五十四話目 続・洗礼式の日
教会の待合室まで、シスターに案内してもらってます。
礼拝堂の横にある扉から入って、今は廊下を歩いているところ何だけど…。
教会の外観は白い石造りの建物に見えたのに、中に入ると暖かみのある、木造の造りになっていた。
長い廊下に敷き詰められたフローリングの床が、窓からの光を反射して、艶々と輝いている。
建てられてから大分経っているみたいだけど、隅々まで綺麗に掃除してあって、僕がごろごろしても平気そう…。
いや、怒られるか。
『土足でガッツリ歩いてるからねぇ~?』
『あっ、待合室さ着いたみてぇだよ?』
えっ?あっ、本当だ。
いつの間にか、ある扉の前で立ち止まっていた。
まぁ、実際に立ち止まっているのはお母さんだけどね(笑)
「此方が待合室でございます。お荷物と、お付きの方は此方でお待ち下さい。洗礼をお受けになるお嬢様と、ご家族の皆様は洗礼の間までご案内致します」
待合室の中は、意外と広くて明るかった。
ふむっ、10畳くらいはありそうだな…。
廊下同様、隅々まで綺麗に掃除されていて、清潔感満点だった。
あっ、部屋の中央にテーブルと椅子があるんだ。
ジュリアさんは、あそこに座って待ってるのかな?
「では、ジュリア。行ってきますから、荷物を宜しくお願いしますね?」
「承知致しました」
えっ!?あっ、もう行くのか。
本当に荷物を置くためだけに寄ったんだな。
あ~、それにしても。
いよいよ洗礼式か…。
んー、ワクワクするなぁ。
――――――
案内された洗礼の間は、礼拝堂の隣の小部屋にありました。
とは言うものの、礼拝堂に通じる扉も通路もないらしい。
毎回あの道を通って、わざわざ遠回りをさせる理由って一体…何?
小部屋の中の造りは、待合室とほとんど同じだった。
違うのは、中央に設置してあるテーブルの上に、ボウリングの玉くらいある、大きな水晶玉が乗っていることくらいかな?
洗礼式って、あれを使うのかな?
『そうなんじゃない?だって、あんな目立つ所に置いてあるし…』
だよね…。
「ようこそ、いらっしゃいました。プロクス様の洗礼の儀から、1年ですか…。年を経ると時間の流れが早いものですね?」
「おぉ、クラレンス、久しいのぅ。息災じゃったか?」
いっ!?
今この人、何処から出てきた?
さっきまで誰も居なかった筈の場所に、祖父さんと同い年くらいの、やや細面な小父様が立っていた。
祖父さんと同い年くらいだから、50中~後半くらいか?
んー、あれはスミレ色って言うのかな?
淡い紫色、紫がかった灰色って感じの髪の毛を、肩口まで伸ばしている。
瞳の色は、目が細くてよく見えないけど、緑色っぽいな。
お父さんに引き続き、この神父様も大概ファンタジーしてる色味だなぁ~。
って言うか、この人本当にどっから出てきたんだろう…。
『私も分からなかった…』
『そっちさ、見てねかった』
見てなかったの?それじゃあ駄目じゃん(笑)
「アーサー様もお変わりないご様子、私も安心致しました。さて、本日はルーメン様の、洗礼の儀でしたね?」
「えぇ、そうです。クラレンス神父様、今日は娘を宜しくお願い致します」
「畏まりました。では、ルーメン様、此方へ…」
あれ?祖父さんはまだ話したいみたいだったけど、神父様にバッサリ切られたな…。
祖父さんとは挨拶をしただけで、すぐお父さん達と向き合ってお姉さんの話しをしてるくらいだし。
んー、早く儀式を終わらせたいのか、ただ祖父さんが嫌われてるだけなのか…。
あっ、駄目だ。
どっちに転んでも泣けてきそうだ…。
これ以上深く考えるのは止めよう。
「さぁ、ルーメン様?此方の水晶玉に、どちらか片方の手をあてて下さい。そうです。手をあてたら、そのまま、ジッとなさっていて下さいね?」
「はいっ」
やっぱり洗礼式に使う水晶玉だったね?
まぁ、あれだけ中央にドーンと置いてあって、使わないって事はないもんな(笑)
『怪しすぎるものね(笑)』
ルーメンお姉さんは神父様に言われた通り、片手を大きな水晶玉の上にそっと重ねた。
その途端に、水晶玉が虹色に輝きだす。
上から下に、虹色をした光のラインが動き、まるでお姉さんの手をスキャンしている様にも見えた。
暫くその動きをした後、急に水晶玉から光が消える。
あっ、これで終わりかな?と思った次の瞬間。
僕の視界は青い光で包まれた。
青い光の洪水に、一瞬、本当に息が出来なくなる。
これは光で、水など無いはずなのに、本当に溺れるかと思ったくらいだ…。
それくらい圧倒させる程、青い光の密度が濃かった。
思わず目を瞑り、息を止める。
「シエロちゃん、綺麗ねぇ…」
えっ?何お母さん。
僕、今息止めて…。
えっ?
固く瞑っていた目を開けて、お母さんの方を見る。
お母さんを見るよりも先に、部屋中を覆い尽くす【青】の方に目がいった。
待合室よりも、やや小さい洗礼の間の中が、海底に沈んでしまったかの様な錯覚に陥る。
【深海】と言うよりは、南国にある様な【遠浅の海の底】って感じの光に満ちた海の底…。
空からの光がそのまま海の底まで差し込んで、何処までも見えそうなくらい明るい、そんな場所。
余りに神秘的で、幻想的で、表現する言葉が見つからないくらい…。
『綺麗だね…』
うん。
いつまでも、見つめていたい光景だったけど、次第に光は終息していき、やがて消えていった。