2019年11月23日 不眠の日 わたくしを寝かせなさいな 西香編
2019年11月23日
あなたは布団に入り、次の日の事を考えながら目を瞑っているが、その日の寝付きはあまり良くなかった。自然と眠れないというのは辛いもので、そこに感じる微睡みは深海でも沼とも違う、耐え難く刺々しい氷の上に寝転がっているような心境である。
だがそんなあなたにもいよいよ眠りが訪れる。体が重く沈み込み、周りの微かな雑音が遠ざかり、意識がシャットダウンしていく感覚。……そしてそこに響くのは、扉が開け放たれる無粋な音と、遠慮のない、でもどこか上品で可愛らしい女の子の声だった。
西香「眠れませんの」
どうやら別の部屋の西香が乗り込んできたようだ。あなたはこの感覚を手放すものかと目を瞑り続ける。
西香「ちょっと、わたくしが眠れませんと言ってるんですけど」
西香は扉の脇にある電気をつけたり消したり、あなたの意識を明暗と電気代の面から阻害しようとしてきた。
西香「もう寝てるんですのー?ちょっとー。わたくしを寝かせなさいよ~……」
あなたは電気の情報を断ち切るために布団を深く被った。
西香「あっ、起きてますわね。ね~、眠れませんの~。自分一人で寝てしまおうなんてずるいですわよ~」
いよいよあなたに近づいて体を揺する西香に観念したあなたは被っていた布団を取り払い、西香に向き合う。
西香「わたくし眠れませんの。どうやらこんな時間になっても起きてるあなたもそうみたいですわね。なら丁度いいですわねっ?」
あなたは最大級の不服を表す表情を彼女に向ける。それに対して西香は自分もわかっていると頷いて言う。
西香「そうですわよね、眠れないってとっても疲れますわ。というわけで寝ましょう。まずわたくしを寝かせなさいな。方法はおまかせしますわ。絵本でも子守唄でも、わたくしが眠れればなんだっていいですわよ」
西香はポフっ、とあなたの隣に腰掛けると、あなたが先程まで入っていた布団に入り込んだ。
西香「うーん温いですわね。さぁさぁ、なんでもいいですわよ。何かありますか?お話?お歌?」
いつもの身勝手を前に諦めたあなたは西香の潜り込んだ布団に入ることも出来ず、西香の被った布団の端、その上に乗っかる形で横になると、あなたの持つ最大限の口演を持って寝かせる努力はした。
西香「全く面白みがありませんわね。眠れる気配もありませんわ。つまらなすぎたら眠れるかとも思いましたが、割とそうでもありませんのね」
西香は口元まで被った布団の中でもぞもぞしながらそう言うのだ。それからこんな事を言い始めた。
西香「というかですね、最近寒いんですのよね。わたくしつま先が冷たいと眠れませんの。なんであなたはお布団に入らないのです?」
当然のことと言うか、なんでも無いことを聞いているかのようにさらっとそう言うと、あなたに向かって布団を広げた。
西香「一緒に入ったほうが温かいではありませんか。お入りなさいよ。まぁわたくしのような美少女に緊張する気持ちもわからないでもないですが」
あなたはベッドの上にいながらも少し遠ざかったのだが、西香は逆にあなたの方に寄り、同じ布団の中に収まった。それからもぞもぞと西香は足をあなたの腿のあたりに伸ばし、つま先をあなたの体温に触れさせている。暖でもとっているのだろう。西香のつま先は確かに冷たかった。
西香「あらいい湯たんぽ代わりですわね。もう少し寄り付けば暖かそうですが……おっと、あなたからわたくしに触れるのはご法度ですわよ?男女構わず、わたくしに触れるというのは一定の権限が必要ですからね。こうしてシステム化しないとファンが泣いてしまいますわ」
そんな戯言ではあったが、あなたは体内の温度を少しだけあげた。それはもちろん、こんな身勝手だが見た目だけは最高に可愛らしい美少女が隣にいて、なにやら自分の腿をふにふにとつま先で弄んできているから、というのもあるのだが……一番の原因は、布団と枕がすっかり西香の高貴な香りに包まれてしまっているからだろう。何か花の香りなのか、自分では発し得ないような心地よい芳香が自分の寝具に染み付いている。
西香「……なんだかんだで眠くなっては来ましたわね……ふぁあ……わたくしが眠ったら出ていってくださいね……当然ですけど……」
本当に何を言っているんだろう、あなたはそんな困惑に目を覚ましたりするのだが、でもやっぱりいい香りなのと、だんだん西香の呼吸が一定のリズムに落ち着いてきて、眠りに近づいている事を悟る。あなたもだんだん眠くなってきたようだが、そのペースは西香の方が早いようだ、もう半分以上眠っているのだろう、言葉にもならないような声で言った。
西香「こ……もっと……んふ……」
一応気を遣って背中を向けていたあなたに、西香は片腕を回し、その体をピタリとくっつけてきたのだ。どうやら相手が自分に何かをするのはアウトだが、自分から何かをするのはセーフらしい。
それに西香の体に血液がしっかり循環したのか、いつの間にか彼女のつま先はしっかりと温かくなっており、あなたの足に絡めるように乗せてきている。その他人の温もりに、あなたも心地よさを増して。そんなあなたの耳元に、ゴソゴソと動きながらあなたに身を寄せる西香の声が小さく届いた。
西香「あったかい……」