2019年7月31日 パラグライダー記念日だけど間違えた
2019年7月31日
留音は駆けた。そして両の手に持ったハンドルをしっかり握り、両足を地から離す。
風を読み、ハンドルから繋がる翼を制御し、留音の身は空に向かって飛び出した。吹きつける風を味方につけ、ほんの少しずつその翼は地上にいる真凛と西香、そしてあの子との距離を遠ざけていった。
「よし……!」
留音は握ったハンググライダーのハンドルを親指で少し撫でるように滑らせ、もう一度強く握った。ここまでは順調に地上とバランスの良い場所で滑空できている。後は上昇気流さえ見つかれば翼を回転させていくことで更に上空へ飛び出していくことが出来るだろう。
しかし、どうして留音はハンググライダーをするはめになったのか?
それはほんの少し前、このような電話がかかってきたのだ。
『お前の家に住む天才美少女、衣玖(いく)は我々が預かった。一時間以内に彼女の脳は取り出され、我が宇宙共同科学会の贄となるのだ。お前たちに衣玖を助けに来ることは不可能だ。何故ならそれが行われる場所は車などでは絶対に来ることが出来ない山地の奥の方の細道の方だからだ……ちなみに空からなら近いがお前たちは誰もヘリコプターとか操縦できないだろう、残念だったな……』
「な、なんだって……!?みんな大変だ!衣玖が拐われたらしい!やたら律儀な電話がかかってきたぞ!!!」
だがこの家の電話には自動的に相手の発信元を特定する機能が搭載されている。それは衣玖が迷惑電話対策に片手間で作ったものであったが、自身の誘拐事件に際して極めて有効に作用した。
「っく、発信元は本当に山地の奥の方の細道の方だ!!!……これじゃあたしが本気のチャリこぎでかっ飛んでも一時間一秒かかっちまう……!いまからヘリを用意することでも出来ない……どうすればいいんだ!!」
しかしこの家の掃除を担当する真凛は、先日この家でたまたまあるものを見つけていたのだ。
「留音さん……もしかしたらどうにかなるかもしれません……!」
そう、それが今現在留音が握っているハンググライダーだったのだ。
「みんな、安心してくれ、これを使えば目的地まで一直線に空路で行ける。後はあたしが衣玖を連れて帰ってくるからな……!!」
そして留音は地上を蹴り出した。後方ではみんなの「頑張れー!」という応援が聞こえてくる。向かった方向もバッチリ問題ない。だがハンググライダーを出すのに少し時間がかかってしまった。このままでは、もしかしたら衣玖のいる場所に到達するのはギリギリになるかもしれない……!
「留音さん頑張れー!」
しかしもうだいぶ飛んだはずだ。上昇気流で三回は高度をあげている。地上はもう人間一人など認識出来ないほどに離れている。
「留音さーん!頑張れー!」
ヤツらのいるアジトを見つけたらどうする?空中からサンダーフォールブラストアタックを決めて家屋ごと倒壊させて一網打尽にするか?
「頑張れ☆頑張れ☆留・音・さーん!必ず衣玖さんを助け出してくださーい!」
しかしそれでは衣玖への被害がわからない。やはり近場に降りてステルスキルで静かにやるべきか……?
「もう少しで目的地ですよー!頑張ってくださいねー!!」
「ってうるさいよ!!もう少しで目的地ってナビじゃないんだからっていうか真凛!!?」
ハンググライダーで飛んでいる留音の少し後ろを、ピューッと生身で飛行道具も使わずに浮遊する真凛がいたのだ。
「応援してますよー!頑張ってくださいー!」
「いや応援してますじゃねぇよ!お前なんで単品身一つで一緒に飛んできてんだよ!?」
「えっ?……あっ!応援に夢中になって一緒に飛んできてました!!ご、ごめんなさい……衣玖さんの事は任せましたよー!」
そう言って真凛は家のあった方向に飛んでいってしまった。真凛には本編のゆでダコのエピソードで飛べる設定が付与されている。(ネタバレ)
「ったく……無意識に一緒に飛んでくるなんていつにも増して緊張感が無いやつだな……!だがもう奴らのアジトが見えてきた……!少し旋回して様子を見るか……!」
「留音さーん!!もう一回ごめんなさーい!」
じっくりと建物を観察する留音の横に再び真凛が飛んできた。
「なんだよ、またか!?」
「あの、今帰ったら天気予報やってて、これからこっちの方雨になるみたいなので傘持ってきました!はい!衣玖さんの分の傘も!じゃあ頑張ってくださいね!」
「おう!ありがとう!っていうか早いな!お前5秒位あれば陸路で1時間かかる距離往復できるんだ!あたし要るかな?!」
「何言ってるんですかぁ!衣玖さんを助けられるのは幼馴染の留音さんしかいませんよぅ!頑張ってくださーい!先帰ってまぁす!」
で、普通に助けて普通に傘さして家に帰った。衣玖はずっと寝てたらしく留音の大暴れは見てないが、誰にも特に問題なく悪漢のみをボッコボコにしてハッピーエンド的に色々終わった一日だった。
そんな今日は、パラグライダー記念日です。
ちなみに上で使われているのはパラグライダーではなくハンググライダーです。全くの別物ですが、作者は最初パラグライダーとハンググライダーを勘違いしたまま書き進めてしまい、もうパラグライダーに直せないからいいやと開き直ってハンググライダーのまま済ませました。