六十九話目 新たな門出の日
女神に記憶を返してもらってから、1年と3ヶ月が経った。
今の季節は、春。
僕の家の近辺は豪雪地帯らしく、大抵近隣の街の中で最後まで雪が残っている。
火山があるおかげで、ここいら辺は温泉が湧いているからまだ栄えているけど、国の反対側の街は大変らしい。
おっと、話がズレた。
兎に角、春になった。
今日は主都へ行く日。
明日は学校の入学式だ…。
あ~、入学式だって思い出したら緊張してきて、単文調になっちゃったよ…。
気分を紛らわしたくて、外を見る。
今僕は、主都へ向かう馬車にゴトゴトと揺られている。
今日は祖父さんの家に泊めてもらって、明日に備えるつもり。
兄さんや姉さんの時も、前日までに主都に入り、祖父さんの家に泊めてもらっていたんだよね…。
コルト家はすぐに集まりたがるから、祖父さん達に会うのも久しぶりって感じはしないなぁ…。
『明日はまた皆に会えるのね~♪シエロ、楽しみだね☆』
ブリーズは朝からこんな感じだ。
今からソワソワしてると、疲れちゃうよ?
『馬車の外の景色が変わってきただよ?今は何処ら辺まで来っただべか?』
クレイはクレイで窓に貼り付いてるし…。
あぁ、小さな子供の親になった気分だよ。
――――――
あ~、やっと着いた~。
「ドーマさん、ありがとうございました」
「いえいえ、それでは坊ちゃん。達者で居て下さいよ?」
「うん、ありがとう」
ドーマさんは僕の家の庭師兼、御者さん。
ガラは少し悪いし、顔を縦断する様に刀傷みたいなのがあるけど、気のいいお兄さんだ。
馬車が見えなくなるまでしっかりと見送った後、大きく伸びをして、強張った体を解す。
半日馬車に揺られただけなのに、体中、特に尻が痛い…。
ん~、あんまりこう言うのに詳しくないから、細かい所とかは分からないけど、たぶんサスペンションとかが付いてないんだろうなぁ。
友達なら凄い詳しいから、ここに居てくれたらなぁ…。
改良と言う名の魔改造をこの馬車に施してくれるんだろうけど、僕には無理だ…。
あっ、馬車に敷くクッションとかなら作れるか。
またクレイに頼んで、スプラウトさんからコットンを貰おうかなぁ…?
んー…、交換するのに、洋服ばっかりじゃつまらないかな?
「シエロちゃん。いらっしゃい♪」
おっと、玄関先で考え込んじゃってた。
お祖母さんが近くまで来ていたのにも気づかなかったよ(汗)
「お祖母様、只今到着致しました。本日は宜しくお願い致します」
「ウフフ♪そんなに堅苦しい挨拶は無しよ?さっ、中に入って頂戴?シエロちゃんの為に美味しいクッキーを焼いたのよ♪」
お祖母さんに肩を抱かれ、屋敷の中へと誘われる。
相変わらず大きな御屋敷だよなぁ…。
主都の中でも、貴族街と呼ばれる一等地に建っているし、かつ敷地も大きい。
やっぱり、引退して息子に爵位を譲ったって言っても、祖父さんは辺境伯だって事か…。
僕の前だと、お祖母さんの尻に敷かれっぱなしのガッカリ祖父さんだけど、何時だったか、街中で兵士の人に挨拶された時何か、相手の兵士の人がガッチガチに緊張していたもんなぁ。
「シエロよ、良く来たのぅ」
あっ、祖父さん今日は家に居たんだ。
祖父さんは何気に忙しくて、大抵は王城に上がって兵士達に剣術の指南をしている為、この家に遊びに来る事があっても、昼間から会えることはまず無い。
「お祖父様、シエロ、参りました。本日は宜しくお願い致します」
「むっ。良く来た。さぁ、長旅疲れたじゃろう、屋敷の中へ入ると良い」
「はい、お祖父様」
僕は、祖父母に肩を抱かれながら、今度こそ屋敷の中へ足を踏み入れたのだった。
――――――
えーと…。
制服、ローブに、大量の私服に…。
教科書類、筆記用具に、えーと…。
今僕は、明日の為の最後の持ち物点検をしている。
家でもちゃんとやっては来たけど、何か忘れ物をしている気がして落ち着かない。
よし、とりあえず忘れ物は無さそうだ…。
「ふぅ…」
入学式とか入社式とかの前日って、どうしてこんなに落ち着かないんだろう。
落ち着かないから、少し勉強でもしてようかな…。
この国には、眼鏡は無い代わりに、ノートなどの紙製品や、多種多様な織物などの布地は独自の発展を遂げていて、庶民でも安く手に入る。
使い捨ての柔らかなトイレットペーパーを、初めてのトイレで発見した時は、あまりの嬉しさに天を仰いだ程だ。
料理も結構発展してると思うんだけど、如何せん、まだ外で買い食いした経験がないから、何とも言えないんだよね…。
家で働いてくれてる、専属コックのマシューさんの料理の腕前は一級品だし、僕が説明するだけで、その料理の再現をしてくれたりするから、料理の下地はあると思うんだけど…。
「はぁ、駄目だ…」
思う様に気分が乗らず、教科書を閉じ、替わりに学校のパンフレットを開く。
学校の名前は、聖ホルド学園。
初等科は6年間あり、6年後に卒業する者もいれば、そのまま高等科に進む者もいる。
初等科の6年間の内訳は、3年まではみっちりと様々な分野の基礎を学び、残りの3年間でそれぞれ専攻した専門分野の応用を学んでいく。
それでも足りない場合に高等科へ進み、更に3年間勉強するという仕組みらしい。
兄さんは、父さんや祖父さんの後を継ぎ、近衛騎士になるのが小さい頃からの夢なので、その夢を叶える為に高等科に進むと言っていた。
姉さんも、母さんやお祖母さんに憧れていて、宮廷魔導師になると言っていたので、高等科に進むみたい。
僕はどうしよう…。
これと言った夢を、まだ持てずにいるんだよね…。
《パラリ》
パンフレットのページを捲る。
流石にこの世界には、カメラ的な物はまだないらしく、全ページイラストか文章で埋められている。
そこに、初等科、高等科の全学部も掲載されていた。
学部は、魔法学、魔法薬学・薬草学、騎士道学、冒険者学、家政学、商業学、建築学の7つがある。
魔法薬学、薬草学は2つで1つの教科となっていて、高等科の学部は、魔導学、執事・メイド学、帝王学の3つがプラスされる。
姉さんは魔導学。
兄さんは騎士道学と帝王学を学ぶのだそうだ。
夢、かぁ~。
生まれ変わって早6年、僕はこの世界で何をしたいのだろう…。