘裏に雇われた西香専門の始末屋である。ちなみに性別はわからない、としておく。
ブサイクは3人で徒党を成し、西香を取り囲む。あまりに横幅が大きく、高い壁に追い詰められた西香はぺたんとへたり込むと、その恐怖から怯え震える。
西香「い、いやっ! こんなブサイクに囲まれたら、わたくし妬みと嫉みと黒い野望で何をされてしまうかわからないですわっ! だ、誰か助けっ……いやぁー!」
「ぶへへへへぇ……」
もしかしたらこの世界の対象年齢を越えてしまうかもしれない、そんな妄想に誰かが取り憑かれそうになった瞬間だった。
??「待ちな」
その人物は月明かりの下より現れ、静かに西香の側に寄る。
西香「あっ……あなたは……?」
??「大丈夫か、お嬢さん。おいてめぇら、こんな美少女捕まえて……なにをしてやがる?」
「ぶぶぶ、ぶひぃー! 邪魔をするな! この脂肪の塊による攻撃を受けるがいい!!」
??「ならば北○!!柔破斬!!」
「ぎ、ぎやああっ! おだの、おだのお肉がぁぁー!」
そうしてブサイクは一人弾け飛んだ。
??「どうだ、後の二人。来るなら容赦はしないぞ」
「ぶぶ、ぶひひぃー! 退却ぅー!」
西香「す、すごいですわ……一瞬でブサイクを粉砕したんですの……?」
西香は思った。なんて素敵な人だろうと。ブサイクを内部から破壊する攻撃を持つ、月下の貴公子。この月夜が二人の顔を隠し、西香の瞳による魅了を受けないでいたその貴公子は西香の手を取り、へたり込んでいた西香を立ち上がらせた。
西香「あの……あなたのお名前は……?」
??「あたしか? あたしは留音。なんだお嬢さん、こんな夜にサングラスとは。これじゃあ見えるものも見えないぜ」
西香「お、女の方だったなんて……」
留音と名乗った貴公子、いや麗人は、驚嘆する西香のサングラスに手を伸ばした。
西香「いやっ、駄目です、留音さんっ……このグラスを取ったら、あなたもおかしくなってしまう……」
留音「……それは一体どうして? 君はなにかから逃げていたようだが、その理由と関係があるのかい?」
事情を知らない留音は同情するように西香にそう尋ねる。西香はコクンと頷き、理由を説明した。
西香「このサングラスの下には……わたくしの、可愛すぎるわたくしのつぶらであどけないとってもキュートな瞳が隠れてるんです。これを見た人は、皆一様にわたくしに惚れ、おかしくなってしまうっ……あなたのような方にはそうなってほしくはないのです……だからどうか……」
すると留音は少し笑って返す。
留音「バカだな。いいか、人がおかしくなるのに必要なのは瞳や可愛さじゃない」
そして留音は西香のサングラスを取り去ると、その瞳を覗き込んだ。潤んだ瞳は月明かりを反射し、ハイライトがキラキラと輝き、その瞳に反射し映った留音自身まで、まるで女神のようにも錯覚するほどであった。
だがしかし、留音はしっかりと西香の瞳に入り込みながらも、おかしくなるような予兆は見せずに、こう続けたのだ。
留音「確かにきれいな目だ。でもな、お嬢さん、人をおかしくするのは……筋肉さ、パンプしたな。そしてバルクのセパレーションとディフィニションのカットだ」
留音はそう言うと、西香から離れ、ピッとキザに手を振って西香から遠ざかっていこうとしたのだ。
西香「そんな……待って! 待ってください留音さん! わたくしに魅了されないのですか? わたくしの目を見て……それでもそんな態度でどこかへ行ってしまうというのっ?!」
留音「悪いね、お嬢さん。あたしには目的があるんだ。次に遠くの県で開かれるボディビルダー大会の観戦というね。だから今日はBCAA配合のプロテインを買って帰らなきゃならない」
その仕草はとても簡単だった。西香の言葉など、普通の言葉のように捉えている。西香にとってこんな反応は初めてだったのだ。だから留音を追いかけ、そして抱きつきながら言った。
西香「見つけましたっ! やっと! やっとまともにお話出来る方をっ……」
留音「わっ、なんだ……ワケアリみたいだな。仕方ない、話してみなよ」
留音は何故、西香の目を見てもおかしくならなかったのか。
それはそうだ、留音にとって人間の魅力は筋肉である。生活に必要な筋力程度しか持っていない西香は、留音からしてみればただの人と変わらないのである。
だから留音は西香の魅了を受けなかった。もしも西香が膨れ上がった上腕二頭筋を持っていたら話は別だったかもしれないが、西香はそうではないのだ。
留音「そんな理由が……政府からも追われている、か……」
西香「ぐすっぐすっ、だからお願いです……留音さんっ! わたくしと……わたくしと一緒にどこかへ逃げください! 今丁度、ラスベガスへ渡るための渡航偽装パスがあるんですのっ……」
留音「ラスベガス……だって? ……世界最高のマッチョが集まるオリンピアの開催地、ラスベガス……?」
西香「それは存じ上げませんが、はいっ……ですからわたくしと一緒に逃げてくださいっ! 駆け落ちのごとく!」
留音「よしわかった! 駆け落ちしよう! ラスベガスな!? あっ、でも日本大会も見てからでいい?!」
こうして美しい瞳を持った西香の愛の逃避行が始まることとなる。
今日は瞳の日。そしてそれから、駆け落ちの日。