ひひ
ようこそのお運びさまで。
相変わらずばかばかしい噺でお暇を頂戴しております。
それぞれ、好物というものはあるものでして、江戸の名物に
武士、鰹、大名小路、広小路、茶店、紫、色紙、錦絵、火事に、喧嘩に中腹。
なんてことを申しますが、この「鰹」が二番目に来ております。
江戸の人は大変重宝したといいます。
どてらを質に 入れ初がつお
わさびなくとも 身にしみる
なんて歌もありますが、
江戸っ子てものは初がつおを大変好んだといいますな。
初物を食べると寿命が75日延びたと言いますから、ヨメを質に入れても初鰹を食おうなんて話もあったぐらいで…。
「まいどぉ、初鰹持ってきたぜ」
「おう、ありがてぇありがてぇ!」
「銭はいつでもいいぜ。置いてくぜ」
と、気のいい魚屋は次のお得意に行っちまいます。
「おーい、おみつ」
「はーい。あら?」
奥さんのおみつさん。
ちゃぶ台に初鰹がのっていて呆れ顔。
「魚屋が初鰹持ってきたんだ。銭を払え!」
「何言ってんだい。アンタ……。銭をなんてありゃしないよ」
「なにをぅ!?」
「ありゃしないよ!」
強く出た江戸っ子のダンナ。
おみつさんの逆襲に声も小さくなります。
「じゃぁ、何か入れてくればいいだろ?」
「入れるもんだってありゃしないよ。みんないれちまったんだから」
「おめぇ着てるじゃねぇか」
「そりゃ着てますよ」
「脱げよ」
「やだよ…。自分で食べんじゃないか。自分でお脱ぎよ」
「そうかい? じゃぁ俺、脱ぐよ」
と話はまとまり自分のどてらを質に入れて初鰹を食べまして、次の日に湯屋に行きますと、友だちもやって参ります。
「どうだ? 初鰹食ったかぁ?」
「食った!」
「えれぇなぁ! 旨かったか!?」
「寒かった」
なるほど、わさびなくとも身にしみたに相違ありません。
さて、ある土地に“ひひ”と言う化け物がありまして毎月、年頃の乙女を捧げないと大暴れすると言うことで泣く泣く自分たちの娘を捧げておりました。
ある時、不幸にもそれに当たってしまった娘。
しかしこれには将来を誓った相手がおりまして、生贄にされる前に手を取り合って逃げてしまいます。
ある山に差し掛かったところで
目の大きな化け物に出会います。
化け物は娘を肩に担ぎ、男を殴って気絶させます。
しばらくして目を覚ました男。
いなくなった娘を探して山野を彷徨いますと、沢の向こうで娘が立っておりました。
「おおい! こっちにこい!」
と男が手招きしますと、娘は無言で大木を指差します。
その木の上には例の化け物。
男は驚いて
「逃げろ!」
と言いますが娘はあなたが逃げてと言うや否や木の上から化け物が娘に飛びかかり頭からバリバリと食べてしまいました。
……。
どこをどう逃げたか分かりませんが男が山野を逃げ惑いますと、向こうに灯りが見えますので人がいるのかと行ってみますと、果たして化け物の集団でした。
男は恐ろしくなり身を伏せておりますと娘を食べてしまった化け物が進み出て来ます。
たちまち場は厳かな雰囲気となりました。
「しっぺい太郎はおるか?」
とまわりに尋ねますと
「おりませぬ」
「左様か。あれには敵わない。いないのなら幸いだ。では宴を始めよう」
とたんにプウンと芳醇な酒の香り。
積み上げられる鹿や兎の肉。
それをバリバリと音を立てながら食べ始めます。
男は朝まで生きた心地がしませんでした。
気付きますとすでに化け物たちは散会しておりまして男は山を駆け下りました。
そして、しっぺい太郎を探しますと、果たして一匹の犬でした。
それを借り受けまた山へ登り、繁みに隠れて宴を待ちますと、一匹、また一匹と集まって参りまして最後に娘を食べた化け物がやって参りました。
「しっぺい太郎はおるか?」
「おりませぬ」
「左様か」
とやったところで男は繁みからガサリと立ち上がり
「ここにおるぞ!」
と叫んだところでしっぺい太郎がピョーイと躍り出て化け物たちの喉元に噛みつきますと、一匹、また一匹と倒れてしまいます。
最後の大ボスも倒れて、男がその正体をのぞみますと果たして大きな猿でした。
息も絶え絶えを引っ掴んで
「やいやい! なぜ娘ばかり狙った!」
とすごみますと
「初物を食べると寿命が75日延びるから……」
……お時間で御座います。