2019年11月16日 幼稚園の日と寛容の日が一緒にある日
2019年11月16日
真凛「どうしてまた……わたしがお世話を……っ」
残された真凛の前に五歳くらいの子供が三人。ドタドタと暴れまわる幼女達がいた。
るね「じゃんじゃん!じゃん!!!」
元気いっぱいのるねちゃんはソファの上で飛び跳ねまくっているし。
いく「♪~…♪~~」
静かないくちゃんは部屋の隅でお絵かきに勤しんで。
さいか「あのね!それでね!えっとね!」
さいかちゃんは一生懸命あの子の膝下でおしゃべりしようとしている。
真凛「どどど、どうして……というかどうしようー……あっ!!」
最初はるねちゃんだった。ソファのぴょんぴょん跳ねながら、底においてあるクッションが邪魔だったのだろう、両手で持ってどこかへポーイとぶん投げている。
真凛「こここ、こら―!!るねさん!そんなことしちゃだめですよぉー!」
るね「わーいわーい!じゃんぷじゃんぷ!!」
真凛「ほこり……埃が……舞って……や、やめ……」
次に真凛に目を疑わせたのはいくちゃんである。お絵かきをしていたと思ったが、どうやらお絵かきノート的な物を用意せず、クレヨンをそのまま床に滑らせていたのだ。それが壁を伝っていったところで真凛がようやく大変な事態であることに気付いた。
真凛「ちょおおおっっとおおおお!!いくさああああん!!脳みそ入ってるんですかァァァあ!?」
いく「1116でちょ。わたちの創造意欲はとどまることをちらないの」
真凛「ちらない!?散りますよぉ!?命がぁ!」
頭を抱える真凛に対して、先程まであの子の腰にしがみついていたさいかちゃんが近づいて来ていた。そして真凛の服の裾をひっぱる。
さいか「ねぇねぇおねえちゃん。ひめくりしてるひとなのに、きょうが"かんようのひ"だってちらないのぉ?」
真凛「観用!?皆さんを血抜きして保存しておくことが許される日ってことですかぁ!?」
いく「ううん、ちがうよ。寛容は、他人に対して心を広く、文化や言動などを受け入れること、罪や欠点を厳しく責めないことを言うの」
さいか「おねえちゃん、ひめくりしてるひとなのに、かんよう、しないんでしゅの?」
真凛「んなっ……なっ……なんという……ことですか……わたしだけ……なんで……ア゛っ!!」
ポカンとしている真凛に向けて、るねちゃんが別のクッションを投げたのだ。それが真凛の顔面に気持ちよく入った。真凛は震えるハートを抑えに抑え、冷静さを呼び戻すために口を閉じて鼻で深い息をして、それからいくちゃんの肩を掴んで言う。
真凛「ちょっと……何があったんですか、衣玖さん……」
どうせまた衣玖さんの妙ちくりんな開発でしょ……そんなつもりで訊いたのだが。
いく「ちらないもん。お姉ちゃん冷静に考えて。わたちは幼稚園児なのになにを求めているの」
真凛「なっ、何をって……だったら……こんな世界……いっそ全て破壊して……」
真凛は破壊パワーをチャージし始めて、この日を何もなかったことにしようとしている。その行動に指を差すさいかちゃん。
さいか「あー!かんようしてないー!ぜんぶろくおんしまちたわ~!ひめくりのひとがひめくりちてないでしゅわ~!」
いく「さいかちゃんすごーい、今日が録音文化の日ってことも把握してるー」
さいかちゃんの持った録音機器からは「全てを破壊して」という言葉が繰り返し流された。その横をドタドタドタとるねちゃんが走り回る。
るね「あははははははは!!」
自由すぎる子どもたちを前に真凛は頭の中が霞んでいくような錯覚を覚え、耐えきれなくなってあの子にすがりついた。
真凛「うわぁぁぁん!昨日もわたし、大人役だったのに~!どうして今日も貧乏くじなんですかぁ~!」
あの子はアガペーの心で真凛を受け入れてよしよしと撫でて「頑張ってるね」というような言葉をかけてあげる。
真凛「今の時点でこの日めくりをできるのはわたしだけ!だから今日の幼稚園の日も寛容の日もわたしがやらなきゃならないんです!でもこんなの耐えきれない!この意味不明な幼稚園児になって悪質化したおバカさん達の自由を寛容するのは苦行すぎます!!破壊したい!!全てを破壊したいですぅー!!」
さいか「あ!またかんようじゃないはつげんでしゅわ~!」
いく「ぐいーん。みてみて、窓と床を使って新しい不可能図形を描いてみたの」
るね「あっはっはっははは!いみわかんない!」
さいかちゃんはやっぱり言質を取ったばかりに録音機器を掲げているし、いくちゃんはクレヨンで窓と床を立体的に使って脳が混乱するような図形を描いているし、それを不思議がったるねちゃんはクレヨンで描かれた絵の上をドタドタ走り回るものだからクレヨンが足に移って、るねちゃんが走り回る度にうっすらと足跡の一部が床に残っている。
真凛「うわあああああん!なんですか寛容って!わたしだって寛容したいですけど!!こんな理解のない人たちへの寛容は無理です!!!でも寛容の日じゃ寛容しなきゃなりません!!わたしは寛容の日の存在を寛容しないと寛容の日に寛容が出来ない寛容しがたい人物になってしまいます!真凛という名前が不寛容な人間を表す慣用句になってしまうかもしれませんー!」
あの子は理解を示すように真凛を抱きしめ、それからこんな事を言ったのだ。「人はどこまでも寛容である必要はないんだよ。ただ不寛容に不寛容でいて、いちばん大事なのは相手を尊重する気持ちだよ」と。
それを訊いた真凛は後ろで寛容ダンスを踊る三人の園児達を無視して、あの子に涙目で尋ねた。
真凛「じゃあこんな世界、滅ぼしても良いんですかぁ……?園児達がわたしに寛容ならいいはずですよね……?逆にわたしに不寛容ならわたしも園児達を不寛容に排除してもいいですよね……」
あの子はちょっとだけ「それは違うかもしれない」と思ったが、真凛の潤んだ瞳に答えたくてぎゅっと抱きしめてあげた。それを肯定と受け取った真凛は「どうせ直すからいいですよね」という気持ちで。
真凛「じゃあ爆発しま―ーーーーす!!!!」
大爆発して全てを破壊し尽くしたのだった。……というところで、ぱっと目が覚めた。
真凛「……はっ。夢でしたか……なんて意味不明の夢……。疲れているのかもしれませんね……こんな日はお芋料理でも作って元気をつけなきゃ……」
寛容という言葉は良い言葉だが、これには矛盾がある。だから寛容の日である今日は、改めて不寛容に不寛容な日、とするべきなのかもしれない。