第14話 グライダーで奴隷船から脱出しようとする少女
鉄格子があけられた瞬間、一人の奴隷が階段をかけあがり、船員に体をぶつけて跳ね飛ばした。
「出ろ、出ろ、出ろ!」
奴隷たちはせきを切ったように、出口に殺到した。
かやはそれを見て、すぐに下甲板に引き返そうとしたが、狭い居住区に押しよせてくる奴隷たちのなかで、もみくちゃになって動けない。
流れにさからいながら、ぶつかりぶつかり、やっとのことで下甲板に戻ると、かやは天使のところに走っていった。
「わたしやってみる」
と天使に声をかけた。
「あなたの分まで」
天使は何もいわずに、しずかにうなづいた。
そして鉄格子から手をさしのばして、かやをそばに招いた。
かやの手をとり、額にあて、目をつむる。
「わたしをあわれみ、み心にとめたまう神よ、わたしはあなたに呼ばわります」
と天使は祈りの言葉を口にした。
「わたしたちをしいたげる悪しき者から、わたしたちを投げ捨てる恐ろしい敵から、どうか、のがれさせてください。血を流した船から、救いだしてください。わたしはあなたに祈っています。あなたは、わたしにこたえられます。すべての死の苦痛を、わたしにお与えください。わたしのすべての救いを、彼女の上においてください。あなたを最も必要としているこのときに、彼女だけは見捨てないでください」
天使は言い終わるか言い終わらないかの間に、突然泣きだした。
身体をこわばらせて、大きな瞳から涙がこぼれ、頬を流れた。
自分も行きたいのだ。できることなら檻から出て、自分も逃げ出したいに決まっている。
それを見て、かやはなんて言葉をかけていいかわからなかった。
かやは鉄格子ごしに天使を抱きしめた。
どすんと上から大きな音が聞こえる。
狂奔する奴隷たちの大騒ぎがここまで聞こえてきた。
泣き叫ぶような声も混じっている。
「はやくしねえと、手おくれになっちまうぞ」
そう言いながら皮なめし人は、翼をもちあげた。
かやは哀しみや不安で、胸をおさえつけられるような気持ちになりながら、翼をかついで、そこを出た。
二人はまるでアリの巣から蝶の死骸をはこびだすように、翼を頭の上にもちあげて歩いていく。
女たちの居住区を通ったとき、翼を見た女たちは手をたたき、叫び声をだして歓喜を表し、かやの肩をたたいて送り出した。
船上への出口をあがると、後甲板のほうから大混乱の騒ぎが聞こえた。
後甲板の船倉に船員たちが閉じこもり、小窓から矢を放っているのだった。
奴隷たちは必死に扉にぶつかり、その衝撃で、船倉全体がぐわんぐわんと揺れていた。
「あれ見ろ!」
と皮なめし人が叫んだ先には、すでに他船の船員たちが小舟で集結し、まさにこちらに乗りこもうとしていた。
かやはいそいで翼の真ん中にもぐり、木の取っ手をつかんだ。
「馬鹿! 風むいて立て!」
皮なめし人はそう言って、うしろから、かやを抱えこむように取っ手をつかんだ。
翼の向きを変えると、風をはらんだ翼がぐんと重くなった。
「こわいよ」
とかやは言った。
耳もとで翼の羽根がばさばさと震えている。
取っ手までぶるぶると揺れてくる。
「いいか、ぜったいに手を離すな!」
皮なめし人はそう言って、翼を風の流れの真正面に向けなおした。
完全に風をとらえきった翼が、いっぱいにふくらみはじめる。
皮なめし人はそれ見て、ふりこのように、ぐいと風のなかに取っ手を押し出した。
その瞬間、かやはふわりと宙にうきあがった。
「こわい、待って!」
とかやは叫んだ。
もう一度、足をつこうと、船のへりに近づいたとき、すさまじい風のかたまりが、船腹からふきあがり、まともに翼全体にぶつかった。
翼はつよく押しもどされ、舞いあがり、そのまま上へ上へ、はこばれていく。
「待て、そっちじゃない!」
と皮なめし人は叫んで、陸地にむかって腕を大きくふった。
「前ー! 前行けー!」
しかし、翼はその言葉に反して、ぐんぐん上昇していく。
あっというまに船の帆のところまで達すると、翼がばりばりとロープにぶつかった。
羽根の舞いおちる船上で、呆然と立ち尽くす皮なめし人の姿を見たのを最後に、かやは船外に飛び去っていた。
下方から地響きのような声が聞こえてくる。
奴隷たちが叫び声をあげまくり、木造の奴隷船全体を響かせているのだ。
自由を求めて飛び去った同胞にむかって、窓という窓から、何本もの手がさし出されていた。
しかし、翼はすでに降下がはじまっていた。
留め具ががたつき、木骨の破片がおちていく。
風が翼をわななかせ、羽根がばらばらと散っていった。
ものすごい勢いで、青い水面が迫ってくる。
ぶつかる、とかやが思ったとき、うねるような風に翻弄され、わずかに翼が舞いあがった。
翼は水を切り裂きながら、バラバラになって着水した。
かやは水面に顔をだして、ふりかえると、小舟にのった船員たちが近づくのが見えた。
打ちつけられた衝撃で、全身が石を投げつけられたように痛んだが、力をふりしぼって、水を叩いて、懸命に泳いだ。
岸に密生しているツタにつかまったとき、ぽちゃぽちゃとあっけない音を立てて、矢が水に突き刺さった。
すぐうしろに船員がいる。
かやはツタにしがみついて腹ばいになって岸辺にあがると、転げるようにして走り出した。
「上陸しろ! ばらばらになって追え!」
とうしろから船員たちの声が響く。
かやは泥をけって、腕をふって、森のなかを走った。
しかし、いくら走っても、船員たちの声が聞こえてくる。
犬の声が起こり、森のなかまで追ってきた。
かやは走りながら、この体だからだめなんだと思った。気持ちわるくて、ふつうじゃない、この体のせいだと思った。こんなのいやだ、と心のなかで叫んでいた。
犬の息づかいが、すぐうしろに聞こえた瞬間、森をぬけて、川辺に出ていた。
おびただしい数の蝶があつまって、川辺の湿った泥にとまっている。
「いたぞ!」
と船員の声が上がった。
かやは川のなかに逃げようとするが、追ってきた船員がかやの背中にけりこんだ。
あっと思った瞬間、かやは頭からめり込むようにして、地面に突っ伏した。
船員はかやの肩を強引に押さえこむ。
「この体がいやなんよ!」
かやは悔しさで胸がいっぱいになって、泥をかきむしった。
手をうごかすたびに、緑の蝶が飛び去っていった。
「いやだ! いやだ!」
かやは身をもがいて逃げようとする。
「だまれ」
船員はそう言って、かやの口のなかに泥をけりこんだ。
「捕らえたぞ!」
という声を聞いて、船員たちがあつまってくる。
そのなかに一人、口の裂けた顔で、川のほとりを歩いてくるものがあった。
「おい、あれは誰だ?」
船員ではない白いものが、片手をまっすぐ上にあげながら歩いてくる。
「止まれ!」
まとわりつく蝶たちが、すぐに死んでいくのが見えた。
一歩ふみだすごとに蝶が舞いたつが、次の瞬間、はたと途切れて、次から次へ、おちていく。
上昇する蝶と、死んでおちていく蝶の異様な交差が渦まいていた。
その渦のなかを片手をあげながら迫ってくる。
船員が一人刀をぬいて、その核心に向かっていったが、地面にさあと血のおちる音がしたあと、真っ赤になった船員が戻ってきた。
たちまち他の船員たちは叫び声をあげて、散り散りに走り去った。
かやはこのとき、自分の救いの神が何ものだかわからなかった。
しかし、風にしたがって、大量の蝶がなぎたおされて死んでいくのを見て、そんなことができるのはぴとしかいないとわかった。
かやはそれがわかると、きつく目を閉じて、唇を震わせ泣きはじめた。
口のなかの泥や鼻水が、ぐじゃぐじゃにまじって地面に垂れた。
ぴとは遠くから声をかけた。
しかし、かやはうんうんとうなづくだけで、涙をながす以外に何もできなかった。
今日はもう一つ更新する予定だったんですが力尽きました。




