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半人は滅びつつある  作者: ほろび
第1章 百鬼夜行
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第13話 おまえ、人間殺しに参加できるか?

 天井をはいまわる南京虫が、顔の上におちてきたとき、かやは目をさました。

 反射的に手で追い払うと、南京虫は暁闇にまぎれた。

 となりの女はすでに起きており、服をぬいでシラミを一粒一粒つぶしている。


 「言葉わかる?」


 と話しかけると、女はかやの知らない言葉を話した。

 かやは女のシラミつぶしを邪魔しないように、そっと立ち上がり、言葉のわかる者を探して、居住区間をさまよった。


 男性居住区の入り口には、鎖につながれた白い男が座っていた。

 皮なめし人だ。

 肌は白い樹皮(じゅひ)のようにカチカチに乾燥しているが、体はやはり人間風の体だった。

 かやはそれを見て、彼は半人ではなく、サイの皮を()いで、なめしたものをかぶっている人間だという確信を強めた。

 人間だと思い、緊張しながら話しかけた。


 「言葉わかる?」


 「おまえ、人間殺しに参加できるか?」


 と唐突(とうとつ)に言い返されて、かやはたじろいだ。


 「に、ん、げ、ん、ご、ろ、し! わかるか!?」


 「……わかる」


 それなら参加するしかないと皮なめし人は言った。

 皮なめし人は床の板をはがして、奴隷には手に入らないはずの手斧(ておの)を取り出してみせた。


 「明日、決起する」


 明日の朝、上甲板への鉄格子(てつごうし)があけられた瞬間、一斉に反乱を起こすつもりだという。

 かやは一方的に反乱の準備について聞かされ、それを聞くうちに自分は人を殺さなくてもいいと知って安心した。

 武器を隠して下甲板に持ちこむこと、それがかやの役目だったからだ。


 かやは自分のこと、天使のこと、そして、ぴとのことを話した。

 ぴとの話をしはじめたとたん、皮なめし人の顔つきがかわった。

 いっそう細い目をして言った。


 「そんなやつほんとにいるのか?」


 かやはうなずいた。


 「ほんとにいるのなら、そいつは俺たちと同じだ。体のなかに閉じこめられてるんだ。人間が」


 皮なめし人の言っていることはよくわからなかったが、かやはぴとのことについて精いっぱい話した。

 理解できないほどの力をもった来訪者が村に来て、半人側に加担したという話は、すぐに口から口へ周囲の奴隷たちに広まった。

 しばらくして、それは自分の村だという、狼の毛の生えた男が来た。

 下敷きになった子どもがぴとに助けられた話をすると、狼の毛のまつげを濡らしながら、涙が床におちて黒くにじんだ。

 男はあの子供の父親だったのだ。


 「もうだめだと思っていた。俺はこの船のなかで一番幸福な奴隷だ」


 父親が早口に何度も何度もお礼を言うのを、皮なめし人がそう一言で訳してかやに伝えた。

 ぜったいに生きて帰って、子どもに会いたいと父親は言った。

 一連の様子を見ていた周囲の奴隷たちは、だんだんとかやの話を受け入れるようになり、騒ぎの輪が広まり、船中に来訪者の噂が伝わりはじめた。


 「みんな、そいつのことを期待している。それしか救いがないんだ」


 と皮なめし人が言った。


 「救いはつねに外にある。俺たちの場合は。もうそういうところまで来ちまっているんだ」


 朝になり、船員によって鉄格子があけられると、その日も、朝から晩まで働き詰めだった。

 かやはすきを見ては調理場のフォークや、大きな網通し針を、鉄格子のすき間から落としていった。

 夜になって鉄格子に鍵がかけられると、奴隷たちは網通し針をつかって器用に手錠を外していく。

 音をたてないよう、すばやく、しずかに拘束を解いた。


 かやは天使のところに皮なめし人を連れて行き、翼を切りおとすように頼んだ。

 皮なめし人は天使の指図にしたがい、鉄格子のなかに腕を入れて、的確に翼を切り落としていった。

 さらに天使が翼になにか細工をするように言いつけているようだったが、かやはその作業を見ているうちに眠ってしまった。


 「おい」


 と皮なめし人が言った。

 どれくらい眠ったのだろう、かやは眠い目をこすりながら体を起こした。

 目の前には、巨大な翼の器具があった。

 大きな翼がぴんと一直線にはられて、木骨によって支えられている。

 その下にはロープや木の取っ手のようなものがついていた。

 皮なめし人がそれを指さしながら、かやに言った。


 「あれもって、翔ぶんだ」


 「……翔ぶって、だれが?」


 「おまえに決まっている」


 「わたしが!?」


 「ごめんなさい」


 と横から天使が心苦しそうに言った。


 「体が小さいのは、あなたしかいないの。わたしたちを助けて」


 かやは自分の知らないところで、深刻なところまで話が進んでいるのに今さら気がついた。

 もしかすると、この翼でも鮫を超えるくらいなら、翔べるかもしれない。

 でもそれからは?

 岸辺まで泳ぐことはできるだろうか。

 船員たちが追ってくるに決まってる。逃げきれっこないと思った。

 かやはその場を離れて、上甲板に戻り、しばらく一人で考えた。


 「ばー」


 と羊人が声をびりびり震わせて鳴いた。

 狼の毛の父親が、羊人たちに、身ぶり手ぶりでなにか教えているのが見えた。

 羊人たちは目玉をぎょろぎょろさせるばかりで、それを理解しているようには見えない。


 それでも父親は何度も何度も腕を大きくふりながら、なにかを伝えようとしていた。

 かやは川に投げ込まれた羊人のことを思い出した。

 あの羊人も、腕をこんなふうに、ぐるぐる回していたっけ。

 みんな生きることを最後まであきらめていなかった。


 「もうはじまるぞ」


 と皮なめし人が来て、かやに言った。

 うしろから、かやの肩を太い指でつかんで、ふり返るまで待っていた。


 「あのとき」


 とかやは皮なめし人を見上げた。


 「どうして羊の人が川に投げられたとき、鮫の首をもってたの」


 皮なめし人はしずかな声で答えた。


 「人間の首が手に入らなかったからに決まっている。それは今から手に入れる。今からだ」


 皮なめし人はそう言って、ゆっくりと指をはなして、船倉に戻っていった。

 かやはその場に残って、しばらく目をつぶっていた。

 ほんの少しあとには、ここにいる全員の運命が決まっているのだ。


 いつのまにか、あたりはしんとして、自分が闇のなかにひとりでいるような気がした。

 かやは目をあけた。

 すると、その場にいるだれもが、顔をあげて、鉄格子を見ていた。

 かやは自分の胸がどきどきしてくるのがわかった。

 全員の息づかいを感じることができる。

 たった一つの出口を、誰もが見つめていた。

次の連休の10月8日に更新。奴隷市場乱入まで。

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