2019年11月5日 いい男の日
2019年11月5日
衣玖「まずは口調よね。一人称はとりあえずダンディに『俺』か紳士的に『私』がいいかな」
留音「あぁそこであえて『僕』ってのも良いかもしれないけどな。それでこう、自信満々でさ、女性をエスコートしてくれるような人がいいよな」
真凛「あとは~……うーん、よくわからないですけどぉ……落ち着いた声でお料理褒めてくれたりしたら嬉しいかもですね~」
なんとも珍しいことに、美少女たちは理想のイケメンについてそんな話をしていた。今日はいい男の日、ということが関係しているのだろう。そしてその会話の中で、みんなの視線は西香の方を向く。
衣玖「そうね。とりあえず見た目は完璧だもの。あとはまぁ性格とか振る舞いとか……西香」
西香「そうではなくてですね!どうにかしてほしいって言ってるのです!!どうして……どうしてわたくしが男性になっているのですか!」
というわけで、何故か今日の朝から男体化している西香がいたわけであるのだが。
衣玖「細胞レベルでバカになったんじゃない?」
真凛「何かバチが当たったんですかねぇ」
留音「正直そういうのはあたしの役目だと思ってたよ」
西香「きーーー!!真面目にお話して下さい!!」
西香は口調こそ変わらないが、長身の紳士的なヒゲを備え、映画でトム・○ルーズの吹き替えでも担当していそうな渋みのある深い声質と、西香の元々の可愛さがそのまま男のかっこよさ方向に昇華したような端正な顔立ちは、いわゆるイケメンとして完璧な要素を備えていたのだ。なのに口調はいつもと変わらないことで、みんなは面白がっているようだ。
衣玖「せっかく男の声なんだし、もうちょっとかっこよく喋ってよ」
留音「うん。あとは"ですわ~"とか、そういうのもやめてほしいよな」
真凛「こんなにかっこいい感じにお髭も生やしちゃってますしねぇ」
衣玖「西香、ちょっと試してみてよ。いい感じにこう……」
西香「っとにもうこの人達は……はぁ。じゃあ……」
西香は衣玖の方に近づいていくと、衣玖を押し込んで壁の方に体を押し込んで、それから片手で壁に手を付き、吐息混じりの声で喋る。
西香「ねぇ衣玖さん……俺の体……直してくれないかな。衣玖さんの……ここで」
いわゆる壁ドンをしながら、もう片方の手で衣玖の頭をツンツンと小突いた。そのそれっぽい行動に後ろで見ている真凛と留音は笑って楽しんでいる。
真凛「きゃー!きゃー!」
留音「お前ノリノリかよ―!お前っ……ノリノリかよー!!」
反面、衣玖は目をまんまるに見開き、満更でもない表情で頬をぽやっと染めていた。
衣玖「あっ……あぉっ……が、頑張る、ます……」
西香「……衣玖さんめちゃくちゃ顔赤いのですが」
留音「照・れ・て・る!!!ぶっはっは!!西香だぞこれ!西香だぞこれ!!ぶっは!」
衣玖「う、うるさいなっ……そんな事言うならルーもやられてみなさいよ!!」
西香「あのう衣玖さん、とっととわたくしの体を元に戻す何かを用意してほしいのですけど」
衣玖「直すわよっ……で、でも……ルーを照れさせたらね……」
衣玖は悔しそうに、ツンとそっぽを向きながらそう西香に提案した。ただし視線は常に泳ぎ、西香の方向からは逸し続けている。
真凛「あれ?衣玖さんが西香さんの方を見なくなりましたよ?」
西香「なんなんですの……くっそめんどくさいですわね……」
留音「ぷふふ、西香、お前その口調だめだって、ただのオネエ系じゃん。こんなのにときめかねぇよー、なまじ内面知ってるだけにさぁー」
なぁー?と真凛に同意を求める留音に、西香はため息交じりに近づいていき、先程の衣玖のときと同じように留音のことも壁の方に追い詰め、また片手を壁に置いて留音に顔を近づけている。それに留音が目を丸くして西香の嫌になるほど整った顔を見た。
留音「ひっ……ぃえっ……」
西香「……ねぇ、留音さん……俺の瞳、ちゃんと見てくれる?」
これも照れさせるためだ、と西香は留音に顔をぐっと近づけ、吐息を交換できるほどの距離でそう囁いた。ダンディな顔が突然自分の目の前に迫ってきた事に驚き、留音は頭を後ろの壁にガンと当てて、声を震わせながらたじろぐ。
留音「ちょ……ちょっと……やだっ……ちかっ……」
高くて上ずった声である。その上顔を斜めにそらして両手は「ダメ」のポーズを取って胸元を守るように掲げているが、緊張からか西香に触れることはしなかった。
衣玖「はいカンカンカンカーン!!ルーの負け!!!」
まさに完全敗北である。
西香「っとにも~……わたくしで遊ばないでくださいな……困ってるんですってば」
留音も西香の事を直視できなくなったようだ。へなっとその場に座り込んで大きなため息を残す。
真凛「留音さん、顔真っ赤っかですよぉ?相手は西香さんですってばぁ」
留音「……だってびっくりしたから……(もじもじ)」
衣玖「ルーもオチたわね。じゃあ次真凛」
西香「も~!わたくしで遊ばないでって言ってるでしょう!」
真凛「でもこの際ですし、やってみてほしいです~☆」
真凛は能天気にそう言った。西香は手招きする。
西香「じゃあ……はい、こちらにいらして、真凛さん」
真凛「わ~、壁ドンだ~☆」
聞いたことだけはあるんです~と、やっぱりお気楽に自ら壁を背に立った真凛に対し、今度は壁に肘を付き、再びごく至近距離に顔を寄せる。
西香「……真凛さんの香りがする……ベリー系?」
西香は真凛の顎をクッと引いてそう言うと、真凛は肩を縮めてほんのりと顔を赤くして、瞬きしなくなった視線で西香の事を見つめた。
西香「そういえばお腹減ったんだ……ねぇ、今すごく欲しいんだ(食べ物が)……。真凛さん(の香りが)とっても美味しそう。(香りにやられてお腹が減ってしまったので、冷蔵庫にあるもの)食べちゃっていい?」
魅惑的な囁き声を耳元で吐息とともに贈られた真凛は怯えたウサギのように縮こまり、すっかり床の方に落とす。いつもなら「真凛さーんお腹減りましたわ~、なんか小腹に入れるのくださーい」という会話でやりとりしているのと同じような会話内容であるのだが、受け手の反応が全く違っている。
留音「やばいぞ……西香男無敵かもしれん……このままじゃこの家のパワーバランスが大変なことになる……衣玖、早急に解除装置を作ってくれ……」
衣玖「そ、そうね……中身が西香だって油断がここまで命取りになるとは思わなかったわ……」
西香「なんだかよくわかりませんが、わたくしはいい男であるよりもやっぱり美少女でないと泣く方が多いはずですわ。早く戻してくださいな」
危うく潜在的西香ファンが3人増えかけたそうだ。(ちなみにあの子の反応はいつもと変わらず、むしろ西香のほうが男の自分の姿を見せたくないと拒否したそうな)