七十六話目 308号室に行った日
聖ホルド学園学生寮、その名もルナー寮と言うそうだ。
その5階にあるのが、これから僕が住む事になる308号室。
今僕は、その部屋の前にいる。
んー…。
扉だけ見ると、僕の家の部屋の前に居るって錯覚を起こすくらい普通の扉だな…。
でも、扉にはしっかり【308号室】って掛かれているし、間違い無いよね?
あっ、そうそう。
さっき初めてテレポート装置を使ってみたけど、あれ凄い便利だね♪
しっかり説明を聞いていたはずなのに、誰も使ってなかったのには驚いたけどさ…。
皆普通に階段を猛ダッシュして行ったのを見て、1人だけテレポート装置を使うのに罪悪感があったけど、まぁ早い方が良さそうだしって事で使ってきた(笑)
さてと、先輩方が部屋の中に居るって言ってたし、入る前にキチンとノックをして入った方が良いよね?
あっ、どうかあのゲス野郎が同室じゃありません様に…。
《コンコン》
「開いてるよ~」
一度祈ってからノックをする。
すると、中からは穏やかで優しそうな声が聞こえた。
よしっ、あのゲス野郎の声ではなかった!
「失礼します」
一言断りを入れてから、部屋の中に足を踏み入れる。
僕の背後から、凄い階段を上ってくる音が聞こえてくるけど、気にせず扉を閉めた。
『あっ、ブロンデ君…。』
何も聞こえなかったと言う事で…。
《パタン》
『何と無情な…』
クレイの声も聞こえなかったと言う事で…。
「やぁ、君が新入りかい?早かったね?あれ?1人?」
《ガチャバンッ》
「もっ、もう1人、おります…」
あっ、ブロンデ君。
チーッス…。
「しっ、シエロ君、酷くない?今…、確実に目が、あったのに…扉閉めるんだもん…」
「ん?人聞きが悪い事言うなよ?一度、息を整えてから部屋に入った方が良いかと思ったんだよ。先輩方に初めてお会いするんだから、それなりに平常心でご挨拶したいでしょ?」
「そっ、そっか…。そこまで考えてもいなかったよ…。ありがとうシエロ君。それと、先輩方、こんな状態で失礼致しました」
『よくあそこまでペラペラと嘘が出るものだわねぇ…』
『シエロの黒い所がチラチラ出てるべ…』
妖精達が何か言ってるみたいだけど、聞こえませーん(笑)
ブロンデが深々とお辞儀をするのをニコニコしながら見ていた先輩が口を開いた。
「僕は平民だし、そこまで気を使わなくても大丈夫だよ?でも確かに貴族の方も中にはいらっしゃるから、そこの子みたいに気を使える事は良い事だね?僕はマルクル・ソフィア。宜しくね?」
ニッコリ微笑んだマルクル先輩は、おかっぱにした水色の髪の毛をサラッと傾かせながら、そんな説明をしてくれた。
ほら~、ブリーズとクレイも聞いた?
貴族は色々と面倒くさいんだからちゃんとしなくちゃね~☆
『ハイハイ』
『んだんだ』
クスン、妖精達が冷たい…。
「僕はブロンデ・フォールドと申します。ご覧の通り、猫族の獣人です。宜しくお願い致します」
おっと、辛辣な妖精達からの言葉に凹んでる場合じゃないね?
僕も先輩にご挨拶しなくちゃ。
「ご挨拶が遅れまして、申し訳御座いません。僕はシエロ・コルトと申します。これからご迷惑等お掛けする事が多々、あるかと存じますが、宜しくお願い致します」
「そんなに畏まらなくても良いって。でも、プロクスの弟さんじゃ仕方ないね~?」
あははと笑いながらマルクル先輩はそんな事を言った。
あっ、笑うと八重歯が見えた。
「うちの兄をご存知でしたか…」
「そりゃあね?有名人だし?僕もあいつと同じパーティーだからねぇ?」
「あー!!じっ、じゃあマルクル先輩って、【賢人】マルクル!?」
だから、耳元で叫ぶなよぅ!?
思わぬ攻撃にビクッとしてしまう。
いや、それより凄いキーワードが出て来たぞ?
ブロンデ今、【賢人】って言った様な…?
「ん~、その二つ名嫌いなんだよなぁ…。僕、そこまで賢い訳でもないのに、プロクスとエルドレッドを抑えてるからってそんな二つ名付けられちゃってさぁ…」
むーっと唇を尖らせながら不満タップリに語るマルクル先輩。
話しを聞いていると、どうやらやりたい放題な2人の宥め役兼まとめ役をしているんだそうだ。
あ~、それだったら、そんな二つ名が付きそうだよなぁ…。
兄さん、強いけど頑固な所があるし…。
エルドレッドさんちょっとおつむ足りなそうだし…(失礼)。
2人を後ろから、上手い具合に操ってる様にでも見えたんだろう。
「あっ、申し訳ありません。僕、マルクル先輩に一番憧れていたもので…」
「憧れ?そんな大層な事はしてないんだけどね?」
「いえっ、僕の村を救って頂いた時も、的確にお2人に指示を飛ばしてらして、スッゴく格好良かったです!!あの時とはお顔の感じが違ったので、すぐには気がつきませんでしたが、先輩方が居なければ、僕の村は無くなってしまっていたかもしれないんです!!本当にありがとうございました!!」
兄さん達にした時の様に、マルクル先輩に対しても熱い感謝の言葉を並べたブロンデ。
マルクル先輩はポケッとした顔をしながら、ブロンデをただ見つめていた。
「か~っ、あっついねぇ?流石は勇者様ご一行なだけありますね(笑)」
「こらっ。ロッド、からかうものじゃないよ?それと、その呼び名で呼ばないでくれる?」
「へいへい、スイマセンッス。マルクル先輩」
部屋の中には、2つ二段ベッドが設置してあったんだけど…(って言うかこの部屋、二段ベッドが2つと机が4つ設置してあるだけだよ!?)、そのベッドの片方の二段目からのっそりと顔を出した人が居た。
肩より長いくらいまで伸ばされた茶色の髪に、同じ色の垂れ目が特徴的な男の子だった。
マルクル先輩がプロクス兄さんと同じで11歳だとすると、彼は9歳から10歳くらいかな?
「よっ!俺はランチャー・ロッド。こう見えて羊族の獣人だ。髪の毛はストレートだし、まだ角も生えてねぇから見分けがつきづらいけど、羊族だってのに誇りは持ってるんで。そこんとこ宜しくな?」
確かに彼はサラッサラのストレートヘアーだった。
山羊族だって言うならまだ分かるけど、彼は羊族だと言う。
大人になったらクルックルになったらちょっと面白いのになぁ…。
「あっ、それよりお前ら良いのか?早くしないと面会時間無くなるぜ?」
「えっ?あっ、大変!?早くしないとお母さん達帰っちゃうかも…。先輩、行ってきても良いですか?」
「勿論だよ。さぁ、これから一緒の部屋でいくらでも話せるんだ。お母さん達に早く会っておいで?」
「はい!!ありがとうございます。それでは行って参ります」
ブロンデはそう言い残すと、さっきと同じく凄い勢いで走り去って行った。
ちゃんと扉はゆっくり閉めていったし、律儀と言うか何というか…。
「ブロンデ、待ってよ!?それではマルクル先輩、ランチャー先輩、行って参ります」
「うん、お父様とお母様に宜しくね?」
「あっ、はい。それでは…」
僕は一度、深くお辞儀をした後、308号室を後にしたのだった。
◇◆◇◆◇◆
「シエロ・コルト君か…。プロクスとは全然似てないんだな…」
今出て行ったばかりの、小さな後輩に思いを馳せる。
【金色にも見える茶色の髪】だ何て、不思議な風合いの髪の毛を肩口まで伸ばしていて、深みのあるあの青い瞳にじっと見つめられた時は、心の中まで見透かされてしまうかとさえ思えた。
事前にプロクスから身体的特徴を細かに聞いていなければ、僕でも女の子と間違えていた事だろう。
「何かプロクス先輩の弟ってよりも、マルクル先輩の弟って言われた方がしっくりくる気がしますね?」
二段ベッドの上の方から声が降ってくる。
僕より2つ下の後輩、ランチャー・ロッドは基本頭は良くないけれど、時々妙な確信を付いて来る面白い奴だ。
ふむ、ブロンデと言った猫族の少年を手玉に取る様なあの態度…。
確かに真っ直ぐ実直なプロクスやエルドレッドみたいな奴らよりは、僕みたいなひねくれ者に近い臭いを感じるかもしれないね?
「先輩、その顔、止めた方が良いッスよ?俺は慣れてますけど、あいつら絶対怖がりますって…」
「そんなに怖い顔してたかい?」
何で楽しんでいる時の顔が、怖い顔に繋がるんだろうか?
ちょっと僕には分からないな?
「何か悪巧みしてる時の顔になってましたよ?これが夜中ならバッチリでしたね?」
悪、巧み?
えっ?そんな顔?
思わず顔に手をやる。
「今みたいに優しそうな顔してれば大丈夫ッス。チビ共なら騙せ…アタッ!?」
ニヤニヤ意地の悪い事を言うからだ。
「ダークボールを圧縮してぶつけてみたよ?少しは質量を感じたかい?」
「実体のないダークボールに精神的じゃなく、肉体的な痛みを感じさせるなんて無茶苦茶な事しないで下さいよ!?」
ふむ、普通なら、精神を破壊する為の魔法であるダークボールだけど、今みたいなやり方でも使い道はあるみたいだね?
これなら、次の遠征も無事に帰って来られそうだ…。
「だから~、先輩顔が怖いッスよ…アイタッ!?」
さて、面白そうな1年生も入ってきた事だし、小等科最後の1年間は楽しくなりそうだね?
僕は、読みかけだった本を開いた。
閑話にも登場したあの先輩再登場回でしたが如何でしたでしょうか?(笑)
本日もお読み頂きありがとう御座いました。