自殺浪人
重い雰囲気ではない……かな?
ちょっとジャンルに困る話です。
もうだめだ。
申し訳ない、本当に申し訳ない。
俺なんかに金かけさせてごめんなさい。
本当に今年こそは受かろうって思ってたんだ。
でも駄目だ。
もう駄目だ。
これで3度目だ。
◇◇◇
現役時代は正直、受験を舐めていた。
進学校でそこそこの成績だったのだから、その上塾にも通っていたのだから、余裕でそこそこの大学は受かるだろうと。
結果は全落ち。
俺は絶望して、落ちた原因を塾の授業の所為にした。
浪人一年目。
必死に予備校を勧めてくる母親を突っぱねて、宅浪を決意する。
予備校で習うことというのは、所詮は問題の解き方なのだ。
予備校に通うことで生じる時間のロスを、宅浪であればもっと有意義に使えると思った。
失敗は監視の目が無かったこと。
俺は最初の3ヶ月間をほぼニートのようにオンラインゲームに充てた。
3ヶ月目、ゲームでランキング上位を取ることの虚しさに気づく。
一日中ゲームに構っていられるのだから、そりゃあ上位は取れるだろう。
少しだけ課金もしてしまっていたが、俺は全てのゲームのデータを消した。
すでに季節は夏になっていた。
必死に問題集を解いた。どうせボロボロな結果しか出ないのだからと、模試も受けずに問題集に専念した。
センター直前になって、気づいた。
自分の位置が分からない。
何処なら受かる?何処なら入れる?
一浪した見栄もあり、俺は去年受験したのと同じ大学を受けた。
滑り止めの一校の合格を知ったが、そこを蹴って上位の大学の合格を待った。
結局、受かっていたのは最初の一校だけだった。
俺の二浪が決まった。
親はもう俺に期待していなかった。
予備校費を出すつもりはないと言われ、再び宅浪することになる。
それでも去年よりは真面目になろうと、遊ばず模試も受けた。
A判定を何個も取った。
季節は秋になり、俺は気持ちの良い緊張感の中で模試を受けた。
……は?C判定?
いや、違う。今回は調子が悪かっただけだ。本番では受かる。大丈夫。
その時の俺は気づいていなかった。
家族がギリギリであることに。
受験の季節が終わった。
俺の手には合格通知が4通。
正直、二浪してまで目指す学校ではない。けれど、去年受かった大学に比べたらはるかに良い学歴になる。
達成感と開放感に包まれた。
そしてその1週間後、自宅が炎に包まれる。
家族は皆死んだ。
俺の手には保険金しか残らなかった。
人生に疲れた俺は、自殺した。
◇◇◇
「はいまた自殺〜」
ゆるい少女の声で目が覚める。
……ここは?俺は、そうだ。死んだはずだが……。
「おぉっと、引きずっちゃってますぅ?」
ぼうっとした頭で、少女の声の意味を考える。
俺は自殺した。
いや、違う。
自殺したのはテストの世界の俺で、現実の俺はこうして生きている。
そうだ、国民試験だったのだ。
現実に類似した世界で仮想の人生を送り、その人生に応じて評価が付けられる。ああ、しまった。受験で自殺は減点される死に方ではないか!せっかく加点のチャンスに恵まれている“日本”に生まれられたのに……。
俺は飛び起きて声に向かって懇願した。
「も、もう一度!もう一度受けさせてください‼︎」
「えええ〜!3回も受けるんですかぁ?」
「お願いします!次こそは寿命まで生きますから‼︎」
「はぁ、仕方ないですねぇ。でも次もまた、一年後になりますよ?」
「かまいません。良いランクじゃないと駄目なんです!両親と同じランクじゃないと……」
「ふふっ、ご両親と離れたくないんですねぇ。仕方ありません、許可しましょう。でも次で最後ですよ?それ以上受けると脳が壊れてしまいますから」
「はい‼︎」
◇◇◇
――俺は今までにお世話になった人たちの顔を思い浮かべた。
父、母、弟、友達、嫁、顔はわからないけれど、もう直ぐ生まれる娘。
ごめん。
ごめんなさい。
ごめんなさい、こんな俺でごめんなさい。皆に迷惑かけてごめんなさい。
苦しいのは、自業自得です。
俺が道を踏み外したんです。
ごめんなさい。
愛してくれて、ありがとうございました。
ずっと、愛しています。って、俺なんかに愛されちゃ迷惑かな。
ごめんな。
――俺は手すりから手を離して、身を躍らせた。
◇◇◇
「はい、残念。3度目の自殺ですねぇ」
えっ!?
――あっ!
そうだ、試験だったんだ!しまった、もうやり直しはきかないのに!ああ、最後のチャンスが……!
終わりだ。
もう、終わりだ。
3度も受けて自殺エンドしか迎えられなかったなんて。犯罪者になった国民よりは上というだけの、限りなく下の階層だ。
……ああ、駄目だった。
急に頭痛と耳鳴りが酷くなる。
起き上がって頭を抱えた俺に、少女の声が怪しげな響きを伴って降り注いできた。
「もう一度、やりますかぁ?もう戻れなくなるかもしれませんけどぉ」
自分の心が黒く染まっていくのを感じながら、俺は頷いた。
◇◇◇
「お前また『自殺浪人』やってるし」
友人の呆れた声で現実に引き戻された。
「あは、は……」
邪魔をされたことに若干苛立ちながらもなんとか笑みを浮かべて、被っていたゲーム機を外した。まあ良い。どうせ終盤だった。
『自殺浪人』。二重の構造になっていて、基本の世界での人生を送りつつその中でさらに別の人生を送れるという、頭のおかしくなりそうなほど長時間を経験するゲームだ。実際は1時間程度なのだけれど。
「たまにやりたくなるんだよ。自殺するような人生を3度も味わって、4度目を持ちかけられて処分されちゃうっていうのがね、もう、たまんない」
「ドM」
「良いじゃないか。どうせ、なにもすることないんだし」
「まあな。……しかし俺たち、いつになったら迎えが来るんだろうな」
「さあねぇ。ま、気楽に待とうよ」
微笑みながら言うと、友人は溜息をついて隣に寝転んできた。
科学が発達して、人類の仕事は無くなった。
基本的に食事をとって呼吸をすることのみが人間の役目だ。
『自殺浪人』は、過去に実在した国をモデルに作られたゲームだ。
それまでただ生きていただけだった自分には、仮想とはいえその人生は衝撃的だった。
そして考えてしまったのだ。
今、自分は本当に生きているのだろうか?と。
今いるここが現実なのだろうか。
それとも全ては虚構なのだろうか。
何れにせよ、何度も遊んで気付いたことは一つだけである。
楽しんだもの勝ちなのだ。
どうせ確実に、終わりは来るのだから。
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少女はペンを置いた。
口の端を緩めながら、背伸びをする。
先程まで何かを綴っていた紙を丁寧に折り畳んで、少女は紙飛行機を作った。
それから窓を開けて、紙飛行機を外へ飛ばした。
「誰かに届くかな〜」
どこに飛んで行くのかは見えないが、きっと誰かに届くと信じて、少女は今日も物語を綴る。