六十六話目 悪の波動と女神の関係を聞いた日
僕は、無事に記憶を取り戻す事が出来ました。
此処から戻ったら、ブリーズ達にも謝らないとなぁ…。
っと、今は女神達からの話しを聞くとしよう。
「じゃあ…まずは、悪の波動、について…、話す…」
――――――
邪神、と呼ばれるモノがいた…。
【神】と名は付くものの、ソレには意識も無く、意志も無い。
ただ、そこに漂うだけの存在。
仮に、【彼】と呼ぶ事にする。
その彼が、通った後に残るのは、雑草1本すら生えぬ、滅ぼし尽くされた町や、国だけ…。
何も持たない彼は、何も持てぬ世界を生み出しながら世界中を漂い歩く…。
その横業が目に余るようになり、幾つかの世界の神達の手によって、彼はその存在を封じられる事となった。
彼の封印により、世界は平和を取り戻したかと思われたが、彼の影までは封じる事が叶わなかった…。
元々意志も意志も持たない彼の影は、更に存在を希薄にさせたまま、世界を漂い続ける。
影が通った後、其処に残された痕跡が、後に【悪の波動】と呼ばれる様になった。
運悪く悪の波動に飲み込まれた者は、その人格を破壊され、自己の持つ闇の感情が膨れ上がる。
例え、それが清く、正しき心の持ち主だったとしても…。
――――――
「じゃあ、兎の魔王も?」
「そうだ。影の残したモノに接触したのだろう。ある日を境に魔王として目覚め、勇者にその存在を滅ぼされるまで、世界を恐怖に陥れ続けたのだ」
【絶望】のくだりは?
「接触する前日に、彼の愛する彼女が、落盤事故で亡くなってるの…。それで、少し放心状態だったところに…、ね?」
そっか…。
前日まで優しかった人が、ある日文字通りに、人が変わってしまう…。
まして、放心状態の彼が次の日には別人になってしまったと知った時の、周囲の人達の心にも、【絶望】の二文字が浮かんでしまったのではないだろうか…。
あれ?じゃあさ、良く前世のニュースとかで聞く、突発的な通り魔とか、猟奇殺人犯の中にとかって…。
「いないと、は断言出来な、い。前にシエロ君、の居た世界にも現れたと、報告が来た事、がある」
マジか…。
あれ?【悪の波動】が、僕にも関係がある話しだって言ってたよね?
心当たりないんだけど…?
もしかして、自分じゃ気付いてないけど、僕も悪の波動に侵されてるとか?
「ちが、う…。シエロ君の場合は、宙太君だっ、た頃の話し…」
「僕が宙太だった頃?んー、新手の宗教団体に、そんなの信仰してるのが居たとか?」
「ち、がう。シエロ君を殺した犯人、が波動に侵され、た人間だった」
え?
あのチャラいのが?
え?じゃあ、ただの逆恨みじゃなかったって事?
「そう。あれは、ただの逆恨みじゃない。シエロ君にフられた後、一緒に居た、仲間と昼、間から酒を呑んだ帰り、に邪神の残骸とぶつかった…」
「ちょうど影の残骸は、彼の車をすっぽりと覆っていたの。彼は一応、代行業者も呼んでいたわ?呑んだ後、運転する気はなかったのよ」
ただ、呑んでる途中で、忘れ物に気が付き、車に戻った所で、その悪の波動とやらに侵されて、ナンパした相手が男だった事に凹んでたあいつの心のモヤモヤを、増幅させたんだそうだ。
そうか…。
あの目は、やっぱり正気の目じゃなかったんだ…。
ハネ飛ばされる瞬間に見たあいつの目は、血走っていてギラギラしていた。
あの目だけが、脳裏に焼き付いて離れない――。
「後は、何が聞きたい?」
ブロナーの言葉に、ハッと現実に引き戻される。
「一応、ここは君の夢の中だ。現実とは、少し違うな?」
そういう事じゃないから!?
シルビアーナのツッコミは、いつも何処かズレてるよな…。
ってか此処、僕の夢の中だったのか…。
「正確に言うならば、君の見ている夢と、この場を繋げていると言った方が正しいだろう…。」
「今は、その話しはどう、でもいい…。シエロ君、他に質問は?」
あぁ…。
そうだな…。
何か聞きたいこと…。
「あっ、そうだ!教会の神父の事なんだけど…」
「私がどうか致しましたか?シエロ様?」
僕の心を呼んだようなあの態度、僕を見ていた時のあの目つき…。
何か怪しいあの神父の正体を聞こうとした、その時。
僕の背後から、質問の答えが声を掛けてきた…。
ゆっくりと、振り返る。
「今晩は、シエロ・コルト様。昼間振りで御座いますねぇ?」
肩口まで伸ばされた、灰色がかった薄い紫色の髪の毛。
常に笑顔をたたえ、細められた緑色の瞳で此方を見ている五十代中~後半の男性…。
僕の後ろに、クラレンス神父が立っていた。
えっ?
何で此処に、クラレンス神父が居るんだよ…。
「ん?おぉ、リュミエールではないか。今は何と名乗っていたのだったか?」
「今は、クラレンスと名乗っております。シルビアーナ様」
えっ?シルビアーナ?
クラレンス神父とお知り合いで?
突然現れたクラレンス神父に、一瞬驚きはしたけれど、直ぐに親しげに話し始めたシルビアーナに驚きを隠せない。
「私は、シルビアーナ様の子供で御座います故」
クラレンス神父は、シルビアーナに向けて、恭しく一礼をしながら凄い事を言った。
「まぁ、大きく言えば、この世界の全ての生物の母とも言えるが…?」
「うん、姉さん。ちょっとだけ黙ってて?」
「む?」
スカーレット、ありがとう。
君が言わなければ、僕がツッコンでたよ…。
「あのね?シエロ君。リュミエールちゃんは光の精霊ちゃんなのよ」
はい?
クラレンス神父が精霊?
しかも光の?
「左様に御座います。私は光の精霊リュミエールと申します。人族の中に溶け込む為、この様な姿をしておりますが、こう見えまして、かれこれ500年程生きております」
500年!?
500年って500年?
500年前って日本だと戦国時代だよ?
江戸時代にすらなってないよ!?
「せんごく…と言うものが良く分かりませんが、貴方様の御爺様よりは長い事生きておりますねぇ」
あっ、やっぱり神父様も心が読めるんですね?
「心と言いますよりは、その方の思考を読んでおります。その辺りは、妖精と同じで御座いますね。まぁ、長く生きておりますし、そこいらの妖精よりは術に長けてもおりますが…ね?」
クラレンス神父の像が揺らぐ、その下から、髪の色は同じながら、少年に近い青年、と言った顔が覗いていた。
ニヤリと笑った青年の顔は直ぐにボヤケ、また神父様の顔に戻る。
はぁ~、本当にこの人精霊様なんだ…。
教会で話し掛けられた時は、胡散臭いし、怪しさ百点満点だし、どうやって正体を見破ってやろうかと思ってたんだけど…。
まさか、こんな所であっさりと分かる何てね?
「胡散臭い、ですか…。心優しい神父を演じているつもりだったのですが…」
「シエロ君に本質を見抜かれただけじゃないの?」
スカーレットにバッサリ切られ、若干凹んでいる様子のクラレンス神父。
容赦ねーなぁ…。
「あっ、そうだ。ブロナー?姿を隠してまで探してた魔王何だけどさ?見つかったの?」
「見つかったと、言うより、ずっと監視してた。あいつは、有望そうな者達を、わざと影の残した、残骸に入らせて、強力な仲間を、生み出していた。」
えっ?
そんな事したら、ヤバい魔王だらけになっちゃうんじゃないの?
「大丈、夫。2度目までは許したけど、それ、以降は先回り、して、影の残骸を消してた…。だから、平気」
そっ、そっか。
じゃあ最低限で抑えられてるのなら、ちょっとは安心かな?
「うん。1度目は小さなリスで試していたし、2度目も用心して自分の飼っていた猟犬で試してたから、其処まで危険は無かった」
「そんな事をしていたのか…。言えば私達も手伝ったものを。あの魔王が生まれたのは、お前のせいではないだろうに」
いや、猟犬も充分危ない様な気がするんだけど…。
何て考えていたら、シルビアーナがブロナーを問い質していた。
魔王が生まれるのは、邪神の影が残した悪の波動と、深い絶望感が必要なんだったよな?
確かに、ブロナーが自分を責める理由にはならない…。
「ある。彼は、私の元、妖精。生まれた時から、ダブル持ちの変異型で、悩んでは、いたけど、私の可愛い子、供には違いない」
「えっ…?今の魔王は元妖精だったの?」
衝撃の事実を知ってしまった…。




