2019年11月25日 いいえがおの日
2019年11月25日
セールススマイルは得意だがあまり心からの笑顔を作らない西香、そして普段からニコニコしている真凛の一人でいる時にも溢れる笑顔の理由の一端に迫る。
ケース1 西香
ある日の貢金報告会。
「西香様、本日の貢額、総計して187万8200円となります」
西香「そうですか。まぁいつもよりは少し多かったですわね」
そしてまた別の日の報告会。
「西香様、今日はすごいですよ。貢額の総計は375万6400円になりました。かなりの数字です」
西香「そうですわね。まぁそれはそれですわ」
西香はじゃ、いつもどおりわたくしの通帳に入金しておいてくださいな、と西香はなんでもないように帰っていってしまう。
「西香様は今日も笑顔をみせてはくださらないのか……」
「きっと俺たちの貢額が足りないんだ。あの方の笑顔を見るまで死ねないな。しっかり働いて、もっと貢がなくては」
「ふふっ……」
「なんだ?」
「いや……もしかしたらそういう事かもしれないと思ってな。西香様は……俺たちは西香様の笑顔を見たら、きっとこの世に未練が無くなってしまう。そうならないように、西香様は俺たちを気遣って、どんなに貢がれようとも笑顔を見せないのかもしれない、と思ってな」
「……本当に尊い方だな。これが本当の愛ってわけか……」
そんな風に親衛隊から良いように思われる西香である。しかし彼女は悩んでいた。
西香「(はぁ……お金があるのは良いんですけど、どんなにあっても使ったら無くなってしまうんですのよね……虚しい話です。わたくしのお金だけはなくならなくてもいいのに……)」
お金は人を笑顔に出来るはずだが、この時の西香はそうではなかった。あったものが無くなっていくという虚無感を誰よりも知っているからこそ、お金に対して達観した考えを持っているのかもしれない。
そんな彼女が家に帰り、夕食時。
真凛「さぁさ、今日のご飯が出来ましたよぉ☆」
留音「んー、中華だ。うまそーっ」
西香は席に付き、続いて留音が座り、先程までリビングにはいなかった衣玖が時間を見計らってトボトボとリビングに入ってきた。
衣玖「ご飯できた―?お腹減っ、デぁ!!!」
ダイニングテーブルに向かう途中の衣玖が突然奇声をあげたと思ったらその場にうずくまり、足の小指を抑えて蛹のように丸まり固まった。
留音「あ?何やってんだ衣玖?」
衣玖「こ、こ、小指……っ」
どうやらテーブルまでの間にあった棚の角に足の小指をぶつけたらしい。
西香「ぷっ……」
真凛「だ、大丈夫ですかぁ?いたそー^^」
衣玖「心配……してない、でしょ……ったぁ……」
西香「ぷっはっはっはっは!!衣玖さん!!クソダサですわ!!!それいつも置いてあるものですわよ!!なんでぶつけるのかしら!!食欲!?食欲ででですの!?あっはっはっは!!無様ですわぁー!ひぃー!お腹痛い!!何やってらっしゃるの!」
衣玖「コロ……」
西香「はぁー……ほんと他人の不幸を見るのってどうしてこんなに楽しいんでしょうね……はぁー、最高……んひっひぃ……」
それはとても良い笑顔だった。
ケース2 真凛
真凛「(……本当に、どうしてあんなに大きな虫が家の中に湧いて出るんでしょう……流石にあれは触ったり潰したくないですし……)」
なおこの件に関してあまり詳しい説明はしないでおく。
真凛「(お家、綺麗にしてるのにな……駆除グッズもそこそこ置いてるし……衣玖さんに言ったら完全な殺虫剤用意してくれるかな……っていうかもしかして、そもそも衣玖さんのせいでは……?)」
真凛は手に持ったスプレーを家具の隙間に向けて噴射する。勢いよく殺虫剤が散布され、それは家具の隙間全体にいきわたっていった。
真凛「(でも……)」
家具の間とフローリングの硬い床、そこに何かの音が加わって、耳を澄ますと聞こえてくるのは「カサカサカサカサ」という身の毛のよだつ音である。
真凛「(この最期の音は嫌いじゃないんですよね)」
何か小さな物がのたうち回るような、カサカサという音を真凛は耳を澄ませて聞いている。静かな室内には大きすぎる、小さな小さな生命の最後の音。不定期に音のリズムが変わったり、何かをしようとして出来なかったりするような硬い音が聞こえるのだ。
真凛「(向かってきたり飛んできたりしたらすっごく嫌ですけど、袋小路に入って勝手に死んでくれるんなら……まぁいないに越したことはないんですけどね)」
ダンダンとカサカサという音が弱くなっていき、かと思ったらまた一瞬音がしたり、その音を真凛は静かに聞いている。
真凛「(でも目に見えないところで死なれるのも厄介なんですよね……まぁ消しちゃえばいいんですけど……)」
やがて音はしなくなったようだ。
真凛「(出てこなければやられなかったのに。……んふ)」
真凛は少しだけ口角を上げると、それに対して最後の駆除を行った。満足そうな笑みを浮かべながら。