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半人は滅びつつある  作者: ほろび
第1章 百鬼夜行
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第1話 火山の火口で鬼を釣る

 少女が火山の火口へ釣り糸を垂らしていた。

 火口に架け渡された吊り橋の中央で、長い釣りざおをのばしている。

 糸は風にふかれながら、火口の奥へ奥へ垂れていった。

 その糸の先の暗闇で、(ほの)かに白いものがゆれた。


 そこにはぴとと呼ばれる化けものが一匹糸をのぼっていた。

 死体のような白い腕をのばして、しずかに糸をつかみ寄せている。

 体は大きな人のかたちをしているが、まっ白い顔を裂いて、赤く染まった口が耳もとまでつづいていた。


 「こっちに来るなっ!」


 と少女は火口にむけて叫んだ。

 少女の声を無視して、ぴとはのぼりつづけた。

 腕をのばして()いあがるたびに、糸はぶるぶる震えた。

 

 ぴとは糸をのぼるうちに自分の姿が変わってしまっているのに気がついた。

 手には小刀(こがたな)のような(つめ)がある。

 糸をつかみ寄せるたびに、爪がカチャカチャ触れ合った。 


 「これはどういうことだろう」


 とぴとは思った。

 自分の手には人のものとはいえない奇怪な爪が生えている。

 それとは対照的に、腕は人のかたちのもので、白くしなやかにのびていた。

 腕から指先にいくにつれて、人から化物に変わっていくようだった。

 闇のなかで白く浮き出ているその姿を、夢のようにながめた。


 「夢だ」


 とぴとは自分に言い聞かせたが、手には糸の感触がある。

 糸は(きぬ)の細い反物(たんもの)がところどころで(ちょう)結びにされて一条となっていた。

 その蝶結びをつかんで、一手一手のぼるたびに、糸がゆれ、体がゆれた。

 そこには肉体の感覚があった。


 「それ以上来たら!」


 と少女が叫んだ。


 「来るなー! 鬼のくせに!」


 糸の中腹には斜めに一線、日光が火口のふちから差し込んでいる。

 ぴとはまさに光に入ろうとしていた。


 「く、る、な!」

 

 と少女は(ぬさ)をふるように、釣りざおを右に左にふりはじめた。

 糸が大きくゆれる。

 ぴとは懸命にすがりつくが、くるくるとはげしく回転した。


 少女の釣りざおは弓なりにしなっていたが、折れなかった。

 ぴとの体はそれだけ希薄だった。

 風がふくたびに糸は流されて、体は軽々とふりまわされる。


 「落ちてもいいから、やってやる」


 勝ち気な少女は、さらにつよくふりはじめた。

 糸だけではなく、吊り橋ごとゆれている。

 カラカラと板と板のぶつかる音が響いた。


 「来た」


 と突然、野太い声が上がった。


 「鬼だ!!」

 「みいるぴとだぁ!!!」

 「ぴとだ!!!」

 

 数人、数十人の叫び声が次々と起こった。

 ぴとは火口のふちを見上げた。

 ぐるりと火口を囲んで、呪術師のような集団が立っていた。


 びっしりとすきまのないほど密集している。


 呪術師たちは合掌(がっしょう)したまま、微動もしない。

 衣のたもとだけが風にゆれている。

 そのまま一斉に叫びだした。

 

 「詠唱(えいしょう)せい!」

 「詠唱(えいしょう)詠唱(えいしょう)詠唱(えいしょう)!!」

 「詠唱(えいしょう)!!」

 「ごじょくあくじぐんじょかいおしんにょらい」

 「ごじょくあくじぐんじょかいおしんにょらい」

 「ごじょくあくじぐんじょかいおしんにょらい」

 「ごじょくあくじぐんじょかいおしんにょらい」

 「ごじょくあくじぐんじょかいおしんにょらい」

 「ごじょくあくじぐんじょかいおしんにょらい」

 「ごじょくあくじぐんじょかいおしんにょらい」

 「ごじょくあくじぐんじょかいおしんにょらい」

 「ごじょくあくじぐんじょかいおしんにょらい」

 「ごじょくあくじぐんじょかいおしんにょらい」

 「ごじょくあくじぐんじょかいおしんにょらい」

 「ごじょくあくじぐんじょかいおしんにょらい」

 「ごじょくあくじぐんじょかいおしんにょらい」

 「ごじょくあくじぐんじょかいおしんにょらい」

 「ごじょくあくじぐんじょかいおしんにょらい」

 「ごじょくあくじぐんじょかいおしんにょらい」


 意味不明の呪文が来た。

 凄まじい呪術的合唱だった。

 火口全体が巨大な楽器のように反響する。


 同時に少女が、釣りざおを高く(かか)げた。

 まっすぐ天にむかう釣りざおを、遠くからくっきりとぴとの目に見せた。

 白い着物の(そで)がずりおちて腕が出たが、見向きもしなかった。

 呪文の節にあわせて、釣りざおをゆうゆうとゆらしたあと、火口のふちへ歩きだした。

 

 その後ろ姿には、しっぽのようなものが、(すそ)を押し上げてうねっていた。

 みずみずしい水色の鱗のしっぽだった。

 一歩踏み出すごとに、重みにはずんでゆれた。

 飾りには見えなかった。


 「おまえも化けものではないか」


 とぴとは思った。

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