2019年12月17日 五人少女おとぎ話 ~笠地蔵~
2019年12月17日
年末にかけて記念日という記念日が消えていく中で行われる、日めくり少女たちによる決して苦し紛れじゃないおとぎ話。
今日はお話、笠地蔵です。始まり始まり。
※なお、このお話はフィクションです。本編の登場人物とは一切関係ありません。
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むかしむかし、あるところに心優しいおじいちゃんとおばあちゃんがいました。
ある年の寒い夜。雪を凌ぐ笠を作り、それを町で売り、お正月を過ごすためのおせち料理を買うつもりでした。
アンジいさん「よーし、笠が出来たよぉ。これを売ってお正月の食べ物を買ってくるから、聖美ばあちゃん、留守番よろしくね♡」
聖美ばあさん「あ、うん。雪降ってきたから気をつけてね~」
コンコンと降る雪の中、アンジいさんはえっさほいさと四つの笠を背負って運びます。
すると視界の先に、お地蔵さんが立っていました。スタイル抜群のお地蔵様はまるでこの雪の中を走っていたかのように体をほんのり湯気を出し、クールダウンの為にウォーキングに切り替えたてのタイミングに見える体勢で立っていました。
アンジいさん「わぁ、こんな雪の中を薄着のトレーニングウェアだけで走ってるように見えるお地蔵さんだ。温度調節が出来ないおバカさんみたいに見えるけど、寒そうでカワイソー。気持ちばかりだけど、笠をつけてあげよっと」
心優しいアンジいさんは先程作った笠をそのお地蔵さんにかぶせてあげました。それからまた雪の降る道の先、少し歩いたところに、今度はヘドバンの一番激しいところで固まったようなちっこいお地蔵さんを見つけました。先程の運動地蔵から若干見えていましたが、まさかこんなポーズで地蔵やってるとは思いませんでした。
アンジいさん「わぁ、こんな雪の中で人の目を気にせずヘドバンし狂ってる意味不明なお地蔵さんを見つけたぞ。寒そうでカワイソー。この子にも笠をつけてあげよっと」
心優しいアンジいさんは再び笠をそのお地蔵さんにかぶせてあげました。それからもう少し歩くと、やっぱり妙ちきりんなお地蔵さんが……いや、今度はそうでもありませんでした。
アンジいさん「あ、なんか普通のお地蔵さんだ。地球に見える球体を……あれ? 拭いてるのこれ? お掃除中なのかな……うーん、ここまで来たらヤケだ。笠をつけてあげよっと」
やっぱり妙でしたが、優しいアンジいさんは再び笠をそのお地蔵さんにかぶせてあげました。それからもう少し歩くと、今度は隣に看板のあるお地蔵さんがたっていました。アンジいさんは看板を読みます。
アンジいさん「なになに? 必ず幸運に見舞われるお地蔵さん。お供えしたものが、その価値によって三倍や四倍になって返ってきます……? うーん。お供え物はないけど……この子も寒そうだから、一応笠をつけてあげよっと」
地蔵「えっ、嘘でしょ、笠ってなんですの……しょっぼ……」
アンジいさん「んん? 風の音かな、今なにか聞こえたような」
アンジいさんは全ての笠をお地蔵さんにかぶせてしまい、もう手元には売るための笠は残っていませんでした。でもそのすぐ先に、またお地蔵さんがたっています。とても出来の良いお地蔵さんで、遠目に見ても雪にさらしておくのはあまりにも可哀想だという感情が働きました。
アンジいさんはそのお地蔵さんの元へ行くと、自分の被っていた笠や、背負っていた笠を包んでいた風呂敷などをそのお地蔵さんにかけてあげました。これでいよいよアンジいさんは何もありません。笠を売ることが出来なかったので、お正月の豪華な食事も食べられないでしょう。でもまぁ仕方がないか。アンジいさんは前向きに考えて家に帰ることにしました。
しかしその帰り道、強い吹雪がアンジいさんを襲いました。一面のホワイトアウトに、アンジいさんは身動き一つ取れません。これでは凍えて死んでしまうかもしれない。そんな時でした。
アンジいさん「これは……歌?」
そう、吹雪の中で、アンジいさんは確かに歌を聞きました。吹雪の中ではよくは聞こえませんが、たしかに8Bitのチップミュージックとギンギンのエレキギターとロックドラムのグルーヴに乗って、歌声が聞こえてきます。それも乱暴なデス寄りな歌声でした。
地蔵「Σ♪~エヴィデエエエェェェェ!!!! ズバアアアアアアアイル!!! フォレヴアアアアアアアアア!!! グッスマアアアアアィ!! イェェェエ!」
アンジいさんはその歌声に向かって歩き始めました。さっきのヘドバン地蔵の歌声に聞こえたのです。そんな事あるわけがない。でもアンジいさんは歌声に導かれるように道を戻りました。その途中には先程のお掃除地蔵も立っています。アンジいさんはお地蔵さんにしっかり笠がついていることを確認して、それを自分につけようとはしませんでした。
それを見たお掃除地蔵は少しだけ微笑むと頷き、手に持った球体の一部を拭き取るような動作を行いました。それをアンジいさんは気づきませんでしたが、お掃除地蔵が球体フキフキしたその瞬間、吹雪の空は消し去られていきます。空には綺麗な満月が見え、吹雪は穏やかな夜の晴れに代わったのです。
続いてヘドバン地蔵の脇を通って、家に最も近い運動地蔵を目指します。ですが先程までの吹雪のせいで雪は深々と積もっており、アンジいさんの少女並に華奢な足は取られ、とても疲れていました。かと言って休む場所もありません。ズボズボとハマる雪をなんとか分け入って帰るしかないのです。
しかし運動地蔵の近くに行くほど、雪の中に道ができています。まるで運動地蔵から家まで最短距離の道が作られているかのように、雪が踏み込まれ、硬い道になっていました。まさか聖美ばあさんが雪かきを?そんなはずはありません。
アンジいさんが運動地蔵を見ます。そこでアンジいさんは奇妙な考えに囚われます。
シャトルラン、200回。
運動地蔵さんがアンジいさんの家とつないだルートを筋持久力強化のためにシャトルランで走り回ったのではないかと考えたのです。もしもそうだったらこれだけ踏み抜かれた雪の道も出来るでしょう。それにやっぱり運動地蔵は上気してるように見えました。
アンジいさんはその道をたどり、やっとこさ家につきました。
聖美ばあさん「あっ、アンジいちゃん、早かったねぇ」
アンジいさん「うん、途中のお地蔵さんに笠全部あげちゃったんだぁ……ごめんね、聖美ばあちゃん」
聖美ばあさん「えーっ、なにがあったのぉ? ……まぁいいよいいよ、寒いもんね。こっちであったまろう?」
二人はそのまま眠ると、その夜の事でした。
??「笠ッ! 笠ですわよ!? たかが笠! 気が狂って……そんなに!? 本当にそんなに置いていくんですの!? 等価……対価は!? これではわたくしたちが大きく損をッ……」
寒い夜中、そんな声が聞こえて二人は目を覚ましました。がさごそと玄関の外で音がします。
??「今どき殊勝な人間よ。たまには良いことあってもいいでしょ」
??「そうですよぉ。優しい人にはご褒美がないと」
??「だからって度が超えてますわよ!!! もったいなっ! もったいないですわッ!! 笠ですわよ!?」
??「うるさいな。起きちゃうだろ、サンタさんが如くとっとと退散するぞ」
アンジいさんと聖美ばあさんは眠気まなこをこすり、やっと布団を抜けて玄関を開きました。そこには一つのお地蔵さんが立っていました。そのお地蔵さんは笠に風呂敷を巻いて、びっくりしたように二人を見ると、天の祝福のような言葉で「ありがとうございました」と二人に伝えると、家から離れつつある四体の地蔵の後ろを追いかけていきました。
その地蔵からの言葉は不思議な恩恵となって、二人の老夫婦を十代まで若返らせていきました。
それに玄関の前には美味しそうな食材や暖かそうな毛布、衣服などがたくさん置かれていたのでした。