2019年12月21日 遠距離恋愛の日
2019年12月21日
我々は常に可愛さを求めていた。――――留音船長の宇宙航海日誌より。
一体どれほどの時間を、彼女たちはこの宇宙の旅に費やしていたのだろうか。
年末という記念日消失時期にあって、たった一つの記念日から地球から離れることを決意したこの船、エブリデイ号はある概念を得るために長い長い航海を続けていた。
しかし一向に活路が見えないままであるこの状態に、ついに船員たちはある疑問を呈することとなる。
西香「わたくしたち……本当にこの航海に出て正解だったはずですわよね……」
衣玖「正解であったか間違いであったかなんて道の途中でわからないわ。私達に出来るのはただ試すことだけよ」
真凛「とは言え……本当に外宇宙にまで出る必要はあったんでしょうか……可愛さを求める為に」
留音「まぁそう言うな。あたしたちにはこれしかなかった。恋をすると女の子は可愛くなるという話はほぼ間違いないという見解で一致したんだ。だったらやっぱり、こうなるのは運命だったとしか言えない」
衣玖「そうね。私達が確立された可愛さを得るために……。あの日、日めくり大使である私達の前に突如現れた『遠距離恋愛の日』はまさに行幸だった。こうして外宇宙の旅にでるきっかけを与えてくれてね」
真凛「まさにその事についての『外宇宙にまで出る必要はあったんでしょうか』だったんですけどぉ……」
西香「しかし真凛さん。わたくしは思うのです。わたくしのようなみんなのアイドルであれ、遠距離恋愛という形をとればファンの方にもバレる事無く可愛くなれるのではないかと……そう、可愛さを得るために恋愛が必要なら、アイドルは恋愛をしなければならない。しかし恋愛をしたアイドルはファンに見放されるというジレンマがあります。これを解決する唯一の方法が、この遠距離恋愛という形なのではないかと思うのです」
真凛「は、はぁ……それについても『外宇宙にまで出る必要はあったんでしょうか』という質問をお返ししますけどぉ……」
衣玖「いいえ真凛、確実に必要だったわ。数々の遠距離恋愛をテーマにした歌の中に、距離が変わっても気持ちは変わらないとあったのよ。ならばどう? 距離に依るエネルギーが無視されるのなら、その距離が離れるほど、実質的に恋のパワーは増すということよ。それが意味するのはつまり……」
西香「離れれば離れるほど、可愛さが増す……」
衣玖「そういうことね。いまだかつて地球人類に外宇宙にまで出て遠距離恋愛をした人などいないでしょう。つまり私達は今相当ハイレベルに可愛くなっているはずなの」
留音「気付いちゃったよな、ホント」
真凛「でもあの、肝心の相手が……相手がいないと遠距離恋愛とは言えないのではないでしょうか……?」
西香「はぁ……真凛さん、何故わたくしたちがあえてあの子を地球に残してきたかわかりませんの?」
真凛「ま、まさか……あの子を擬似的な恋愛対象に……?」
衣玖「それしか方法がなかった。外宇宙を出て進み続けたところに人間と意思疎通可能な知性体がいて、それと交際出来るなら早かったけど、そんな簡単に宇宙人とは会えなかったし、この方法しか無いわ」
留音「それで衣玖、あの子との遠距離恋愛を擬似的に再現するためにあとは何が必要なんだ?」
衣玖「えぇ、数々の文献、それから会えないと会いたくて震え始める専門家などの情報も入手したところね、気軽に会えない状態での携帯電話をつかったやり取りが必要みたい……というわけで、あの子とメールのやり取りをするわよ」
ちなみに、銀河間通信のノウハウは真凛の持っているスマホから得ている。真凛の実家はもっと遠い場所にあるのだ。
留音「あぁ……遠くにいる人に大事だって伝えるメールを打つ、これが遠距離恋愛か……この焦がれる感覚、きっと可愛さの源泉になるんだろうな……」
西香「これも遠距離恋愛の日のおかげですわね。全く、世の中には可愛い記念日がありますこと」
真凛「皆さんいつもとおんなじですよ^^」
衣玖「さて送信と。とりあえずこれで遠距離恋愛の形は取れた。じゃあみんな、あの子の元へ帰るわよ」
一方その頃地球で……。
あの子は今か今かとみんなからの連絡を待ち、携帯を握りしめていた。
電話でもメールでも良かった。自分一人しかいない家は広く見えたし、一人で通る町並みは冷たく映ってしまう。
みんなと出会えたことがかけがえのない宝物で、いつも感謝していたつもりなのにそれが全然足りなかったんじゃないかという気持ちにさせる。
例え心は繋がっていたとしてもどうしてもみんなに会いたい。
そんな気持ちの中でスマホの通知がひかり、ブルブルと震えた。
みんなからのそれぞれの個性ある文章に、あの子は少し救われて、早く帰ってきてねと返事を打った。
という頃、その家の外で……。
イリス「あーっはっは! 今日はあいつらがどうやら留守みたいね! しかもいるのはあの子だけ! あの子を懐柔して我々ミニーズの仲間に取り込み、日めくりを乗っ取ってやるのよ!」
イリスは毎度おなじみ、意気揚々と五人少女の家に乗り込もうとしていた。あの子をミニーズに取り込むという話にアンジーは強く反応した。唯一カップリングを組みたい相手なのである。
アンジー「おーーーー!!!!!!」
聖美「わっ、アンジーちゃん、すごいやる気だね」
イリス「その意気やよし! さてあの家……ぎゃ、ぎゃあああああ!? なんなのこの可愛いピンク色の風は!?」
さて乗り込むぞというところで、目指す家から突風が吹き荒れる。それはすぐさま防風となり、ミニーズを包み、吹き飛ばすような勢いに変わっていった。
アンジー「こ、これはっ! 可愛さスーパーセル! あの子の可愛さが大爆発したスーパーセル級の可愛さだー!」
大切な人に会いたいと待ち焦がれる女の子は可愛いのだ。