第5話 果実を投げて、私に
少女は立ち上がった。
近くの木になっている、赤い果実をもぎ取って食べた。
「それ」
とぴとは果実を指さして言った。
「おいしいか」
少女は答えなかった。
背をむけると、さっと走り去って暗闇に消えた。
ぴとは暗い森に一人残された。
森を裂いて、氷のくだけるような鳥の鳴き声が響いた。
また別の鳥が同じ声で鳴いてそれに応えた。
すぐに少女がもどって来た。
着衣を前にのばした上に、山盛りの果実がある。
柔らかい腹が見えていた。
それから果実を地面に落とした。
果実は土にはねて無秩序に転がった。
「おいしい」
少女は果実を食べながらそう言った。
食べ終えるとへたを投げ捨てた。
「ねえ、ひとつ頼みがあるんだ」
とぴとは言った。
「その果実を投げてくれ、私に」
少女は怪訝そうに眉をひきしめた。
「なんで」
少女の髪は朝風になびかれて、目にかかっている。
一層まぶしそうに、目もとを細めた。
「ねえ、そうしよう。果実を投げておわり。それだけ」
「でも」
「一つ投げてくれ」
少女は戸惑いながらも、果実をひろった。
遠いぴとに、ねらいをすませる。
ふりかぶって投げたが、とどかずに地面に落ちた。
「もっと強く」
少女はまた一つ果実をひろった。
言われたとおり強めに腕をふって投げこんだ。
果実はぴとの頬をかすめて、うしろの木にぶつかった。
「おしい」
とぴとは言って、転がっている果実に近づいた。
足のうらで踏みつぶすと、汁がはじけた。
「いいぞ」
また一つぴとに投げこまれた。
今度は胸にあたった。
果実がはね返されて、ぼとりと落ちた。
「うまい。その調子」
少女は果実をひろいながら、わずかにはにかんだ。
「今度はここに投げてくれ。うん。それがいい」
ぴとは顔の絹を脱いで、指さして言った。
少女はためらったが、ちゃんとねらって投げた。
あたらなかった。
今度はかるく助走をつけて投げるが、あたらない。
何度も何度も投げた。
投げるうちに息が上がっていった。
火照った頬には、汗で湿った髪がはりついている。
それでも投げつづけたが、どうしても顔にはあたらなかった。
少女は投げるのをやめた。
のどの渇きをいやすために、思いきり果実にくいついた。
果汁が唇からこぼれて、あごをつたった。
少女は食いかけの果実をもって、手をぐっと前に突き出した。
ぴとに果実の裂け目を見せる。
「いいねえ」
とぴとは言った。
少女がかじった果実を投げると、ぴとの腹にあたった。
赤い汁がいっぱいついた。
血まみれのように見える。
「それでいい」
少女はなかばやけっぱちになりながら、残りの果実をどんどん投げた。
大きく助走をつけて、息せいて投げる。
果実の残りはもうわずかだった。
いつのまにかまっ赤な朝焼けに、雲が染まっていた。
ぴとも果汁で赤く染まっていた。
そのとき、少女の投げた果実が、顔にあたった。
果実はふかく沈んで、まるごと消えた。
「やった」
と二人で言った。