三本足の犬
ようこそのお運びさまで。
相変わらずおしゃべりで皆さまのお暇を頂戴しております。
落語のほうでは、バカバカしい登場人物がでないとお話しができません。
だいたい、こう言うのは七兵衛、八五郎、熊吉なんてのに相場は決まっております。
七、八、九と、言葉にしても覚えやすい。
たいていこれが物が分からずに聞いてくる。
聞かれる相手もだいたい、「横丁のご隠居」と決まっております。
なぜか横丁なんですね。あまり大通りのご隠居なんてのは聞きはしません。
これがまた「知らない」と言えない。
知ったかぶりをして、無理をゴリ押ししていかないと、落語のほうでもお笑いが薄うございます。
「よお、ご隠居!」
「おお来たか愚者。まぁ上がれ愚者。もそっとこれへ愚者」
「愚者、愚者って潰されたみてぇだ」
「今日はなんだ」
「今日はご隠居に聞きてぇことがありやして。ご隠居は何でも知ってると聞きやしたんで」
八五郎のほうではご隠居に知らないと言わせてからかうつもりですが、ご隠居のほうでは何でも知ってると言われていい気分。良い心持ちになって八五郎を歓待いたします。
「どんなことを聞きたいんだ。何でも聞いてみろ。森羅万象、神社仏閣」
「へぇ。海にマグロって魚がおりやすよねぇ。デカい魚だ。あれは何でマグロになった?」
「あれは黒い魚でな。舟の上から群れを見ると海が真っ黒に見える! おーい、真っ黒になったぞー。真っ黒がきたぞ。……とやっているうちにマグロになった」
「へぇ……だってありゃ、身は赤ぇでしょ? トロの部分なんて桃色してらぁ」
「マグロが切り身で泳いで来るか!」
「ウナギって魚はどうです? あれは何でウナギになったんです?」
「あれは元々“ぬる”と言ったな。ぬるぬるしてるから“ぬる”だ。お前は鵜と言う鳥を知ってるか?魚を飲む鳥で、これがぬるを飲み込もうとするがなかなか飲み込めない。目を白黒させてるところを見た人間が“おや。鵜が難儀をしておる。あれは鵜難儀だ”と言ってウナギになった」
「へぇ……鵜難儀ねぇ。アレを焼いたのは蒲焼きって言いますけど何で蒲焼きに?」
「アレを食べたらバカにうまいだろ?だからバカ焼き……」
「バカ? いえ、ご隠居。バカじゃありやせん。蒲焼き……。バカとカバじゃ逆さですよ?」
「ひっくり返さなくては焦げるだろ?」
「……なるほど……ひっくり返さなくっちゃぁ焦げちゃうからな。じゃ、ドジョウは?」
「あれはドロから生じるからドジョウというのだ」
「こりゃご隠居早かったね。なるほどドロから生じるからドジョウねぇ……うーん」
なかなか知らないと言わないご隠居。
八五郎の方でもネタがなくなって来てしまいます。
そこに道行く犬が道端で片足を上げて小便をしているのが見えました。
「ご隠居。なんで犬ってのは片足を上げて小便をするんです」
「あれは……あれはな。あれは……」
「おや、ご隠居でも知らないことがありやすか」
ムッとしたご隠居。得意のこじつけでこの難局を乗り切ろうとします。
「犬はな、もともと足が三本しかなかった。周りの獣が速く走るのに、犬は足が少ない悲しさ。どうしても追いつけなかった」
「へぇっ! そうなんですかい!」
「うむ。それを不憫に思った神様。何とかしてやりたい。しかし自分の足をやるわけには行かない。お前は“五徳”と言うものを知っておるか?」
「へぇ。火鉢の上にあって鉄瓶を乗せるアレでやしょ?」
「そうだ。あれは昔は“いつ”といってな、今でこそ足が四本だが昔は五本あった」
「へぇ。そうなんですかい」
「神様が“いつ”におっしゃった。“そなたは大罪人じゃが犬に足を一本やれば今までの罪を忘れ、名前に“徳”の字をつけてやろう”こう言われたら“いつ”の方でも二つ返事だった。五本ある足の一本くれてやったところで痛くもかゆくも無い」
「へぇ~」
「それで犬の足は四本になった。しかし神様からもらった足だ。これを小便で濡らしては不敬だと言うことで片足を上げて小便をするようになったんだ」
「ふぅ~ん。しかし、五徳の前の名前……“いつ”はどんな大罪を犯したっていうんです?」
「無学なお前には分かるまい」
「へぇ。分からねぇんで教えてくだせぇ」
「お前は“ひとつ”から“とお”までを言えるか?」
「へぇ……。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ、ななつ、やっつ、ここのつ、とお」
「そうだ。神様は“ひとつ”から“とお”まで全てに“つ”の字を下さった」
「へぇ……。ひとつ、ふたつ、みっつ……ホントだ! “つ”がありやすね!」
「ところが“とお”には“つ”がつかん。この中に“つ”を盗んだ不届き者がおる」
「へぇ……。それは一体誰で……」
「わからんのか。“いつ”がいつの間にか“つ”を我が物としたのでそれで大罪人と言われたのだ」
……お時間でございます。