2019年11月24日 Evolution Day
2019年11月24日
ダーウィンの『種の起源』が発表された今日は進化の日、Evolution Dayとして国際的な記念日である。
まずは猿をやめ、280万年ほど前に道具を使うようになったのが人類の最初の一歩。そう、五人少女の中では留音がその時代を生きた人間に最も近い。
いつものリビングにて。衣玖はゲームをプレイしながら、目の前に手のひらサイズの箱をおいていた。それから留音が現れて隣に座るのを待ってからこんな事を言い始める。
衣玖「し、しまったー。この箱の鍵を入れたまま閉めちゃったー。これ、鍵がないと表面のパズルを解除してからじゃないと開けられないんだー。私はちょうど今ゲームで手が離せないし、ルー、代わりにこれ開けてくれない?」
衣玖は明らかに棒読みでわざとらしく留音に箱を手渡した。なにやら箱の前面には面倒な装飾がされており、それがパズルになっているらしい。道具付きでいわゆる知恵の輪の箱版と言ったところだろうか。
留音「えっ、パズル?……出来るかなぁ……」
衣玖「(脇の二本の棒を使うのよ……気づかない……)」
二分ほど格闘した後、留音はその箱の持ち方を変えた。蓋のところを持ち。
留音「……こんなのさ、後でいくらでも直せるだろ」
メキ!!と音を立ててその蓋を無理やり開いたのだった。
留音「ほい。開いたぞ。もう鍵の中に鍵いれんなよ、お前はたまにバカな事するんだから」
留音は恩着せがましく箱部分がひね曲がった箱を衣玖の前に起き、やれやれと肩をすくめた。
衣玖「(やはり猿寄りだったか……道具の使用はまだ未熟ね……)」
そして人類史は道具を使い、改良を重ねることでより強固な知性を獲得する。およそ200万年以上、長い未開の時間が続いたのだという。
そしてその中で一度人間は滅んでいる、という研究もなされている他、更に異彩を放つのが、現在の人類につながる種を作ったのが宇宙人である、という説である。いわゆる進化のミッシングリンク「どうしてこう成り立ったのかわからない」という部分に"既に文明を持った宇宙人が来たから"という仮説を当てはめることで、それを解消してしまおうという説は実際に存在する。
衣玖は真凛と買い物に行った途中、こんな事があった。
真凛「あっ!ネコちゃ~~んっ。ネコちゃんだ~かわいいーっ」
衣玖「……」
真凛は道を外れた場所で日向ぼっこをしているネコを見つけ、てこてこ寄っていくと頭を撫でる。野良猫のようだが人懐こいのか、真凛のナデナデを受け入れて喉をゴロゴロ鳴らしている。
衣玖「……(かわいい)」
衣玖も無言で近づき、無防備な脇腹をスルスル撫で回す。ふわふわでポワポワなお腹に癒やされている途中、ふと真凛が言った。
真凛「そうだ、仲良しのネコちゃんだけが住んでる惑星とかいいですよね?食料は地面からチュールが無限に生えてきたら喧嘩にならないと思いますし」
衣玖「いいわね」
真凛「……いけるかな……」
真凛は真面目な顔をしてネコを撫でている。
衣玖「いけるの?」
真凛「まぁいけなくはないですけど……でものんびり仲良しネコちゃんだけだと滅びちゃうかぁ……やっぱりそれなりに苦しんで切磋琢磨出来る環境と知恵を与えないと……でもこうして日向でのんびりしてるネコちゃんに遊びでそんな事するのは可哀想ですし……」
衣玖「……(遊びで?)」
真凛「そんな目に合うのは人間だけで十分ですよね^^」
あながち宇宙人介入説もゼロではないのかもしれない。真相はともかく、可能性は否定しきれるものではないのだ。
それから人間は近代に近づくにつれて多様に道具を開発し、物々交換という手段を経た後、やがて紀元前10世紀を超えるとついに登場するのが貨幣である。それが今となってはキャッシュレスにまで進化した。
そしてこの家にはひときわその貨幣にうるさいのがいる。
西香「キャッシュレス決済ですか。何やら流行っているようですが」
西香はテレビのニュースを見ながら呟いた。新元号になってから急速に普及を早めているキャッシュレス化のニュースだ。
西香「わたくしは好きませんわね。やはりお金は持ち歩きたいですわ」
衣玖「でも便利よ?お財布と違って基本的に本人しか使えないし、色んな所で会計一瞬で終わるし」
西香「それはいいんですけどね、でも相手を見る時どうですか?わたくしは数々のお財布を見てきました。そこからある程度の相手の年収を推察出来ますわ。しかしそれが携帯でピッ、なんて……お財布の厚みからいくらくらい入っているかもわかりませんし、ゴールドカード、ブラックカード……そういうのもわからなくなります。キャッシュレス化はその辺の配慮が足りませんわよ」
衣玖「そういう反論は初めて聞いたわね」
こうして機械化を重ねる社会に、人間はいつか機械のペットになるという人もいる。しかし言語すら持たなかった人間が、今こうして世界をネットが覆い尽くし、およそ進化の限界点というところに到達した。
そんな人間は長い進化の軌跡を残したが、では次にどこを目指すべきなのか。
あの子はスリッパをパタパタとさせ動き回っていた。晩御飯の片付けを真凛と一緒にしたり、留音がトレーニングを終えるとプロテインを作ってあげたり、西香の話を聞いてあげたり。
そんな様子を見てなんとなく衣玖が思ったのは、種として突き詰めて、世の中を便利にしようと前を見てきた人間が目指すべき次の場所は、手の届く横や後ろにいる誰かに優しく手を差し出す余裕を持つことなのかもしれない、ということだった。