2019年12月15日 ザメンホフの日
2019年12月15日
ザメンホフ氏はエスペラントという人工言語を発案した。母語の異なる人間同士で意思疎通を国際的な補助語として普及してきているこの言語は、知らない文化との交流に今後よく見るようになっていくかもしれない。
だがしかし、人々の意思疎通に置いて補助語として使われるのはこのエスペラントだけではないのである。
イリス「見つけたわよ留音! 今日こそお前を下す! 覚悟なさい!」
留音「あ、イリヤだ。おっす」
例えば筋肉言語である。主に運動によってもたらされる会話の形式だ。
イリス「ちょっと……! ちょっと! 人が話してるんだから! 止まりなさいよ!」
夕暮れ時、もう日が落ちていくという時間に。
留音「えー。ジョギング中はあんまり止まりたくないんだよなぁ、ここ車も通らないし、イリヤも走ったら?」
イリス「イリスだってば!! あっ、そうだ、昨日借りたお金返すから……止まってってば!」
留音「ついてきなよ、走るくらいできんだろ?」
イリス「なめないでよ! ……いつも走ってんの?」
留音「いや、いつもじゃないかな。筋トレのほうが多いけど、たまに外走りたくなるんだよ」
イリス「こんな寒いのに?」
留音「それがいいんだろー。十分くらい走ってると体の芯からぽかぽか温まってくる感覚とか、日が落ちていろんな家から晩御飯の香りがしてくるとかさ、外走るって結構いいんだよ」
イリス「はっ、はっ、よく喋りながら走れるわね……」
留音「ジョギングはそんくらいの強度で走るんだ。がっつり走り込むのって今じゃ逆効果って研究出てるからな。トレーニングってより、走りたい時に走るってのがいいんだよ」
イリス「(くっ……手を抜いているということか……おのれ留音! 負けてられない……ついていってやる……!)」
こうして約二十分、イリスと留音は静かな公園の脇を抜け、川の上にかかる橋を通り、住宅街の舗装された道を無言で走っていた。住宅の中から聞こえる子供の大きな声が聞こえたときにはびっくりして二人で目を合わせた。どこかの家の晩御飯なのだろうカレーの香りがすれば留音がそっちを意識した、というのがイリスに伝わる。言葉はなくてもお互いが何に共感したかわかるような気がした。
イリス「(……走るの、最初より全然きつくない。呼吸も安定して体がポカポカして、風が気持ちいい……)」
留音「ふぅ。こんなもんかな。日も落ちたし、そろそろ帰るか。どうだった?イリヤ」
イリス「……ま、まぁまぁね。悪くないわ」
留音「だろぉ? うちのヤツらはあの子以外全然わかってくれなくてさぁ……イリヤもたまに走ってみるといいんじゃないか? ストレス解消にもなるし、なんか頭すっきりするし」
イリス「ん……考えてみる」
競い合うスポーツも、何かを一緒にするスポーツも、お互いの言葉がなくてもなんとなく通じあえるような気がする。ジョギングはそこからはやや本流より外れた、方言の入った言語ではあるが、これが筋肉ペラントという補助言語の一つだ。開拓こそされていないが、マッチョの世界ではより発達した言語である。
母国語を超えて意思の疎通が図れる、いわゆる"共通言語"にはこの他、音楽や美味しいもの、絵なども入るだろう。
しかしそこに明記されないが、より強大な共感力を発揮するものがある。
「お!聖美ちゃん! アンジーちゃん! 今日も仲いいねぇ! ほらっ! 揚げたてのコロッケ! 二人で食べていきな!」
聖美「えぇっ、いいのっ?」
アンジー「おじさん、いつもありがと♡」
それがKAWAIIである。KAWAIIによってコミュニケーションを取られた場合、無償の奉仕をしたくなってしまう。音楽や絵、美味しさといったものはすべて自分の内側に感情が生じ、それを分かち合うものだがKAWAIIは違う。
KAWAIIペラント憲章によれば、KAWAIIでのコミュニケーションによって生じる感情は相手に向かうものだという。その例が今聖美とアンジーが実証したものだ。彼女たちはただ買い物をしていただけで、特別な何かをしたわけでもない。にも関わらずこうして肉屋のおやじは二人に揚げたてコロッケ(60円)を2つ振る舞った。これがKAWAIIペラントによる効力の一つである。KAWAIIは無から有を生み出すのだ。
「いいのいいの! 二人が買い物来てくれるとね! おっちゃん元気でるんだ! あっはっは! 今度はイリスちゃんも連れてきな!」
聖美「ありがとうおじさん。また買いにくるね」
アンジー「ばいばーい♡」
二人は冷える商店街を歩きながらホクホクのコロッケを頬張った。その帰り道、突然街中、いや日本全土に大きなサイレンが響き渡る。それからアナウンスが流れた。
『国民の 皆さんに ご報告します。 これより数分後 日本は侵略型宇宙人による攻撃を 受けます 日本在住の 皆さんは 最寄りのシェルターに 避難して下さい 繰り返します……』
聖美「た、大変っ! 宇宙人の侵略が始まるみたい!」
アンジー「宇宙人の侵略なんて大変だ!! ……宇宙人の侵略!?」
やがて空の彼方より何かが飛来し、日本は、いや地球は大きな攻撃を受けるかに思われた。
しかし宇宙人は攻撃をしなかった。明らかにチャージ式超電磁誘導人類抹殺ビームの発射体制にあったにも関わらずである。
その宇宙人に何があったのか。あったもの、それこそがKAWAIIだった。
衣玖「ターゲット、宇宙侵略型敵性体の意思統率を行う個体を発見したわ。いまからこいつをここに呼びつける。今はルーがジョギングに出ているし、真凛も塩コショウが切れていたことに気付いて買い出しに出てしまってここにいない。あなたに託すしか無いわ。辛い戦いを押し付けてごめん。備えて!」
衣玖は侵略を受けている中、地球防衛最前線の立場で在宅業務を行っていた。家の2階ベランダにはあの子が立っている。
五人少女の家からは特殊な音波を発し、侵略してくる敵性宇宙人を日本に呼び寄せたのだ。そして敵性宇宙人の第一波は見事にそれにより衣玖やあの子の元に襲来した。
衣玖「よし、今だ! ライブモニター! オン!!」
そう言ってポチりとボタンを押した衣玖。家の上空に巨大モニターが宇宙に向けて表示された。
そこに映し出されたのは宇宙史最初で最後の可愛さを持つ美少女、あの子の姿だった。憂いの表情で風に吹かれながら、宇宙人を見上げるその少女の姿に、敵性宇宙人すべてが魅入る。
一言で表すなら、尊すぎたのである。
可愛さは尊さに代わり、宇宙人はまるで神を崇め奉るような感覚を見出したのだ。絶対に穢してはならない。絶対に守らなければならない。そんな不可侵の領域を見出した。
これはKAWAIIペラントにおける、最も素晴らしい意思疎通、異文化交流の形である。すべての争いを摘み取り、浄化してしまう。KAWAIIを尊く思うことで、他者を想うことで実現する類の完全平和すら訪れるのである。
このエスペラントを超えた最強の言語であるKAWAIIペラントを使いこなせるものはまだ多くはない。聖美やアンジーのレベルで行使可能な美少女などはぼちぼちいるだろう。だが、まだまだ未発達のKAWAIIペラントにおいて、こうした宇宙戦争勃発のきっかけすら潰してしまえるほどに行使可能な人物は0に等しい。
言葉は暴力にもなる。しかし人を惹きつけ、人類をより高い次元に引っ張り上げる事ができるであろうKAWAIIペラントの発展は、人類革新派により強く望まれている。[1]
[1] KAWAIIペラント憲章より引用