真面目が取り柄な私の自慢
ピピピピピピピピピピ
聞き慣れたアラームの音で目が覚めました。
私から離れるなと今日も口説いてくる布団の誘惑をはね除け、大きく体を伸ばします。
働かない頭を覚ますために、顔を洗い
意識を覚醒させました。
「あ~、寝たい、二度寝したい、三度寝もありですね。これは」
未練がましく、ブツブツと文句を言いながら着替え、外出の準備をします。
とはいっても、スーツを来て、上から白衣を羽織り、クローバー型の髪留を白衣の胸ポケットにしまう。これで、準備は終わりです。
化粧?そんなめんどくさいことはしません。
そう、私は怠惰な女なのです。
...........昔はしてたんですよ。いやほんとに、
でも、
「誰も気にしないから、しょうがないですよね」
完璧な理論、反論のしようがない。
友人に伝えたら、可哀想なものをみる目で見られましたけど
「それじゃ、行きますか」
いざ、出勤です。
まぁ、仕事場まで徒歩三分なんですけどね。
なんなら、同じ建物です。
仕事場に向かう途中、ある部屋に寄ります。
目当ての人物はスヤスヤと眠っています。
彼が起きるように少しだけ大きな声で喋りかけます。
「おはようごさいます。ふふふ、今日も私の方が早く目を覚ましましたよ。私の勝ちですね。いや~、敗北を知りたいです。」
けれど、彼が目を覚ますことありません。
彼は約十年、目を覚まさしていないのです。
彼はある病を患っています。
眠り病、通称、白雪病
原因不明の不治の病、世界三大奇病の一つ
症状は名前の通り、ただ眠るだけ。
多くは思春期に発症する。
初期段階では、一日~三日、それから一週間、一か月、一年と、眠る時間が増えていく。
「また、春が来ましたよ。いつものメンバーで毎年恒例の花見に行きます。」
こうして、職場に行く前に彼に声をかけ、勝ち誇る、これが此処で働けるようになってからの日課です。
負けず嫌いな彼が、起き上がるのではないかという淡い幻想にすがっているだけの悪あがきです。
「じゃあ、今日も働いてきますね。歴史に名を残す.............かもしれない研究の続きです」
私はある研究をしています
とは言ってもやっていることは、大層なものではないのですが、
何せ、私が知りたいのは寝坊助な友人を起こす方法。
けれど、
たったそれだけの方法を見つけることが
出来ませんでした。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「過去形ですけどね!!!」
「うぉっ!!びっくりした!どうしたんですか??教授?.......ああ、いつもの」
その納得の仕方は抵抗がありますよ
「助手君、いつものとは酷くないですか?」
「言われたくなかったら、普段の行動を改めて下さいよ」
「小中高と成績表には常に真面目、と書かれていたこの私が、何を改めてたらいいと言うのですか?」
「毎回言ってますけど、全職員疑ってますよ」
本当のことなんですけどね。
「確かに、多少明るくなったかもしれないですけど」
「はいはい、そうですね、分かりましたから仕事しましょうよ」
「助手君が冷たい.................はいはい、仕事しますから睨まないでください」
「どうぞ、計測データです」
「ん、ありがとうございます」
助手君から貰ったタブレットに目を通す
「......良好ですね。それで肝心の許可はおりたのですか?」
「はい、先程正式に許可がおりました」
ぐっ
思わず拳を握りしめる。
ようやくここまで来ましたよ........!!
ニヤけそうになる顔を必死に留めるが、その結果、可笑しな顔になっているのだろう。
助手君がドン引きしている。
「うわぁ」
聞かなかったことにしておきます
「それじゃあ、早速始めましょう」
助手君に視線を向けると、分かっているとばかりに頷きました。
「はい、準備は万全です」
「流石、頼りにしてますよ」
相変わらず頼りになるね、助手君は
さて、寝坊助を起こしにいきますか
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
私と彼が出会ったのは、高二の春、彼は転校生としてやってきました。
真面目と評判の私は、当然のように学級委員長に任命され、その仕事の一環として、担任に転校生の学校の案内を任されました。
「よろしく、委員長」
「あ、はい。よろしくお願いします」
彼は明るい人で、すぐにクラスでも人気者になりました。
「委員長、なんの本読んでるの?」
「これですか?ファンタジー物です。面白いですよ」
「へぇー、ちょっと見せ...............英語っ!!」
「はい、勉強も兼ねて」
「はへー、委員長凄いな、俺、英語はさっぱりだわ」
「慣れだと思いますよ」
彼はよく話しかけてくれました。
彼はいつも人に囲まれていて、あまり長い時間喋る訳ではないのですが、ほんの数分でも、とても楽しかったのを覚えています。
彼と一緒にいる時間が増えたきっかけは、梅雨頃でした。
「あれ?委員長?..............何やってんの?」
「四ツ葉のクローバーを探してます」
「こんなどしゃ降りの中?なんでまた?」
「........約束をしたんです。近所の子供に、四ツ葉のクローバーの押し花で栞を作るって」
「別に今日探さなくてもいいんじゃない?また晴れた日に探そうぜ。風邪引くよ?」
「明日までに作ると約束したので」
「この雨じゃ、しょうがないと思うけど」
「............................私、たった一つですけど、人に自慢できることがあるんです」
「自慢?」
「私、約束を破ったことがないんです」
「........でも、今回ぐらいはさ」
「確かに、しょうがないと言ってくれると思いますし、私もそう思います。だから、これは只の意地で、我儘です」
「............................はぁ」
「?どうしたんですか?」
「別に?」
「いや、あの、何で隣でしゃがみこんでいるのですか?」
「だって、こうしないとよく見えないし」
「そうではなくて」
「手伝わせてもらいますー!!流石にスルーは出来ないし!」
「風邪引きますよ?」
「ブーメランっ!!」
「.........ふふ、ありがとうございます」
「はいはい、さっさと探そう.................お、一つ見っけ」
「そんなっ............!!私の数時間の努力が!」
これを機に、彼と過ごす時間が増えました。
それはそうとして、このときは若干の殺意を覚えましたね。
私の学校生活はかなり変わりました。
朝、挨拶する回数が増えました。
「おはよー、委員長!」
「おっはー!」
「おはよう」
「おはようごさいます」
彼がよくいるメンバーと昼食をとるようになりました。
「委員長のお弁当って美味しそうだよね」
「私もそう思う!手作り??手作りって憧れるなぁ!」
「...........いえ、母が作っています」
「............お、おう」
「...............なんか、ご、ごめん」
「いえ、気にしてませんから」
誰かと一緒に帰るようになりました。
「また、明日なー!」
「はい、また明日」
休みの日も誰かと出掛けるようになりました
「映画、面白かったな委員長!まさか、あの英訳の本が映画化するとは」
「はい、実に素晴らしかったです!続編もありそうだったので期待が膨らみますね!!!」
「おおう、テンション高めなレアな委員長だ」
「続編も見に行きましょうね!」
「そうだな、約束だ」
とても楽しかったです。きっとあの時間を青春と呼ぶのでしょう。
けれど、その時間はあまり長くありませんでした。
彼が、ポツポツと学校を休む回数が増えてきました。
理由を聞いても、彼は、なんでもないと笑って、理由を話してはくれません。
言いたくないと言う、彼の意思を尊重して、誰も深くは聞きませんでした。
ある日、彼はクラスで倒れました。
クラス中大騒ぎです。
彼はすぐに病院に運ばれ、入院しました。
そして、彼の病が判明し、休んでいた理由がクラス中にバレました
みんな怒りましたね。大激怒です。
気の良いクラスのみんながあんなに怒るなんて、彼も思ってなかったのでしょう。
ものすごく驚いていました。
「本当にびっくりしんだからな!ちゃんと言っとけよ!!」
「本当だよ!心臓が止まるかと思ったんだから」
「まったくですよ。教えてもらわないと正しい対処が出来ないではないですか」
いまいち、ピンときていない彼に、クラスの代表として委員長の私が言いました。
「もっと頼れとかは言うつもりはありません。
そういうの苦手なのは知っていますから、だから、こっちで勝手に助けます」
彼がその言葉を聴いて何を思ったかについては知りません。
私は彼に知って欲しかったんです。
貴方のことを大切に思っている人がたくさんいることを知って欲しかったのです。
届いたのかどうかは分かりません。
ただ、彼が泣く姿を初めて見ました。
あんなことを言いましたが、それからの生活に、なにか変化があったかというと、そうでもありません。
春は、花見に行きました。
夏は、花火をしました。
秋は、まぁ、勉強漬けでしたね。受験だったので
冬は、雪だるまを作りました。
前の一年よりもっと楽しい一年でした。
そして、私達が高校を卒業する日、彼は深い眠りにつきました。
まったく、酷い卒業祝いですよ。
みんな、落ち込んで酷い有様でした。
私もショックでした。
それでも、なんとか立ち直ろうと頑張りました
一年後、彼は目を覚ましました。
「起きたんですか!?」
「おはよう、委員長、あ、髪伸びた?」
「あ、おはようございます.................では、なくて!!」
「あははは、まぁ多分、またすぐに寝ると思うけど」
「........................そう、ですか」
「次はいつ起きるか分かんないから、皆と話しておきたくて」
「わざわざ、個別にですか?」
「そう、個別に」
「しかも、私は最後ですか........」
「うん、最後は委員長がいいなと思って」
「ロクなことじゃない予感が凄いのですが、一応、聞きましょう」
「もう、俺のこと、忘れ..」
「嫌です」
「てくれ.......せめて、最後まで聞いてくれ」
「何をバカいってるんですか」
「おおう、なにその顔、腹立つ」
「どうせ、皆も同じ答えでしたでしょう?」
「...........そうだな、泣かれたし、殴られた」
「分かってたことでしょうに」
「だとしても、俺は言うべきだと思った。俺に出来ることは少ないからな」
「自虐なんてらしくないですよ」
「いやー、これでも、結構しんどくてさ、割とキテる。やっぱ、一年はなげーわ」
「はぁ」
「ため息は酷くないですかね?」
「あの日、言ったでしょう?」
「?」
「勝手に助けると、だから、助けるのが遅いとか文句でも考えておいてください。弱音を吐かれるより、よっぽどやる気がでます」
「....................ハハ」
「なにを笑っているのですか」
「委員長は厳しいな」
「真面目なだけです」
「そんで、不器用だ」
「自覚はあります」
「それじゃあ、待ってるから、なるべく早く助けてくれ」
「はい、助けます。.................あ、そういえば、あの映画シリーズ三作目が出るそうですよ」
「マジで!?うぉぉぉ、気になる....っ!!」
「ふふ、だから、次に目を覚ましたときには、全作一気見しまょう」
「約束か?」
「ええ、約束です」
次の日、彼はまた眠りにつきました。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「教授!起きてください、風邪引きますよ!」
聞きなれた助手君の声で目が覚めました
どうやら、寝ていたようです。
なにか、懐かしい夢をみたような気がします。
ふと、お守りがわりにいつも胸ポケットにいれているクローバー型の髪留めを手に取りました。
彼と最後に言葉を交わしたあの日、渡して貰ったものです。
本当は卒業祝いだったのらしいですが、渡せなかったから、今渡すと去り際にポンと渡されました。
まったく、乙女心が分かっていませんよね。
もっとムードを大切にして貰いたいもんです。
物のセンスはいいのに、もったいないです。
「なんですか?ニヤニヤして、怖いです」
「助手君、最近はストレート過ぎるよ。昔はもっと優しかったのに」
「慣れですよ、慣れ。そういえば、聞きたかったんですけど、その髪留め、使わないんですか?」
「うん、使わないのです。ま、願掛けみたいなものですね」
効果があるかは分かりませんけど。
「さてと、助手君、経過はどんな感じですか?」
「順調です。数値上は、ですけど。被験者の意識は未だに回復しません」
その報告に、一度深呼吸をし、心を鎮めます。
薬を投薬してから、七日が経ち、当初の予定では目を覚ます段階を過ぎても、彼は目を覚ましません。
「そうですか、ありがとうございます」
「はい、あの、教授、どちらへ?」
「ちょっと、彼の顔を見てきます。ああ、助手君は少し休んでいてください。働きすぎです」
「それを言うなら、教授のほうが..........行っちゃった」
助手君をおいて、彼の元に足を運びます。
彼は、変わらずスヤスヤと眠っていました。
彼のベッドの横に背を預けて座ります。椅子なんてないので地べたに直です。
いつものように返事が返ってこない、独りぼっちの会話を始めます。
「早く起きてくださいよ、起きないから私達はなかなか眠れないんですよ」
「同級生の皆は、結婚している人も多いんですよ。結婚式に呼ばれてブーケトスをもらう度に生暖かい眼差しを向けられる私の気持ちが分かりますか!?」
「......この研究は予算が少ないんですよ!予算が!」
とりとめのないことを言い募ります。
「そういえば、またあの映画続いているみたいですよ。今度はスピンオフが出るみたいです」
ああ、ダメです。
まだ、何も終わっていないのに、顔がうつむき、涙が、弱音が溢れて零れます。
「...............声、ききたいなぁ」
ポン、と頭に軽い衝撃がありました
誰かに撫でられているようでした
「............委員長が、泣いているの始めて見た」
「..........そ、それは、わ、私も、にんげ、にんげん、ですので」
声が、震えてまともに喋れません
どうか、どうか、私の都合のいい夢ではありません様にと、祈りながら声を発します。
「それもそうだな.............なぁ、委員長?」
「は、ひぐっ、は、い、はい、な、なんですか?」
「おはよう」
ああ、もう限界です。
嗚咽が止まりません、
それでも、懸命に、声を振り絞ります。
彼に聴いて欲しいことが沢山あります。
彼に見せたいものが沢山あります。
彼に知って欲しい幸せが沢山あります。
全部を乗せて、これからの彼の人生に祝福が宿るように、
立ち上がって、振り返り、
精一杯の笑顔で彼に伝えました
「おはようございます!!」
その日、とあるニュースが世界中を駆け巡った。
小さな島国で、不治の病は克服されたと
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「いやー、しかし、病み上がりに映画を一気見させられるとは」
ぐったりしている彼に私は言いました
「言ったじゃないですか」
「?」
「約束を破らない。これが真面目が取り柄な私の自慢です」